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テイマーズ  作者: チトヒ
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火を共すもの3



「そうかー、君が時定君だったのか。いやいや、済まない」


そう言いながら、今注いだばかりの二つの珈琲の一つを時定に渡し、もう一つを自分のデスクに置いて英木が椅子に腰掛ける。何気なく見た限り、机の上にはデスクトップ式のパソコンとモデルガン――だと信じたい――がひとつ置かれていた。


「ま、適当に座っておくれ」


英木はそうはいうものの、薄暗いこの部屋を見渡すかぎり椅子らしきものは英木の座っている一つだけ。いくつも並べられた長机の上も、埃だらけの紙やら本やらでどうにも英木が言うほど手軽に座れそうなところなど見当たらない。


「とっきー、そこ。その本の向こう側座れるわ」


そう言われ見てみると、確かにそこだけ綺麗に埃が掘れていた。まるでいつも誰かが座っているようだ。


「本当だ…。し、失礼します」


促されるままに座った時定に凍狐が微笑みかけた。


「そこっていつも美咲が座るから、必然的にそうなるのよ」

「へ、へぇー…」


時定の思考をトレースしたような凍狐の豆知識に返事をし、時定は英木に正対した。


「で、あの……」

「ん?…あぁ、そうだった。こちらから呼び出しておいて呑気にコーヒーを啜っている場合ではなかったね。失礼失礼」

「はい…。あの、で、…貴方は……?」

「あら、さっき美咲が説明したじゃない。《変態科学者》それ以上でもそれ以下でもないわ」


間髪を入れずに答えた凍狐の言葉に、ひどく傷ついたように英木は唇を尖らせた。


「それはあまりに心外だよ。僕は変態ではないんだよ?…そうやっていつもいつも美咲君と二人で僕をいじめて……」


イジケ出した目の前の大人に慌ててフォローを入れる。


「え、えっと!じゃあ、英木さんが《テイマーズ》のトップ、なんですよね…?」

「…だいたい来たばっかりの頃はもっとこうちっちゃくて……、へっ?…いや、僕は《ここ》の責任者だよ」

「…はい?」


二人の微妙にすれ違った会話に、やれやれと言わんばかりの表情で凍狐が口を挟む。


「つまり、とっきーはここが、えーっと。…いわゆる秘密組織の本部のようなものだと思ってるわけね?ここはね、《テイマーズ》という組織の、んー、何て言ったらいいかしら。…ま、支部みたいなものよ」

「…支部ね。……あれ?みたいなものって、普通に支部じゃダメなの?」


時定と凍狐の会話に英木が割り込む。


「《みたいなもの》が適切だよ。なにせ、この組織に属してそろそろ五年になる僕だが、未だに全体像が見えないんだからね」

「えっ?どうして…」

「ふむ。どうして、か」


考え込むように、剃り残した髭の生えた顎に親指を押し当てた英木が時定に向かって首を傾げる。


「…君は、どうして人が《どうして》と考えるのか、分かるかい?」

「えっ…んーと、疑問に思うから、ですか…?」

「そうだね。じゃあ、どうして疑問に思うんだろう?」

「んと…んーー?」


質問に質問で返され、黙り込んだ時定を見て、少しばかり英木の口角がつり上がる。


「つまり、そういうことなんだ。人の疑問というものは実に興味深い研究対しょ――あだっ!」


英木の自慢げな顔に凍狐の白い尾がクリーンヒットした。


「そういうことなんだ、じゃないでしょ!自分も分かってないのに人に妙に諭してるんじゃないわよ、まったく!」

「す、すまない。凍狐君の言う通り、細かいことはよく分からないんだ。ただ…」

「ただ?」


思わせぶりに言葉を切られたので思わず聞き返しながら、自分でも意識しないうちに時定は少し体を乗り出していた。


「ただ……給料はしっかり、しかも結構な額出る!何も心配する必要はない!」


些か期待ハズレな英木の答えに時定は静かに乗り出していた体を戻した。


「この阿呆は……あのね、英木。とっきーの興味に応えてあげるのはいいけど、本題を忘れてないかしら?」

「へっ?…あぁっ!そうだったね、美咲君達以外の人とお話するのは久しぶり過ぎて、どうにも歯止めが効いていないようだ。本題に入るとしようか」


急激な話題の転換についていけず、固まった時定に英木が問い掛ける。


「君は、美咲君になにか言われて連れて来られなかったかい?」

「……あの『貴方の心獣がまだ目覚めてない』みたいな話なら…」

「そう、それだ!その話だ。まずは君の能力について聞いておこうか。君の能力は《時間逆行》で間違いないかな」


《時間逆行》というその聞き慣れない単語にわずかに首を傾ける。


「無理よ英木、いきなり聞かれて分かるはずないじゃない。名前なんて後から勝手につけただけなんだから」

「そうか…んー、心獣についてから説明するのもありだけどなぁ。ふわふわしそうだしなぁ…」

「……あの」


さっきからどうも気になってしまうことを口にする。


「さっきから二人とも、ていうよりひお…美咲さんもそうなんですけど。……結局心獣とか《テイマーズ》とかって…」

「謎よ謎、いっそ怪奇現象」

「なんなんだろうねぇ?」


二人、というより一匹と一人が応えた言葉に時定は愛想笑いを返した。

英木はさておき、自身が心獣たる凍狐にまで『謎』と言われてしまえば苦笑するしかない。


「すみません、遮っちゃって…。話、続けてください」

「あぁ、別に構わないよ。じゃあ、心獣は飛ばして、一般的な《時間逆行》について説明しようか。こっちにおいで」


英木はそこらにあった紙を一枚、盛大に埃を舞わせながら引き抜くとそれに白衣のポケットから取り出したボールペンで『時間逆行』と書いてから、横に長く一本の矢印を引いた。


「この矢印を時間の流れだと思ってくれ」

「はぁ…」

「ちょっと話が長くなるだろうからコーヒーなんか飲みながら聞いてくれると助かるかな」


そう言うと英木はさっき書いた矢印にさらに二本、直交するように短い線を感覚を空けて書き足し、矢印の先端から遠い方を示した。


「ここが始点となる時間だとしよう。で、あっちが終点。心獣における《時間逆行》はね、言ってしまえば時間のループなんだよ。君は時間を戻ることにどんな印象を持っているかな?」


ちょうどコーヒーを一口啜ろうとしていたところで問い掛けられ、カップを両手でしっかりホールドしたまま時定は少し考えた。


「……アニメとか漫画とかのタイムマ――」

「そう!普通そんな感じだね」


時定が最後まで言い切るのを待たず、英木が紙に『タイムマシーン』と書き込む。


「じゃ、今からは僕の説明とタイムマシーンの違いを考えながら聞いてくれ」


なんだか先生みたいな人だな、と思い時定は小さく笑った。

もちろん、ここで言う先生は日頃何かと時定を目のカタキにしたがるあの教師達のことではなく、ドラマなんかでよく見る理想の方の教師のことだ。


フッとそんなことを暗く考えた途端、時定の足に凍狐が寄り添ってきた。何も言わないがどうしようもなく有り難かった。


「で、話を続けるよ」


そんな些細なやり取りなど気付かず、英木が終点から、始点の方にやや曲線を描きながらさらに矢印を書き足した。


その意味が分からずに思わず尋ねる。


「あのっ、なんで逆?」

「おっ、よく気付いたね。《時間逆行》の説明はここから始まるんだ。ここからの説明は美咲君から聞いた君の体験を少し参考にするけど、許してくれるかな?」


《君の体験》という言葉に昨日の光景がフラッシュバックする。だが、それだけなら良かったものをさらにその前に何十回も繰り返した凄惨たる光景まで戻ってきて時定を暗くさせた。


それでも、足元に伝わる暖かさがどうにか時定に、首を縦に降らせた。


「ん、まず終点が君のきっかけになる部分だ。ここで心に強すぎる衝撃を受けたことで君の心獣が生まれ、ひいては時間逆行が始まったものだと考えられる。君の場合は友人の―――、いや済まない、これは正直関係なかったね」


時定の顔をちらと見た英木が慌てて最後の一言を付け足した。それほどひどい顔をしていたのだろう。


「基本的には何も分かってない心獣なんだけどね、少ないながら解明されていることもあるんだ。その一つが、心獣の発生について。願いが心獣を形作る。人の願いが心獣を生み出す。…参考までになんだが、君の願いはなんだったんだい?」

「……」


気付けば浅い息を繰り返していた自分に驚き、英木の質問にすぐに答えることが出来なかった。

その間を拒否ととったらしく英木が軽く頷く。


「うん、美咲君も応えてくれなかったよ。それが正常な反応なんだろうね、この場合は」

「…すみません。正直、思い出せないというか、思い出したくないというか……」


なんとか意識して、お腹の下辺りにやって来る気持ち悪さを押さえ付けながら答えた時定の言葉に英木が軽く目を見開く。


「思い出せない、か。これも参考までになんだけど、君は一体いくら時間を戻ったんだい?」

「…正確なのは分かりません。何回も何十回も…繰り返しました」


今度こそはっきりと英木の目が見開かれる。


「何十回だって!?…ごほんっ、済まない。心獣に関してのことでね、もう一つ分かっていることがあるんだ。それは心獣の力を使う度に、その主の心は擦り減り最後には消えてしまうということなんだ」


ついさっき聞いたような内容の、英木の言葉に首肯を返す。


「凍狐から聞きました……というより怒られました。心は有限なんだって」

「ははっ、実に凍狐君らしい言い回しだね。確かにその通りなんだ。力の強弱や特異性なんかにも因るんだけど、《時間逆行》はそんなに珍しくなく、且つ心の摩耗が大きい」


そういって再び英木は紙の上にペンを走らせた。だが、描かれたのは、さっき書いた終点から始点への矢印、さらに始点から終点への矢印、とそれを五回ほど繰り返されたものだけである。


「こんなふうに時間逆行はループのようにこの二点間を繰り返し続ける。で、最重要ポイントだ」


一度言葉を切り、時定にコーヒーを飲むように手で進め、自分もカップに口を付けた。

進められるがままに飲んだコーヒーは苦く、むしろ胸の中の気持ち悪さが強くなったかのように感じる。


露骨に顔に出てしまったのか、英木が机についた引き出しから小さな一本の瓶を差し出す。


「入れるかい?」


受け取っては見たものの、せっかく淹れて貰ったものの味を変えるのは悪い気がして、一先ずばれないようにパーカーのポケットにしまった。

幸いにも気付かれなかったようで、コーヒーを飲み干した英木は舌で唇を舐めた後、続きを切り出した。


「普通はこんなところまで来てもらうことはないんだ。美咲君達がその場で心獣を回収して任務終了。わざわざ君にご足労願ったのはこのためなんだ。……普通、時間逆行に際しては進んだ分の時間の記憶は引き継がれない。つまり、自分が《戻った》という感覚がないんだ。これは僕の仮定に過ぎないんだけどね」

「なんで仮て――」

「なんで仮定なのか、だろう?」


再び時定の言葉を遮り、微妙に似てるとも言えなくないような声真似を英木がした。


「僕も初めてなんだ、《時間逆行》を経験した人とちゃんと会うのは。文献なんかでなら見たことはあるんだけどね。何故か。…それはね、時間逆行者は逆行が始まった次の瞬間には心が壊れてしまうからだよ。…本人たち以外から見ると、だけどね」

「…つまり……」


英木の言ったことを必死で咀嚼した時定は自分なりの解釈を口にする。


「他の人達から見たら一瞬だけど、その人自身は何度も同じ時間を繰り返していて、どんどん消耗していくのに本人たちに自覚はなくて……っていうこと、ですか?」


英木が大きく頷く。


「概ねそんな感じだよ。自分でも気付かないうちに心の摩耗が進み、最後には儚く消えてしまう。……だから僕は君に問わねばならない。どうして君は時を超え、記憶を持ち越しているのか。どうして君は何十回という時間逆行に耐えうるのか」


そうは問われても、時定には分からないことだらけで黙することしか出来ない。


「済まない、色々なことで混乱するね。分からないなら分からないと答えてくれればいい」

「……分から、ないです…」

「うん、仕方ないね。でも、これで今日ここに来てもらった訳は分かってもらえたよね」


小さく時定が頷くと気にしなくてもいいよ、と言わんばかりに大袈裟に英木は破顔した。


「にしても、珍しいねぇ。凍狐君がそこまで人にべったりするなんて」

「あの、それは僕が――」

「いいじゃない。気に入ったのよ、とっきーを」

「へーっ、てことはつまり美咲君も時定君に特別な感情を――」


その時だった。時定の後ろ、扉の方からガンッと大きな音がした。

振り返ればそこには、薄暗い中に立つ氷丘がいた。


「やぁ美咲君。いつからいたんだい?」


素晴らしくのんきな声で聞く英木に対して、氷丘の眉間は時定には向けていた時よりさらにひそめられていた。

……ちょうど、ほんの少し前に英木に対して凍狐がした表情とそっくりである。


「何を話していたのかしら?」


手に空のガラス瓶を持った氷丘がツカツカと英木に歩み寄る。部屋に一つ、中央部についた光の中に踊り出た氷丘の格好は、さっきまでの制服姿と違い黒無地の長袖シャツに紺色のジーンズへと変わっていた。


「なにって、主に時定君の能力についてだよ。解明にはどうにも時間がかかりそうだ」

「……主にじゃない方は?」


あまりに冷たい視線、及び実際に冷気を発しだしている氷丘に対して少し時定は危機感を覚えたが、英木にその感じはないらしく飄々と答えた。


「美咲君が時定君のことを好――」


と何事かを言い切る前に氷丘の左手が英木の髪の毛を掴んだ。


「とっきー、ちょっと失礼っ♪」


という凍狐の声に続き、昨日と同じく視界が白色に消える寸前、再びさっき聞いた野鳥のじみた声を聞いた――ような気がした。


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