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テイマーズ  作者: チトヒ
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火を共すもの2



扉を開くとそこは、意外にも普通な玄関スペースだった。変なところと言えば、さっき扉を開いたばかりであるというのに、目の前一メートル半ほど先にはまたしても扉があることと、左右にどこに続くのか不明な階段があることくらいである。

いや、そもそもこれを玄関と呼んでよいものか、時定には分かりかねた。


三度自分の世界に逃避していた時定の思考が戻ったのは、あまりの手の冷たさに痛みを覚え出したからだ。氷丘の手との接触部分が冷えすぎている。


しかし、ここでヘタレな時定は悩む。女の子の手というものは、こちらから離してよいものなのだろうか。こういった経験をしたことのない時定は、それさえも判断が出来ない。


だから、凍狐の一言は時定にとっては幸運であった。


「ところで、お二人はいつまで仲睦まじく手を繋いでおくのかしら?」


この言葉を聞いた氷丘の手が、先程までに勝るほど瞬間的に冷たくなり、ほぼ握った形のままで固まっている時定の手から器用に引き抜かれた。そのまま体の後ろに回される。


「…べ、別に仲良く繋いでたわけじゃ……。仕方なくだし…」


どこかで聞いたような台詞を発しながら、氷丘の白い頬にまるで照れたかのように赤みが差した。まあ、時定を相手にしてそれはないだろうが。


今まで自分とともに正面を向いていた氷丘が、その体をクルンと左に90度回転させた。


「私着替えて来るから。そこの扉開いたら変人科学者がいるから挨拶しといてね。…じゃ」


あまりにも素っ気なくそう言い、颯爽と階段を昇って行くものだから、時定はその場に立ち尽くした。


「美咲、私はとっきーについてるわ、いい?」

「…勝手にしなさいよ……」

「はーい!ふふふっ!」


含み笑いをした凍狐の尾が時定の手を包み込む。


「手、痛い?」

「…ちょっとだけ」

「んー、少し霜焼けになってるかしらね?…まっ、男の子ならこのくらい大丈夫よ、ね!」


時定の手から尾を離しながら言う元気な凍狐の物言いに、ついこちらも口許が緩んでしまう。話し方などからは『大人の女性』をつい連想してしまいがちだが、全体的に見れば少し『幼い』感じがしないこともないように時定は思った。

そのせいもあってか、氷丘に話すより凍狐と話す方が少し楽だ。


「あ、あのさ」

「ん?どうしたの?」

「昨日みたいな話し方のことなんだけど」

「あぁ、《心話》のことね」

「し、シンワ?」

「えぇ、心で話すで《心話》。なんだか安直なネーミングよね」


ふんっと凍狐が一つ鼻で笑う。


「で、それがどうかしたの?」

「えっと、あれって……いつも聞こえてるわけじゃないよね…?」


少々小声になりつつ尋ねたそれに、理解しかねたように凍狐は首を傾げた。だが、そのすぐ後には得心したように笑顔を浮かべた。


「ふーん?昨日のこと、まだ気にしてたのね?結論から言えば、意識せずに心話は起こることはないわよ。そうね…電話だって相手の電話番号に意としてかけなきゃ繋がらないでしょ?あれと同じだと思うといいわ」

「そ、そっかぁ……。あっ!!」


気にかけていたことが一つ解決され、全身の力が少し抜けるのを時定は感じた。と、同時に忘れてはいけないことを忘れていたことに気付き、今度は体中に電流が駆け巡った。


「肩は!」

「ん?」

「氷お……美咲さん肩は大丈夫だったの?……今まで忘れててあれなんだけど、いざ思い出すとすっごい血が出てた気がするし…」


時定の脳裏に昨日の光景が思い出される。自分の安易な発言で氷丘に傷を負わしてしまったあの時が鮮明に思い出され、同時にあの時の後悔の念も心の内側から沸き上がって来るようだった。


「本当に今更ね。…あのねー、これからはあんまり後悔して生きちゃダメよ?心だって有限なんだから」

「…でも……」

「でももだってもないの!…いい?昨日も怒ったけど簡単に自分を諦めちゃダメよ?」


諭すような口調で言われてしまい、時定は俯きながらモゴモゴと反論した。


「だって、僕のせいで本当に死んじゃうかもって思ったんだ……。それに…自分のことなんて最初から諦めてるから…別にあの時改めて…諦めた…わけでもないし……」

「はぁー、これは見解の相違よね。ま、いいわ。この話はまた今度。肩は美咲に直接聞きなさい。今はとにかく入りましょうか?」

「……うん」


軽いケンカのようになってしまい、そこはかとない気まずさを感じながら、時定は目の前のドアノブにぎこちない動きで手をかけた。だが、ある確認事項が浮かび、動きがそこで停止する。


「あ、あの」

「ん、今度はどうしたの?」


時定と対照的に、今し方のやり取りなど気にしていないかのように微笑を取り戻した凍狐に、時定も固い笑顔を返しつつ尋ねた。


「…中にいる人ってどんな人?」


途端、凍狐の目が細められ笑みが深くなった。…はずなのだが、時定にはそれがどうしても友好的な笑顔には見えなかった。


「え、えっと。…凍狐?」

「うじうじうじうじ考えてないで、さっさと入りましょう?…それとも、まだ何か気になる?お姉さん、しつこい子は嫌いよ?」


口角を吊り上げより一層笑みを深める凍狐に、背筋に寒いものを感じた時定は問いに答えるより早くドアノブを握る手に力を入れた。しかし、どうしたことかドアノブは一向に回ろうとしない。


「あ、のさ……開かないんだけど?」

「え?…またあの阿呆男ぉー!!」


時定の報告を受けた凍狐の9本の白い尾が、ピンッと揃って伸ばされる。顔の表情も明らかに、さっきまでとは異なり怒りを表していた。その表情はちょうど、眉をひそめた氷丘とそっくりである。


「とっきー、外に出ててもらえる?」

「……へっ?」


頓狂な声を出しながら時定が下がるのと入れ替わるように凍狐が扉の前に進み出たために、表情は見えないが少しトーンの下がったその声は十分に声の主のイライラを伝えた。今の凍狐を形容するならば、殺気立っているが適切なように思われた。

思わず心配になり、凍狐に声をかける。


「どうするの、無理矢理破ったりするの?」

「まっさか!私にそんな力はないし、この尻尾じゃ丸っこいドアノブは回せないし。だ、か、ら!……阿呆の方から出てきてもらうのよ……。それが当然だと、そう思わない?」


一瞬明るさを取り戻したように感じた凍狐の声は、再び語尾辺りでトーンを落とした。

今、凍狐の顔を覗き込めばどんな表情をしているのだろうか?そんなことを考えないでもないが、もちろん実行する勇気など時定にはあるわけもない。


言葉の端々に不可解な部分はあったが、大人しく凍狐の言うことを聞き、外、正確には『不思議の抜け道』なる謎空間へと出た。


「でも、出てきてもらうって、どうするんだろ……」


氷丘が言っていた科学者もまた《心話》が使えるのだろうか?まあ、テイマーズのメンバーであろう科学者ならばなんら不思議はない。しかし、それならば何故自分は外に出されたのだろうか?……ただそばにいて欲しくなかっただけ、なのか?


そこまで一気に負け犬根性で駆け抜けた時定の思考に、謎の音が割り込んだ。


「ぐゃぁーっ!!」


まるでどこか熱帯の鳥の鳴き声のようなそれと、凍狐が心に語りかけてきた声が重なる。


『トッキー、もう入ってきても良いわよ!』


そのどこかいたずらっぽく弾んだような声に不安を感じながらも、中に入るべく『外』の扉の鉄製のドアノブに手をかけた。だが、時定はそのあまりの冷たさに一度慌てて手を離す。


「どうなってるの…?」


心なしか、外側の空間自体も少し肌寒くなっているような気がする。


そういえば、ここに来てから梅雨の湿っぽさを感じていないのだが、すべてが時定にとって異様なことの連続であったがゆえに気にも止めなかった。


今度は羽織っていたパーカーの袖で手をすっぽりと覆い隠し、ドアノブに力を込める。扉が開くと、デニム地のズボンに包まれた足も、時期に似合わず羽織ってきたパーカーも関係なしに時定の全身を、痛烈と表現するのが的確なほどの寒気が襲った。思わず全開だったパーカーのファスナーを首元にまで引き上げる。


「凍狐?…これは一体?」


はきだした息が白くなったのも自覚しにくくなるほどの冷気が立ち込めた中、いっそ神秘的なほどに静かに鎮座している凍狐に時定は問い掛けた。その問いに、凍狐はユラユラと満足そうに尾を左右に揺らすのみで言葉では答えようとしない。


不思議に思った時定がもう一歩玄関へと踏み込んだその時、先ほどは開かなかった『内』の扉がギィーッと錆び付いたような音を立てながら開き、白い冷気の中に細長い影が浮かび上がった。


「どう英木?目は覚めたかしら?」

「ど、ど、どうって凍狐君!」


凍狐の問いに答えた細長い影の声は、激しく震えてこそいるがさっきの熱帯の鳥のようだと時定が感じたものと共通する、低く、だがどこか上擦った感じのするそれだ。つまり、さっきの悲鳴の主はこの細長い影の人物ということになる。


「じじ、実力行使の前に他に何かしようとは思わなかったのかい。ほ、ほら!ドアをノックするとかさ!」


ヒステリック気味に語尾を強めながら叫んだ人物の顔が、だんだん冷気が引き始めたことではっきりと時定の目に映った。


まずは体を包む白衣。全身を包むそれはヨレヨレとしており、目の前の人物の印象を弱々しくする。

体格はお世辞にも良いとは言えず、むしろヒョロヒョロと頼りなげない。肩幅が狭く、さらには撫で肩気味なので白衣は今にもずり落ちそうだ。

髪は白い…のだが、これはおそらくこの寒さのせいなのだろう。それを証拠に男が困ったように頭を掻くと、その部分は黒く変わった。


お世辞にも相手に好印象を持てなかった時定は、男の年齢を漠然と三十代くらいだと推測した。


「だって、どうせ貴方呼んでも気付かないじゃない?」

「き、決め付けは、よ、良くないと思うよ!さ、さ寒い…」


そう言って両手を擦り合わせた男は、時定を見て凍り付いたままの睫毛を瞬かせた。


「ホントに凍狐君は短気だよ…。ねぇ、君もそう思うだろう?」

「えっ、いや、その…」


言葉に窮した時定を凍狐の妙に暖かい表情が見上げた。


「心外ね、そんなことないわよ。ね、とっきー?」


どちらに付くことも出来ず、微妙な表情で時定の顔が固まる。それを見て男が笑う。


「あ、あはは。ま、この言い争いで凍狐君に勝ったことはないしね。ところでさ、パーカーの君に、質問だ」


そう言って時定に近付くと、凍狐に英木と呼ばれたその男は、首をほぼ九十度横へ傾け尋ねた。


「君、誰かな?」


男の言葉に凍狐の長いため息だけが続いた。


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