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テイマーズ  作者: チトヒ
2/7

火を共すもの




燃え盛る炎の中、スーツ姿の男が一人佇んでいた。手には鞄が携えられており、仕事帰りであることが窺える。


だが、彼の顔に浮かぶのは仕事終わりの疲れではなく、火に囲まれた恐怖でもなく、恍惚とした狂気の色だった。彼に目覚めた《力》に酔った、自分自身に陶酔した笑い声が周囲に満ちる。


「ふ、ふふふっ……。あーはっはっ!!俺は、神になった。…見ろっ!すべてが灰と化していく!」


そして彼の背後には闇夜とは別の、何らかの《影》が明るく照らされているにも関わらず揺らめいている。


それは彼に懸命に語りかける。


『そうだよ、これが君の、……僕たちの力だよ』


だが、彼の《心》が発する言葉は彼自身に届かない。


「ふはっ!この力があれば今まで俺を貶めてきた奴らに復讐を……天誅を!!」

『ダメ、だよ。そんなことをしちゃ……』


ここに至ってようやく男は彼の内から響く、己の意志に反した声に気付く。いかぶしむように眉をひそめる。


「誰だ、おまえ」

『……。僕は、陽炎。君の心だよ……』







「あの、さ」

「……」

「えっと、…氷丘さん……?」

「美咲でいい」

「えっ…それじゃあ、み、美咲、…さん…?」

「……何?」


前を歩いていた氷丘がようやくこちらを振り返る。その顔には、隠すつもりのない面倒臭さが明確に表現されていた。


「あっ、ごめん…。っと、今どこに向かってるのかなぁって」

「はぁー…さっきも言ったわよね。何度言わせるのかしら?」

「は、はい…」


こちらに体ごと振り向き、腕組みをしてそういう氷丘に時定は申し訳なさそうに首を縮こまらせた。その態度が気に入らなかったように氷丘の眉がひそめられる。


「何よ。なんだかこっちがいじめてるみたいじゃない」

『実際そうなんじゃないの?そんなしかめっ面で。そんなんじゃトッキーだって萎縮する一方よ?』

「……凍狐は黙ってて。いいからついて来て、もうすぐ着くわ」


そう言うと彼女は再びこちらを気にすることもなく通りを歩きはじめた。時定は心の内でここまでの道程を思い返す。


比較的近郊ではある時定の住む街から、先を行く氷丘を追い掛け都心部への電車に乗った。そのまま1時間ほど電車に揺られ、駅を出てからまた30分ほど既に歩いている。

周りの景色も時定の地元のものから、街路樹の植えられた大通りに両側にはビルの建ち並ぶ都会的なものへと変わっていた。


「……いつまで歩くんだろ…」


元来運動音痴、及び運動不足である時定は、重くなりつつある足を何となく意識しながらそんなことを呟いた。心の中で呟いてもいいのだが、彼には昨日のこともあってそれは出来なかった。


「ふぶっ!?」


物思いに耽りながら歩いていた時定の前方で、不意に立ち止まった氷丘の後頭部に鼻先をぶつけてしまい、時定は両手で鼻を押さえながら喘ぐ。


「う、うぅ…」

「はー、何してるのよ。前はちゃんと見て歩きなさい」

「ご、ごめんなさい……。うわぁー!」


氷丘に母親のように叱られながら時定が見上げたのは、全面ガラス張りの大きなビルだった。その大きさに思わず子供のような声を上げてしまう。


「こ、ここなの?」

「そ、着いてきて」


ビルに向かって歩きだした氷丘に、少し遅れて時定も入口に向かって歩きはじめた。だが、ここで時定は二人の進路が少しズレているのに気が付いた。


「…あれ?どこ行くの?」

「どこってこっちよ。頼むから私から離れないでね。辿り着けなくなるから…」


そういうと氷丘はビルの横の路地へと入っていった。戸惑った時定の足は止まってしまう。


「えっ、えっと…?」

『早くおいでなさいよ。美咲が言ったでしょ?』

「う、うん…」


凍狐に促され、ようやく時定は路地に向かった。薄暗い路地では氷丘がさっきに倍するようなイライラ顔で待ち構えていた。


「うっ、……ごめんなさい…」

「あのね、反射みたいに謝るのやめてくれるかしら?」

「あっ、ごめ…」


思わず再び謝ってしまいそうになり、時定は両手で口をふさぐ。


「むぐっ…」

「まぁいいわ。じゃ、行くわよ」


そう言い再び氷丘が歩き出す。向かう先は……どこなのだろう。普通にこのまま前進を続ければ、この路地を抜け一本先の通りに出る。これは、近道なのだろうか?


「あっ…!」


再び物思いに耽っていた時定の目の前で、今度は氷丘の姿が消えた。慌てて追い掛けたそこには左への横道が。だが、その先には氷丘はいない。


「えっ?なんで……」


フラフラと数歩その道を歩いてみるが、埃を被った段ボールやら音を立てて稼動中の室外機なんかがあるばかりで氷丘どころか猫一匹見当たらない。


「本当に…何してるのよ。…ついさっき言わなかったかしら?離れないでって」

「へっ!?」


唐突に背後から氷丘の声がし、急いで振り返る。そこには、ついさっき姿を見失った氷丘がいた。

当然といえば当然である。背後から氷丘の声はしたのだから。だが、それならいつの間に氷丘は時定の背後に回ったのだろう……。


「はぁ、このままじゃ貴方はもう一回やらかしてくれるわよね。……ほら」


そう言って氷丘が手を差し出す。その差し出されたしなやかな指が意味するところを推測し、時定は氷丘に歩み寄れなかった。


「ん?どうしたの?」

「え、えっと……手、繋ぐの?」

「……それ以外に何があるってのよ」

「は、はい……」


存分にイライラもしくは殺気を含んだ声に圧され、時定は差し出された手に自分の手を重ねた。その手は昨日時定の頬に触れたときと同じように冷たい。

そして、時定には手同士が触れた途端氷丘の方がピクンと反応したように思えた。同時に少し目も逸らされる。


「んっ…」

「…あの、嫌なら別に無理しなくても。こ、今度は、気を付けるよ…?」

「……。角曲がるところからもう一回ね。次からは一人でやらなきゃだから」


氷丘に気遣いの態度を見せた時定に対し、手を強く握り返した氷丘が時定の体をグイッと路地の横道から引っ張り出す。常に冷気が発せられているのか、握り締められた手から少し感覚が遠くなる。


『ちょっと美咲』

「……本当にお願いだから、今だけは黙ってて…」

『そんなこと言ったって、ねぇ?』

「あはは…僕なら大丈夫だから、凍狐」

「そう?なら、いいのだけど…」


薄暗い中に姿を現した凍狐は少し首を傾げるようにして、氷丘を眺めた。だが、当の氷丘はまるで二人の会話など聞こえていないように、時定の手を引き再び横道への角を曲がった。


すると先程とは違う、なんとも形容しがたい光景が時定の目の前に広がった。


「ど、どうなってるの、これ?」


目の前に広がった光景は、確かにさっきの横道のままのように薄暗く、だが、それでいて全く違う空間へと姿を変じていた。

さっきまであったはずの段ボールや室外機、更には建物の壁さえなくなり、足元に黒い一本の道が続くだけとなっていた。侵入口として二人が曲がったところには、ユラユラと不思議な膜のようなものが揺らめいている。


「どうなってるって……そうね、端的に言えば『不思議の抜け道』って感じかしら」

「だ、だって!さっきまで普通の道だったのに」

「うーん……確かにそうね。使い慣れすぎて疑問に思いもしなかったわ」

「慣れすぎてって……」

「まぁまぁ、トッキー。その辺のことは、ラボについてから英木に聞くといいわよ」

「…そういうこと。さ、行きましょ」


そう言って時定の手を引きながら、金属なんだかコンクリートなんだか素材すら定かでない道を歩き出す。二人の後ろについて来た凍狐が、今度は時定の顔を覗き込みながら声をかける。


「ここ歩く感覚だけは覚えておいてね?それがここの通行証明書みたいなものだから」

「へ、へぇー…。これも心獣が関係してるの?」

「うーん?そうなんでしょうね、多分。こんな超現象」

「た、多分、ね…」


昨日の会話にもあったが、どうやら心獣たる凍狐さえも《心獣》について完璧に理解しているわけではないらしい。そもそも心獣とは一体――。


「ここを歩くときはね、行き着く先をイメージしながら歩くの」


と、横道に入ってから初めて言葉を発した氷丘が時定の思考を遮った。


「へっ?…イメージ?」

「そ、だから今回は私がいなきゃ貴方は一人ではラボに着けない。行ったことない場所じゃイメージ出来ないでしょ?」

「そ、そっか…。じゃあさ、今手を離して氷お、じゃないや…美咲さんと離れたらどうなるのかなって?……思ったりして…」


氷丘が立ち止まり、こちらを鋭い眼光とともに振り返った。だが、次の瞬間には眉間にシワを寄せて考え込むような表情に変わる。


「そうね、そもそもこの道を外れたらどうなるのかしら…。やってみる?」


最後の一言が自分に向けられた言葉だと気付き、時定は頭を左右に激しく振った。


「え、遠慮しとくよ…」

「……そ、じゃあ行きましょ。ほら、もう扉見えてるでしょ」


なぜか少々残念そうな顔をしながら氷丘が指差した先に、薄暗い中に立つ木製の扉が見えた。だが、扉だけで建物そのものが全く見当たらない。そもそもこの道でまともな、かどうかは別にして、物体を見かけたのは初めてだった。




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