8.門番?お庭番?
今回は壊されないヘイジ。たまにはそんな日も無くては。
ある昼下がり。ヘイジが廊下を歩いていると、向こうから咲夜が歩いてきた。
「あ、ヘイジ。ちょっと頼まれてもらえる?」
「構いませんが、何でしょうか」
すれ違いざまに、彼女の方から声をかけられた。ちょうどヘイジは、フランドールが昼寝をしていて暇だったので、引き受けることにした。
「このお弁当、門番の子に届けて欲しいのだけど」
大きめの風呂敷包みを渡された。その人物に心当たりが無かったヘイジは、受け取ってから咲夜に聞き返す。
「門番の方、ですか?」
「名前は、えっと・・・そう、“中国”だったかしら」
ますます誰だか分からなくなってきた。とそこで咲夜は懐中時計を取り出すと、
「とりあえず、門まで行けば分かるわ。じゃあ、私は急ぎの用があるから」
そう言って姿を消してしまった。何の前触れもなく、霧が晴れるかのように消えてしまったのだ。
「!?」
突然の出来事に驚くヘイジだったが、とりあえず門番の人へ弁当を届けに行くことにした。
玄関を出るとヘイジは、中庭を突っ切って門へと向かった。とその途中、
「あっ、ヘイジさんじゃないですか~」
「これはこれは、小悪魔殿」
庭の手入れをしている小悪魔に出会った。綺麗に整えられた土の上に、赤、白、黄色の花が咲いている。
「おお、可愛らしい花達ですな。小悪魔殿が育てたのですか?」
ヘイジが歩み寄って聞くと、彼女は首を横に振った。
「いいえ、これは美鈴さんが育てたんですよ~」
「ほう・・・美鈴殿が、ですか」
先日夕食の席で出会った、赤い髪に緑色の服を着ていた少女だ。
「あれ? その包みは・・・」
「ああ、門番の方に渡すお弁当です。咲夜殿から預かってきました」
風呂敷包みを指差して問いかける小悪魔に、ヘイジは答える。
「なら早く届けてあげた方がいいですよ。彼女、お腹を空かしているでしょうから~」
「何と! ならばこうしてなどいられない・・・失礼」
頭を下げて、ヘイジは門の方へ向かって駆けだした。
「行ってらっしゃいませ~」
その後ろ姿を見送ってから、小悪魔は庭の手入れを再開した。
「門番殿―! 弁当をお届けに参りました!!」
「待ってましたーっ!!」
門前でヘイジが叫ぶと、その向こう側から歓喜の声が聞こえた。
そして次の瞬間、大きな高い門を飛び越えて、何者かが彼の目の前に着地した。
「いや~、もう飢え死にするかと・・・って、ヘイジさん!?」
ヘイジの前に現れたのは、美鈴だった。
「どうぞ、お弁当でございます」
「あ、ありがとうございますっ!」
取り敢えず弁当を渡すと、彼女はその場で、あっという間に平らげてしまった。よほどお腹を空かしていたらしい。
大きな重箱二段が、すっかり空っぽだ。
「・・・ところで、美鈴殿」
「はい?何です?」
空の重箱を受け取ってから、ヘイジは美鈴におずおずと尋ねた。
「愛称が、“中国”だったりします?」
先ほど咲夜は、彼女のことをそう呼んでいた。何の気無しに聞いたつもりだったのだが、それを聞いた美鈴は顔色を変えた。
しかしそれも一瞬のことで、
「あはは、ヘイジさんは気にしないでいいことですよ。はい」
「はあ・・・左様にございますか」
すぐさま笑顔になって、彼女はそう答えた。
美鈴の表情の変化をヘイジは見逃していなかったが、本人がそう言うのなら余計な詮索はしないことにした。
「ああ、そういえば美鈴殿は、園芸が得意なようでございますな」
少々気まずくなってしまったので、ヘイジは話題を変えた。
「え? ま、まあ得意ってわけでもないですけど・・・趣味の一つとしてやってます」
照れくさそうに美鈴が答える。
「先ほど見かけましたが、綺麗な花が咲いているではありませんか。美鈴殿が丹精を込めて育てたと聞きましたよ」
「いやいや、そんなこと~・・・あっ、もしかしてこあから聞きました?」
「こあ?」
また聞き覚えのない人名が出てきた。美鈴やフランドールのこともあるので、また誰かの愛称だろうか、とヘイジは考えた。
「小悪魔の愛称ですよ。パチュリー様も彼女をそう呼んでいますし」
「なるほど」
予想的中、である。この分だと、他の人にも愛称があったりするのではないだろうか、などとヘイジが思ったその時、
「あっ、いけない! 早く仕事に戻らないと・・・ありがとうございましたっ!」
美鈴は急にはっとした表情になって、ヘイジに礼を言うと、門を飛び越えて向こう側へ姿を消してしまった。
「・・・さて、フラン嬢もそろそろお目覚めの頃合いか」
ヘイジも自分の仕事に戻るべく、来た道を引き返していった。
途中でまた中庭を通ったが、そこにはもう小悪魔の姿はなく、整えられた土の上に花が咲いているだけだった。
その隅に、明らかに種類の違う花がぽつんと咲いている。
「おや、仲間はずれが居りますな」
雑草だろうか、しかし綺麗な赤紫色をしている。と、そこでヘイジは一つ思いついた。
彼はその花を慎重に根本から掘り起こすと、近くに転がっていた小さな植木鉢に、土を入れて花を移した。
そして掘り起こした場所を整えると、
「フラン嬢のお目に掛けてあげましょう」
片手に風呂敷包み、もう片方の手に植木鉢を持って、ヘイジは紅魔館の中へと急いだ。
フランドールの部屋に戻ると、彼女はまだ寝ていた。
彼女を起こさないようにヘイジはそっと歩いて、部屋の中にある小さな机の上に、植木鉢を置いた。
「喜んでくれるといいのですが・・・」
彼はそうつぶやいて、弁当箱を洗いにキッチンへと向かった。
ヘイジが部屋を出ていくらも経たない内に、フランドールはぱちりと目を覚ました。
起きあがって、大きくのびをする。
「うう~っ、ヘイジ~・・・って、あれ?」
とそこで、机の上に何か置いてあることに気がついた。
近づいてよく見ると、植木鉢に小さな赤紫色の花が咲いている。
「可愛いお花・・・」
しばらくそれに見とれてから、
「ねえヘイジ~! どこ~!?」
彼女は自分の従者の名前を呼びながら、自室を出ていった。
結論:ヘイジの壊れない日は、とても平和。