47.少年のたしなみ
改めて友人だと確かめ合い、いい雰囲気の五人。しかし・・・
さて、アナザー、フランドール、妹紅、ヘイジの四人で友達の輪が出来上がった所に、
「もう、アナザー? 一応ここは診療所なのよ? 走り回っちゃダメだっていつも言ってるじゃない」
「はあい、ごめんなさーい」
八意永琳が困った顔でやって来た。ヘイジたちは気付かなかったが、どうやら検査とやらが終わった後に、アナザーはこの部屋までドタバタ駆け込んできたらしい。
永琳に注意されて彼女は謝罪するが、言葉にも表情にも、全く誠意が見えない。ああもう、と永琳は苛立ったように言葉を発すると、くるりと後ろを向いて、
「あ~そういえば、注射を一本忘れてたかしらー。オリジン、ちょっと彼女を捕まえといて」
「らじゃー」
低く、おどろおどろしい声でそう言った。彼女に返答して、オリジンがにじり寄る。すると、アナザーの表情が一瞬にして恐怖に歪んだ。そして友達の輪から外れると永琳に駆け寄り、すがりつく。
「やめてそれだけは! 注射は嫌なのっ!」
まるで子供のように、目を潤ませて今にも泣きだしそうな表情である。少し子供っぽい言動が目立つとは思っていたが、これでは自分の主よりも精神年齢は下だな、とヘイジは様子を眺めつつ思った。そんな彼の横で妹紅は呆れたようにため息をつき、フランドールは、注射は怖いよねー、と震えている。
冗談よ冗談、とアナザーの頭をなでる永琳に、オリジンが言う。
「全く・・・人の言うことはちゃんと聞いておかないと、痛い目を見るといつも言っているのに。ところで永琳、今日も魔導書を読んでいっていいかな?」
「ええどうぞ。しかしあなたも物好きよね、おかしな魔導書ばかり読んで・・・」
「・・・人の好みにケチをつけないでくれよ」
彼の要望を聞いて、永琳がため息まじりに巻物のような書物をオリジンに渡す。オリジンはそれを受け取ると、その場で開いて食い入るように読み始めた。
一体何の会話だろうか。ヘイジは蚊帳の外にいるような感覚を覚えつつ、そう考えていると、横からフランドールが身を乗り出してきた。
「魔導書!? ねえ永琳さん、私も読んでいいですか?」
「ああ、ごめんね。ここにあるのは、地上の種族には読めない魔導書なの」
「そ、そうですか・・・」
彼女の言葉にフランドールは残念そうに引っ込む。すると妹紅が感心したように言った。
「フランドールお前、魔導書に興味あるのか?」
「あ、うん。うちにも沢山あるんだけど、持ち主が私には見せてくれないの・・・だから、時々こっそり読んでるんだけど」
「へー、小さいのに勤勉だな。普通の本ならいいが、私は魔導書を読むだけでも頭が痛くなってくる」
そう言って妹紅は顔をしかめて、自分の額に手をやる。読んだ時のことを思い出したようだ。フランドールは意外そうに目を丸くする。
「そうなの? 魔導書も面白いけどなー」
「多分、人間向けの書物じゃないんだろうよ。著者が大体、人間以外の種族か少々危ない人間だからな」
「・・・まったく、あんな変な本のどこが面白いんだか」
妹紅の横で、アナザーがつまらなそうにため息をついた。見る限りオリジンは魔導書が大好きなようだが、彼女は違うのだろうか。少し気になったヘイジは聞いてみた。
「おや、アナザーは魔導書が嫌いなのですかな?」
「いいえ。魔導書がキライなわけじゃなくて、〝オリジンが読む魔導書”がキライなの」
彼の問いに彼女は首を横に振って答える。
「それは、一体どうして?」
「だってオリジン、〝闇”とか〝邪悪”とか、〝暗黒”とか・・・そういう言葉ばっかりの本を読んでるのよ? 見てるこっちがイヤになっちゃう」
「そ、それは確かに・・・」
「でしょ!? それに読んでる間は全っ然かまってくれないし。つまんないの!」
確かにそれは悪趣味だ、とヘイジは思った。闇、邪悪、暗黒の象徴のような種族である、妖怪の彼が言うのも少しおかしいかもしれないが、もう少し明るい本を読むべきではないだろうか。ただ、アナザーも子供みたいに拗ねていないで、オリジンの趣味に理解を示す必要がありそうである、とここまでヘイジは考察した。
アナザーの言葉に、妹紅が驚いたような表情で言った。
「えっ! あれってそういう本だったのか。・・・もしかしてあいつ、中二病なんじゃ」
「中二病? ・・・って、何なの妹紅さん」
「ああ、えっとな・・・ダークな世界に憧れるようになるんだよ。黒い翼とか、闇の力とかにな」
「へー、じゃあ私のお姉さまとおんなじだ!」
「・・・そ、そうか。私はもう、それ以上は聞かん」
とその時、オリジンは読んでいた本から急に顔を上げると、顔をしかめて言った。
「ちょとそこ! 少し静かにしてくれないか! ・・・いや、ここは読む場所を移そう」
不機嫌そうに部屋を出ていく。突然大声を上げた彼にフランドールは驚いたらしく、さっと妹紅の陰に隠れた。一方でアナザーは更に機嫌を悪くしたようで、むすーっとしている。また妹紅は、怖がるフランドールに、いつものことさ、と肩をたたいて慰めていた。
何もそこまで怒ることはないだろうに、とヘイジは思いながらも、あの本はそんなに面白いのだろうかと内容が少々気にかかった。
「・・・とまあ、このような次第でございました」
時と場所は変わって、紅魔館のレミリアの部屋。
あの後、そろそろお昼時だということで、二人ともここで食べていかないかと永琳には誘われたが、それは丁重に断ってヘイジとフランドールは帰路に着いたのだった。ちなみに、二人が帰るまでオリジンは結局姿を見せることはなかった。
現在ヘイジは、これまでにあったことをレミリアに報告している所である。彼の話を聞いてレミリアは、ふーん、と感嘆の声を漏らした。
「そっか、久々に外へ出したからちょっと不安だったけど、何も問題は無かったわけね」
「ええ。フラン嬢、とても礼儀正しく他の方と接しておりました」
「ふふ、誰かさんの影響かしら」
そう言って微笑するレミリア。しかし、ヘイジは首を横に振った。
「いえ、礼儀正しさというものは一朝一夕に身に付くものではありますまい。レミリア殿や、館の皆様が教養のある方々だったからでしょう」
「謙虚ねえ、まったく。でも、そう言われると悪い気はしないわ」
ため息交じりに、だが顔をほころばせて彼女はそう言った。普段、従者の咲夜以外に褒められることなどほとんど無いので、レミリアにとっては新鮮な感覚だったのだろう。まあ、ヘイジが賞賛したのは彼女だけではなく〝紅魔館の住人”なのだが。
とそこへ、物音一つ立てずに部屋へ入ってくる者があった。
「・・・お嬢様。門番の娘から、来客があったとのことですが、いかがいたしましょうか」
咲夜である。彼女のこのような登場には、ヘイジはいつも驚かされる。音を立てず、気配すらも感じさせずに姿を現すのだ。何か種や仕掛けがあるのだろうかと気になるのだが、聞くに聞けない。
突如現れた彼女の方にちら、と視線を送るとレミリアは、
「通してあげなさい。あとその来客に、『今日は主の機嫌がいい、命拾いしたわね』と伝えておいて」
「はい、かしこまりました」
そう言って咲夜は部屋を出ていく。ヘイジが気付いた時には、もう彼女の姿は影も形も無かった。全くもって不可思議なものである。
呆然とするヘイジにレミリアは向き直った。
「さてヘイジ、もう下がっていいわよ。あと来客に出会ったら、〝高貴な”紅魔館の一員としてふさわしい態度で接すること。まあ、言うまでもないことかしら」
「存じ上げております。では、これにて失礼」
「フランのこと、頼んだわよ」
一礼して去ってゆく彼を見送って、レミリアは微笑んでいた。
今日はフランドールにとって、とても有意義な時間となったことは間違いない。
しかし、客人とは一体誰なのだろうか。




