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40.夢中の邂逅

夢の中、ヘイジは昔を思い出していた。

彼は何を思ったのだろうか。

 おや、ここはどこだろう。ヘイジは気がつくと深い森の中にいた。辺りは暗く、静まり返っている。

 そうだ、と彼は思い出した。


「なるほど。これは夢、ですな」


 昨日は帰ってから、どっと疲れが押し寄せてきたのでそのまま眠ってしまったのだ。よく覚えている。

 ならばきっと、自分が今いるここは夢の中だろう。しかし、早く覚めないものか。起きるのが遅かったら、またフランドールに『お寝坊さん』とか言われてしまう。

 彼がそんなことを考えていると、


「・・・もう、あなた方には時間が無いのです」


 やけに近くで、声がした。ごく最近聞いたような気がする声だが・・・誰だっただろうか。

 少し興味の出てきたヘイジは、木の陰からそっと、声のした方を窺った。


「・・・・・・あれは?」


 距離にして十数メートルの辺りに、三つの人影が見える。しかし不思議なことに、近いはずなのになぜか、彼らの姿がぼんやりとしてよく見えない。

 男性と女性らしい二つの大きな影、もう一方の小さな影は女性・・・と言うよりは、幼い少女のようだ。小さい方が何か言っている。


「・・・ですから、私は幻想郷への移住を勧めますが」

「貴殿のおっしゃりたいことは、それだけなのだな?」

「はいい!?」


 返答したのは男性の方。何かの交渉をしているようだ。そして様子を見るに、交渉は決裂気味。

 相手の返事が予想外だったのか、少女が変な声を上げる。彼女に、男性の方は言った。


「衰弱した親を置いて、自分だけ呑気に暮らす子があるものか。それに、生まれたこの地で消え行くのなら、自分にとっては本望だ」

「はあ・・・頑固な御方。分かりました、ではこの話は無かったことに・・・・・・」


 彼の言葉に、少女はあきれたように深いため息をつく。男性も頷いた。が、


「ま、待って!」

「・・・何でしょうか? これ以上、何か?」


 男性の傍らに立っていた女性が、今度は口を開いた。まだ話があったのか、とばかりに、少女はどこか面倒くさそうに聞き返す。

 女性は少女に駆け寄ると、その両肩を掴んで言った。


「お願い、ヘイジだけでも連れて行って!」

「母上! 何をおっしゃるのです!?」


 ヘイジ?

 今、彼女は“ヘイジ”と言ったのか。いや確かに、そう聞こえた。どういうことだろうか、ヘイジは隠れていた木の陰から思わず身を乗り出していた。


「いえしかし、本人が・・・」


 少女が戸惑いの声を上げる。すると女性が、今度は男性の方に向き直ってから言った。

 その時に、女性と男性の顔が少しだけ見えた。二人とも人間にしては、やけに小さく細い。まるで骸骨のようだ、しかも男性の方はどこかで見たことがあるような気がする。とヘイジが思案していると、


「ヘイジ、あなたはまだ若いわ。その貴い命を、ここで失って欲しくない。私は、大丈夫だから」

「は、母上! そのようなこと、自分には・・・出来ませぬ!」


 その瞬間、“木の影にいたヘイジ”は確かに見た。母親に詰め寄る、かつての“自分の姿”を。

 更に母親の姿、かつての八雲紫の姿がはっきりと見える。


「・・・こ、これは・・・・・・これは、一体」


 ヘイジは錯乱した。

 自分は、一体何を見ているのだろう、過去の自分が目の前にいる・・・なら、今、ここで『見ている』自分は、一体誰なのだろう。『見ている』自分は自分、『見られている』相手も自分・・・自分って何だ、どちらが本当の自分? 分からない。

 まあ、どうでもいいか。どうせ夢なのだ。ヘイジはその錯乱した思考の中で一つの結論を得た。

 それと同時に、彼の意識は途絶えた。




 目が、覚めた。なぜだか分からないが、何となく清々しい気分。ヘイジはおもむろに立ち上がると、ぐーんと大きく伸びをした。

 そして両手の平を高く挙げたまま、


「思い出した! 自分は、思い出しましたぞ!」


 言葉の一つ一つを、確かめるように発する。

 それから、ばんざいをするように挙げた両手を、すっと下ろした。記憶を思い出したのと同時に、これまで忘れていたことに対する、罪悪感に似たようなものが押し寄せてきた。

 何より自分の母親のことを、今まで忘れていたことへのショックが少しばかり大きかった。


「・・・・・・」


 フランドールは、まだ起きていない。天使のような寝顔で、まだぐっすりと眠っている。

 今日は主よりも早く起きられたようだ。ヘイジは彼女を起こさないように、そっと部屋を出て、扉を閉めた。

 もう一度、出かけなくてはならない。彼の足は自然に、紅魔館の外を向いていた。




「おやっ、まだ暗い・・・」


 館の外に出ると、空は濃い紺色に染まっていた。まだ星の光がはっきりと分かる。

 道理で、館の中が静かなわけだ、とヘイジは思った。いつもなら、咲夜がせかせかと動き回っているのを必ずどこかで見かけるものだが、今朝はちっとも目に入らなかったのも納得がいく。

 まあ彼女とて人間、休むのは当然だろう、そんなことを思いながら、“秘密の抜け道”へと向かう。


「よいしょ、と」


 紅魔館の裏手。

 金属製の重い蓋を持ち上げ、ヘイジは地下用水路へと体を滑り込ませた。そして真っ暗な闇の中を、壁にぶつからないよう慎重に進んでいった。




 森の中。地面にぽっかり空いた穴から、ずるりとヘイジは這い出した。

 ここまで、何かに背中を押されているような気がするのだ。失っていた自分の記憶に導かれているような、彼はそんな感覚を覚えていた。


「曖昧な記憶ではあるが、確かこの先に・・・」


 周囲をぐるりと見渡す。それからヘイジは、ぶつぶつとつぶやきながら、歩き出した。昨夜の八雲紫と出会った場所、ではなく全く違った方角へ。

 そこへ行けば、自分の頭の中で散り散りになっていた記憶が、一つの完成した形になるような、そんな気がしていた。




「・・・着いた」


 ヘイジはおもむろに、足を止めた。

 黒い空の下、彼の周囲には、すっかり風化してしまった石碑のようなものがいくつも、無造作にごろごろと転がっている。生物の気配が全くしない、この場所は無縁塚。

 幻想郷と別の世界との交差点になっており、“外の世界”から物や人が流れてくることも多い。ヘイジは歩き出した。だんだんと奥の方へと進んでいく。とそこで、


「おや、貴殿は・・・」

「あらあら、奇遇ねえ」


 見覚えのある後姿に出くわした。金髪の頭に、変わった形の帽子、そして紫色の洋服。こちらを振り向いたその顔は、昨日出会った八雲紫その人だった。

 にこっと笑いかけた彼女に、ヘイジは頭を軽く下げて会釈する。


「八雲紫殿、何ゆえこの場所に?」

「ああ、ちょっと昔を思い返しに・・・ね」


向かった先で、八雲紫と出会ったヘイジ。

彼女は何を語るのだろうか。

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