39.妖怪少女と骸骨妖怪
八雲紫は、ヘイジが幻想郷へ来ることになったきっかけを話し始める。
その時ヘイジは何を思ったのか、そして今のヘイジは何を思うのか・・・
八雲紫は語り出した。
「彼が言うには、『この身がどうなろうと、ここは自分の生まれ育った場所だから、離れる気はない。それに何より、自分の母親を置いてはいけない』。もの凄い剣幕で言ったもんだから、逆に感心しちゃったわ」
「え? ヘイジのお母さんを連れて行くことは、出来なかったんですか?」
とそこで、フランドールが質問する。すると八雲紫は、今度は何やら、困ったような表情になった。
「それができれば、良かったんだけど・・・彼のお母さん、妖力への耐性がとても弱かったのよ。幻想郷の空気には、馴染めそうもなかったわ」
「そ、そうだったんですか・・・」
「まあそれでね、私も、そこまで言うならしょうがないと思って、彼を連れて行くのはやめようとしたんだけど・・・」
彼女が言葉を濁す。何か、重大なことがその時起こったのだろうか。ヘイジはその先を問うた。
「・・・一体、何があったのですか?」
「ええとね・・・そしたら、あなたのお母さんがこう言ったの『ヘイジはまだ若い、その命をここで散らすことは無いわ。私は大丈夫だから、あなたは新しい場所で生きなさい』って」
「・・・・・・」
ヘイジは黙り込んだ。そこまで自分のことを思ってくれていた母親のことを、今まで忘れていたのか。それどころか、自分はそんな親のことを、考えようともしなかったというのか。
「・・・あなたは『そんなことは出来ない』って反論したけど、結局、お母さんに説得されて移住を決意したわ。それで」
「紫殿、お話の途中失礼致しますが・・・」
「あら? 何かしら?」
と、ヘイジが突然話を遮った。彼は少し間を置いてから、意を決したように、
「して、自分の母は・・・どうなったのでしょうか?」
「えっ?」
突然ぶつけられた質問に八雲紫は、
「ああ、えーと・・・“消えて”しまったわ」
「えっ・・・」
「・・・・・・そうなのですか」
少々言い難そうに、しかしはっきりとそう言った。『消えてしまった』のだ、死んだのではなく。
「その直前に彼女から託されたのが、あなたに渡した手紙。・・・何があっても、挫けずに自分の道を進んで欲しいって、言っていたわ」
「・・・・・・」
「はあ・・・そうでしたか」
幼いなりに、フランドールもその言葉の重みを実感したらしく、言葉が続かない。ヘイジも一言だけ言ったきり、黙り込んでしまった。
しばらくの間、沈黙が流れる。
「・・・・・・あらら?」
とそこで、八雲紫はふと、壁に掛かった時計を見上げた。彼女のその声で、張り詰めた空気の緊張が少しばかり緩んだ。
「もうこんな時間・・・あまり遅くなると、館の皆さんが心配するのではなくって?」
「む? 確かに、そうですな・・・」
いつの間にか、日付が変わりそうな時間になっている。
彼女の言うとおり、帰るのが遅くなっては紅魔館の住人達に心配がかかるだろう。それに、そろそろフランドールがいないことにも気づいているかも知れない。ヘイジはそう思った。
「あ! 本当だ。今から帰ったら、怒られちゃうかな・・・?」
フランドールも時計を確認してから、困惑の表情を浮かべた。
ヘイジは彼女の言葉を否定せず、顎に手を当てて困ったような素振りを見せる。
「・・・かも、知れませぬな」
「・・・どうしよ」
「あらら、心配はご無用よ」
時計を見上げて話し合うフランドールとヘイジに、八雲紫は笑ってそう言うと、パチンと指を鳴らす。
すると、二人のそばの空間に真っ黒な穴が開いた。
「そこをくぐれば、あっという間にフランドールちゃんの部屋まで戻れるわよ」
八雲紫が、二人に手を振る。
「じゃあね、お二人さん」
「・・・紫殿、どうもお邪魔致しました」
「さよなら紫さん!」
そして、彼女に向かってヘイジは頭を下げ、フランドールは手を振り返す。それから黒い穴に入ると、
「おおっ!?」
「あれれ!?」
いつの間にかフランドールの部屋に二人は立っていた。
背後を振り返ると、先ほど通ってきた穴は跡形も無く消えている。しばらく、二人とも現在の状況に頭がついていかず、キョトンとしていたが、
「・・・自分に、母親が・・・・・・」
ヘイジは独り言のように、ぼそっとつぶやいた。そして、
「・・・フラン嬢」
「え、な、何? どうしたの?」
フランドールの方を振り向くと、どこかしおれたような声で言った。
「・・・恐れ入りますが、お先に休ませて頂きます」
八雲紫から色々と話を聞いたが、どうにも頭の中の整理がつかない。まるで脳みそだけが膨れ上がってしまったかのように、頭が重たい。
生気の無い彼の様子に、フランドールは少し不安を感じた。
「う、うん。いいよ、もう夜も遅いし・・・疲れちゃったよね」
「・・・では、お先に」
そう言ってヘイジは部屋の片隅でうずくまると、数秒もしないうちにその頭がカクンと下に落ちた。
ヘイジ、とっても疲れてたんだなあ、とフランドールは思った。話を聞いても実感が湧かない、と彼は言っていたけれど、他でもない、自分についての事柄なのだから、口には出さずとも色々と思うところがあったのだろう。
「ふああ・・・」
とここまで、ちょっと大人な思考を展開していた彼女だったが、大きなあくびが口からもれた。
疲れているのは、自分も同じらしい。そういえば吸血鬼だけど、深夜まで起きているなんてこと、最近は全然無かったな・・・そんなことを思いつつ、フランドールは自分のベッドで横になった。
「おやすみなさい・・・」
長かった夜も、もう終わろうとしている。
眠りにつくヘイジ。
気持ちの整理は、一旦夢の中へ持ち越しに・・・