34.捜索願い
手紙の差出人を捜すヘイジ。
ここは、知識豊富なあの人に聞いてみよう。
「・・・さて、誰に聞いたものか」
聞き込み開始。まずは誰を当たろうか・・・ヘイジは廊下を歩きながら考えを巡らせた。紅魔館の住人は活動時間がバラバラなので、この時間帯に誰が暇なのかよく分からない。
咲夜は忙しそうなので無理だろう、では誰に聞こうか・・・そう思っていると、
「パチュリー辺りに聞いたらいいんじゃない? 物知りだし」
「おお、そうですな。そういえばパチュリー殿が・・・って、おわああっ!?」
自然な流れの会話から一転、ヘイジは横に飛びのいて、そのまま腰を抜かしそうになった。
何しろ、お昼寝中だったはずのフランドールが一緒に歩いていたのだから。ヘイジの反応を見て、彼女は可笑しそうに笑った。
「あはは、ヘイジってば驚きすぎ。魂落っことしちゃうよ」
「ああいや失礼。・・・ところで、いつから自分の傍らに?」
「え? “さて、誰に聞いたものか”ってとこから」
ヘイジの問いに、フランドールは彼の声真似をして答える。それから不思議そうな顔になると、今度は彼女が質問してきた。
「・・・で、ヘイジは何か探し物でもしてるの?」
「ええ、実は恋人」
「ええー!! ヘイジの恋人!?」
先ほどのヘイジよりも大きな声で叫び、彼女はヘイジにずいっと近寄ってきた。
「どんな人なの!? 綺麗な人? それとも可愛い人かな?」
「いえ、そうではなくて、“恋人かもしれない”相手を捜しているのです。実はその人の名前も、顔も分からなくて・・・」
「へえ~・・・そっか」
彼の答えに、フランドールは少々落胆したような表情になる。彼女としては、馴れ初めや恋愛の話を聞き出そうと思っていたのに、当てが外れた気分だった。
しかしそこで諦めるフランドール・スカーレットではない。もしも本当に恋人だったら、面白いじゃないか。彼女はヘイジの手を取ると、
「じゃあ早く行くよ! その人を見つけてあげなくちゃ!!」
「おわっ、フラン嬢、そんなに引っ張らないで」
パチュリーの管理する図書館へと、彼を引きずるようにして一緒に走り出した。
主に振り回されるこの感覚、とても久しぶりだ、ヘイジは手を引かれながらそう感じた。懐かしさのようなものが、確かにあった。
「パチュリー!!」
「フラン嬢、あまり騒いでは迷惑が・・・」
「・・・騒々しいわね、一体何事?」
ドガン、とそんな擬音語が合いそうな音を立てて、図書館の扉が開かれた。
読書を強制的に中断されて、パチュリーは苦虫を潰したような表情になった。しかしそれでも、入り口まで来客を迎えに行く辺りは律儀である。
彼女が顔を出すと、フランドールが笑顔で手を振ってきた。
「あっ、パチュリー!」
「“図書館では静かに”ね、フラン」
「申し訳ございません」
フランドールをたしなめる彼女に、ヘイジが頭を下げる。彼のほうをちらっと見て、パチュリーはため息をついた。
「何であなたが謝ってるのよ・・・まあいいわ、何か用?」
とそこで、ヘイジではなくフランドールが、パチュリーの前に出てきて話し始めた。
「あのね、実はヘイジの恋人」
「こ、こほっ、恋人っ!?」
「え~っ! ヘイジさんに恋人が!?」
驚きのあまりパチュリーが咳き込む。そこへ、話を聞きつけたらしく小悪魔が飛んできた。
小悪魔が目を輝かせて、ヘイジの方に身を乗り出してくる。
「聞かせてください! どんな人なんですか~?」
「・・・わ、私も気になるわ。まずはそのことから聞こうかしら」
パチュリーもどうにか冷静さを取り戻し、呼吸を整えてからそう言った。
興味津々、なオーラ全開の二人に対してヘイジは、呆然となってあんぐりと口を開ける。が、我に返ると、重々しい口調で言った。
「・・・あの、お二人には大変申し訳ないのですが・・・」
“恋人”ではなく、“恋人かもしれない謎の人物”を捜しているのだという、これまでの経緯をヘイジは二人に説明した。
すると二人とも、何やら半分落胆し、半分安心したような表情になった。
「な、何だ・・・心臓が止まるかと思ったわ」
「いや~、早とちりしちゃいましたよ~」
「いやはや、お騒がせしてしまいました」
ヘイジは二人に謝ってから、
「・・・ところで、パチュリー殿に小悪魔殿、“紫色の服と日傘の似合う、金髪の少女”に心当たりはございますでしょうか?」
「ヘイジ、あなたは・・・“そいつ”を捜しているの?」
「ええ」
彼の言葉に、パチュリーは何やら複雑な表情を浮かべる。横の小悪魔も同様だ。そのまま黙ってしまう二人に向かって、フランドールが問いかけた。
「ねえ、何か知ってるの? 言わなきゃ分かんないよ」
「あ、ああ・・・そうね。一応心当たりが、あるにはあるわ・・・ねえ、こあ」
「えっ!? は、はい~・・・」
急に話を振られて、小悪魔がビクッと肩を震わせる。そしてそのまま、彼女が話を引き継いだ。
一呼吸ほど置いてから、彼女は口を開いた。
「ヘイジさん。あなたの捜している人は恐らく、“八雲紫”でしょうね~・・・」
「八雲、紫・・・一体どのような方なのでしょうか?」
「え、え~と・・・とんでもなく胡散臭くて、何を考えているか分からない、恐ろしい妖怪ですよ~」
「は、はあ」
まるで怪談でも話すかのように、小悪魔が言う。しかしその口調に冗談らしきものは一切なかった。
ここまでの言われようとは、本当に恐ろしい相手なのだろう。とんでもないものに行き着いてしまったのかもしれない、そんなことをヘイジが思っていると、フランドールが手を引っ張ってきた。
「良かったねヘイジ、もう見つかりそうだよ。・・・で、その“八雲紫”ってどこにいるの?」
「・・・フラン、あなたは知らないようだけど、“紫”はとてつもなくヤバイ奴なのよ」
「えー、でもヘイジの知り合いかもしれないのに」
不服そうな表情を浮かべる彼女に、パチュリーはピシッと言い放った。
「私は“危ない”と警告しているの、あいつに関わったらロクな目に遭わないわ」
決して大きな声ではなかった。だが、相手を黙らせるには十分過ぎるほどの威圧感があった。彼女の口調に気圧されてフランドールが黙り込む。
しばしの間、四人の間に沈黙が流れた。
「・・・パチュリー殿、“八雲紫”の居場所を教えて頂きたい」
その沈黙を破って、ヘイジはパチュリーに向かって頭を下げた。
彼の行動に、彼女は一瞬戸惑ったような表情を見せて、それから呆れたようにため息をついて言った。
「私の話、聞いてなかったのかしら?」
「いえ、それでも知りたいのです。どうか頼みます」
ヘイジがもう一度、頭を下げる。パチュリーは自分の額に片手を当てた。
「・・・どうして、そこまでして知りたいのよ?」
「好奇心、でしょうか」
顔を上げ、ヘイジは彼女を真っ直ぐに見つめてそう言った。彼の言葉に、パチュリーはもう一度大きくため息をつくと、
「・・・物好きね。まあいいわ、ちょっと待ってて」
図書館の奥へと消えていった。
有力情報が得られた。
しかし相手は謎だらけの妖怪、一筋縄ではいかなさそうだ。