32.「従者」と「少年」
見舞いのついでに、フランドールへ挨拶をしに来たオリジン。
ヘイジは彼を、主に会わせることに。
フランドール・スカーレットの自室。しんと静まりかえった部屋の扉を、小さくノックする者があった。部屋の主は、あからさまに不機嫌な声でその来客に応じる。
「・・・誰? 今は誰とも会いたくないんだけど・・・」
「大変失礼致しました! 出直して参ります!!」
「・・・・・・えっ!?」
扉の向こうから聞こえた、その声にフランドールは耳を疑った。今はどこか別の部屋で寝込んでいるはずの、自分の従者の声だったのだから。
遠ざかっていく足音が聞こえる。彼女はそれを追うように、部屋から飛び出した。
「ごめんヘイジ! 今のウソだから!!」
扉を勢いよく開けると、引き留めるべく彼の体に思いきり抱きついた。
「おかえりヘイジ・・・私、ずっと待ってたよ!」
「あ、あの、フラン嬢・・・? 自分、そちらではないのですが・・・」
「え? あ、あれ?」
なぜか横にヘイジが立って、フランドールを何とも言えない様子で見つめている。ハッと我に返って、彼女は自分の抱きついている相手を確認してみた。冷静になってみると、ヘイジにしては柔らかい感触がする。
「・・・あっ、違った! ごめんなさい!!」
相手の顔を見て、フランドールは急いで離れた。自分の従者だと思っていたのは、黒服の少年。
抱きつく相手を間違えて焦る彼女に対して、少年の方はと言うと、
「め、めっちゃ痛い・・・し、しかし・・・何だか嬉しいな」
吸血鬼の、粉砕骨折してもおかしくない程の怪力で抱きつかれたにも関わらず、その表情はどこか喜びに溢れているようにも見えた。
そんな彼の様子に、ヘイジは頭が痛くなりそうだった。
「紹介致します、フラン嬢。アナザーの兄上の・・・」
「オリジンだ、よろしくフランドール君」
廊下で話すのも良くないだろうということで、場所は変わってフランドールの部屋。ヘイジが右手でオリジンを示し、彼が自己紹介する。
オリジンの自己紹介に、フランドールは笑顔で応じた。
「うん、よろしくね! 最初は恐い人かと思ったけど・・・お兄さん、よく見ると優しそうだね」
「お、お兄さんだって? ・・・わ、悪くないな」
彼女の笑顔にオリジンが顔を赤くし、表情を緩ませる。とそこで、フランドールは彼に近づいて、着ているスーツの裾を引っ張って問いかけてきた。
「ねえねえ、お兄さんは何で喪服なんか着てるの?」
「いや、これは喪服じゃなくてだね、こういう制服みたいなものなんだ」
「へえ~、そうなんだ。何か、カッコイイかも」
「そ、そんな、照れるなあ・・・」
「・・・・・・」
楽しそうに話す二人のそばで、ヘイジはどこかつまらなさげに黙っていた。何と言うか、一言で言い表すならば、“気に入らない”のだ。
何しろ、やっと頭痛から解放されて主の元へ戻ってみれば、当の主はどこの誰かも分からぬ少年と自分そっちのけで話し込んでしまっているのだから。何だかオリジンにフランドールを取られてしまった気分だ・・・とそこまで考えたところで、ヘイジは頭を振った。
「(いけない、自分は一体何を考えて・・・)」
湧き上がってきた邪念を吹き飛ばす。素性の知れぬ相手、と言うなら、元はといえば自分もそうだったではないか。これがフランドールの、他人との接し方なのだ。
何を自分は焼き餅など焼いているのか、ヘイジは己を恥じた。
「な、なあフランドール君・・・ちょっといいか?」
「え? なあに?」
ヘイジの横で、二人が何か話している。とその時、
「・・・失礼するよ」
むに、っとオリジンはフランドールの右頬を軽くつまんだ。
その光景を目の当たりにして、ヘイジは体中が一瞬にして凍りついた。
「うふふ、くすぐったいよう。えい」
「おわ、何すんだよう」
「お返しだー、うにうに」
と今度はフランドールがオリジンの左頬をつまむと、上下左右色々な方向に引っ張った。
強く引っ張られたせいか、彼が軽く顔をしかめる。
「いてて、や、やったなあ?」
「あは、お兄さんおもしろーい」
「こらっ、年上をからかうんじゃないぞ」
「きゃあ、はなしてえ」
ヘイジという第三者がいるにも関わらず、二人でいちゃいちゃしている・・・ようにも見える。少なくとも、彼の目にはそう映った。
オリジンがフランドールの肩を捕まえると、彼女は嬉しそうに悲鳴を上げた。
「・・・・・・はあ」
ヘイジはそんな二人の横で、膝を抱えてうずくまってしまった。
今、自分は完全に除け者だ。今の二人はお互いのことしか見えていないに違いない。とても寂しい、寂しくてたまらない。孤独感に心を苛まれる。
とその時、
「おぉーっと、忘れていた! 早く帰らないといけないんだった!!」
オリジンが突然大声を張り上げた。同時にフランドールを放す。
それを聞いて、ヘイジはすかさず顔を上げた。
「え、もう帰っちゃうの?」
「ああ、悪いが急用を思い出してね」
「(やった)」
それを聞いて、残念そうな表情になるフランドールとは対照的に、ヘイジは少し心が軽くなるような感覚がした。
「(・・・って、また自分は何を!)」
しかし、すぐに罪悪感が襲ってきた。自己嫌悪に陥り、再びうずくまる。
「じゃあな、フランドール君」
「うん・・・また来てね!」
「ああ、出来れば、ね。・・・“転移魔法”」
頭を抱えるヘイジの傍ら、オリジンはフランドールと別れの挨拶を交わすと、いつぞやのように呪文を唱えて消え去ってしまった。
彼がいなくなった後、フランドールはぼんやりとした表情で、
「ああいうヒトって・・・ちょっと、いいかも」
両頬に手を当てて、そう呟いた。
彼女は気づいていなかったが、その横でヘイジが自分を罵りながら、床に頭を何度も打ち付けていた。
葛藤するヘイジ――果たして、彼には乗り越えられるのか。