31.最後の見舞い客
オリジンが見舞いに来ました。
彼には「何か」手土産があるようだ。
目を覚ましたヘイジは、自分の体調の良さを感じた。
頭痛はほとんど感じられなくなっている。彼はベッドから上体を起こした。
「うう・・・しかし、体が重いですな・・・」
やはりずっと寝ていたせいだろうか、体中のいたる所が強張っている。肩や腕の関節を動かすと、ポキポキと乾いた音が鳴った。
ヘイジがそんな軽いリハビリをしていると、
「やあ」
「!?」
その時、ベッドの傍らで声がした。ビクッとして振り向くと、そこには黒い人影。
顔を見て、ヘイジはそれが誰だかすぐに分かった。
「あ、ああ・・・オリジン」
「どうしたんだヘイジ? 顔色が悪くないか」
黒いスーツに長めの黒髪、見紛うことなどないだろう。オリジンはヘイジの顔を一目見て、どこか心配そうに言った。彼の問いにヘイジは答える。
「実はストレス性何とか、とかいう頭痛にかかってしまって・・・もう治ったようだが」
「あー、それは大変だな。子供のお守りも楽じゃないってことか」
「は?」
ヘイジが突如、声を荒げて聞き返す。今の発言は聞き捨てならなかった。
「オリジン・・・フラン嬢を、我が主を愚弄するつもりか?」
「い、いやいや! そんなつもりじゃ・・・か、“可愛い”という意味で言ったんだ」
「・・・失礼。少々、頭に血が上っていた」
慌てて首を横に振るオリジンに、ヘイジは詫びた。今のは考えてみれば噛付きすぎだ、大人げないことをした、と彼は後悔した。
とそこで、今度はオリジンが口を開いた。
「ああ、そうそう。そういえばだね、君に渡すべきものが・・・“ある人”からの預かり物なんだが、名前は伏せて欲しいとのことで」
そう言って彼は服のポケットに手を入れる。それから取り出したのは、白い無地の封筒。
ヘイジはそれを受け取ると、オリジンに尋ねた。
「もしや、これはフラン嬢から?」
「いいや、さっきも言った通り名前は明かせないんだが、それだけは違う」
「はあ・・・」
昨日は美鈴が手紙を預かってきたし、もしかすると・・・と思ったのだが、その予想は外れた。だとすれば一体誰からなのだろうか、とそんなことを考えつつ、封を切る。
中に入っていたのはフランドールの時と同じく、一通の手紙だった。ヘイジはその文面に目を通す。
「ええと・・・“ヘイジへ――突然にごめんなさい。しかし私には、どうしてもあなたに伝えておきたいことがあるのです。いつどんな時でも、あなたを愛し、想っている者がいるのだと――”」
「おおー? これは、ラブレターとも受け取れる文面だが・・・」
「オリジン」
「ん?」
ヘイジは手紙を凝視したまま、彼に尋ねた。
「教えて欲しい、この手紙は一体誰が・・・?」
「おいおい・・・だから言っただろう? 名前は出せないと」
「なら、差出人の容姿だけでも」
やけに食い下がる。彼の問いに、オリジンは少し考え込む素振りを見せてから答えた。
「うーん、名前を明かさなければ・・・別にいいか。えっと、紫色の服と日傘の似合う、金髪の美少女・・・ってここまで言ったらマズかったかな」
「・・・そうか」
「知り合い?」
今度はオリジンが聞くと、一度ヘイジは黙り込んだ。そして、いくらか間をおいてから答えた。
「いや、知らないのだが・・・自分には、紅魔館の皆様の他に知り合いがいなかったものでな。どういう相手なのか、気になってしまって」
「ほほう、しかし心温まる話じゃないか。何があったのかは知らないが・・・君が覚えていなくとも、この手紙の主は君のことを忘れなかった、ってことだろう?」
「・・・そうかも、しれないな」
笑って言うオリジンに、ヘイジもどこか可笑しそうに返す。オリジンは“何があったのか知らないが”と言ったが、それは当の本人であるヘイジも同じこと。一体何があったのか、彼にもまったく分からないのだ。
「・・・さて」
しかし今考えるべきはその事ではない。謎の人物から貰った手紙を封筒に戻し、枕元にあったフランドールからの手紙を取ると、ヘイジはベッドから立ち上がった。
「頭痛も治った、もうフラン嬢の元へ戻らねば」
「あ、それなら私も付いていって構わないか? アナザーの身内として、彼女に挨拶しておきたい」
オリジンの申し出に、ヘイジは少々戸惑った。確かにあのアナザーとかいう少女とフランドールは仲が良さそうだったが、だからと言って素性の知れないこの少年を主に会わせても良いものか。
彼はしばらく考え込んでから、言った。
「・・・まあ、いいだろう。友人が増えたと、フラン嬢も喜ぶ」
「おお、私は友人認定なのか。そう言われると嬉しくなるな」
その答えに、彼はニコリと笑うと、部屋を出て行くヘイジに付き添った。
まあ、素性が知れないのはアナザーという少女にしても同じことだ。彼だけ除け者にする理由もあるまい、ヘイジはそう判断し、オリジンと共にフランドールの部屋まで戻ることにした。
「なあヘイジ、一つ聞きたいんだが」
「何だオリジン」
長い廊下を歩いていると、ふとオリジンが話しかけてきた。歩きながらヘイジは応じる。
「君の主って・・・可愛いよな?」
「ああ、フラン嬢はとても可憐なお方・・・しかし、どうしてそんなことを?」
「・・・いや、あのマシュマロみたいな頬を、突っついてみたいな・・・・・・とか思ったり」
ちらっとヘイジが彼の方を見ると、オリジンはいつの間にか俯いた姿勢で歩いていた。長い前髪で表情こそよく見えないものの、その口元が緩んでいる。
とそこで、はっと彼は顔を上げた。
「いやいやいや!! 何を考えているんだ私って奴は・・・!」
「・・・オリジン」
「ああ~、もう! なぜ私はこんな・・・」
「オリジン! 危ない!!」
ヘイジが警告を発するも、時すでに遅し。前を見ていなかったオリジンは、いつぞやの時のように頭を柱にぶつけた。彼は二、三歩後ろによろめくと、そのまま廊下にひっくり返ってしまった。
「・・・・・・はあ」
このまま彼を置いていこうかと、ヘイジは本気でそう思った。
謎の手紙。それはさておき、フランドールのもとへ向かう二人なのでした。