25.大晦日のお買い物
今年最後の更新です。それではどうぞ。
「ヘイジ? いるかしら」
「あ、咲夜だ」
「おや咲夜殿、自分に何かご用でしょうか?」
紅魔館の夕暮れ時、咲夜がフランドールの部屋へやって来た。
ちょうど大富豪ゲームが終わったヘイジとフランドールの二人は、揃って顔を上げる。ちなみに、勝負の結果は手札残り一枚でヘイジの負けだった。
「お正月の準備をしなければならないのだけど、お餅を買ってなかったのよ。私は他の準備があるから、あなたに頼もうかと思って」
「そういうことでしたら、喜んで引き受けましょう」
「お買い物!? ねえ、私も行きた~い!」
快諾するヘイジの横で、フランドールが手を上げてアピールする。しかし咲夜に、
「妹様はダメです。謹慎を解かれたばかりですし、それに何かあるといけませんから」
即刻却下を喰らってしまった。彼女は拗ねた表情になってしまう。
「・・・咲夜の意地悪」
「ああヘイジ、買い物にはこれを持っていって」
「これは?」
フランドールの言葉には耳も貸さず、咲夜は布製のバッグをヘイジに渡した。真っ赤な生地に、黒いコウモリのアップリケが刺繍されている。
渡されてから首を傾げるヘイジに、彼女は説明を加えた。
「外の世界ではエコバッグというらしいわ。丈夫に出来ていて、たくさん入るから便利よ」
「ほほう、これは優れものですな。・・・して、どこへ行って買ってくればよろしいのでしょうか?」
「それはこのメモに・・・」
咲夜がメイド服のポケットに手を入れる。とそこで、
「・・・あ、忘れてきた。ちょっと来なさいヘイジ、道順を教えるから」
その顔が青ざめた。彼女は取り繕うかのように背を向けると、ヘイジに付いてくるよう促して部屋を出ていく。
「あ、お待ち下さい」
その後を追って、彼は咲夜に続いてフランドールの部屋を後にした。
「あーあ、一人で留守番か・・・」
一人部屋に残ったフランドールは、ため息をついて言った。前に外へ出てから、館の外の世界には興味が深まるばかり、何とかして自分も買い物に付いていきたい。そう思っていると、
「・・・あ、ヘイジったらバッグ置きっぱなし」
エコバッグが目に入った。ヘイジが置き忘れてしまったようだ。とそこで、フランドールはニヤッと笑みを浮かべた。
その後、
「まさか、バッグを忘れるとは」
ヘイジはフランドールの部屋へ急いで戻ってきた。咲夜から道順を聞いた後、バッグを置いてきてしまったことに気づいたのだ。
部屋に入ると、バッグだけがぽつんと残されていた。フランドールの姿はない。
「おや、フラン嬢がいらっしゃらない・・・いや、そんなことより今は急ぎましょう」
彼はバッグを肩に掛けると、急ぎ足で紅魔館を出ていった。
ただ、何だかバッグが少し重たくなったような気がした。
「おお、ここが人里。賑わっておりますな」
咲夜に教えて貰った道順の通りにしばらく歩くと、ヘイジは人里の繁華街らしき場所にたどり着いていた。
道の両側に立ち並んだ店からは、ひっきりなしに客引きの声が飛び交い、人通りも絶えることがない。
「さて、急いで買って戻りませんと・・・おや?」
ヘイジは一度歩き出してから、ふと立ち止まった。そして肩に掛けたバッグを両手で持つと、逆さにして上下にバサバサ振った。すると、
「うわっ!!」
「フラン嬢!? なぜバッグの中に」
丸まったフランドールが地面に落ちてきた。驚くヘイジに、彼女はすがりつく。
「だ、だって私もお買い物行きたかったんだもん。手伝うからさ、ね? いいでしょ?」
「まあ・・・こうなっては仕方がありませぬ。一緒に買い物しましょうか」
「やったあ!!」
ヘイジとフランドールは二人並んで歩き出した。周囲の視線が彼らに集中しているが、いちいち気にしていたらきりがないので、気にしない。
「えーと、お餅屋さんは・・・」
「あっ、あれじゃないかな」
フランドールが指差す先には“餅屋”の看板。ヘイジは頷くと、彼女と共に店内へ。
「ごめんください」
「ごめんくださーい!」
「いらっしゃい!・・・おや、妖怪のお客さんかい」
店内には数人の客と、店の主人らしき男性が一人。ヘイジが入ってきたとき、客はぎょっとした表情になったが、主人は顔色一つ変えない。
「お客さんも、正月の餅かい? ちょいと待ってくれよ、皆さんの先約があるんでね」
「は・・・はあ、では待たせて頂きます」
不思議に思いながらも、ヘイジはその場で立って待つことにした。その一方でフランドールは、ヘイジから離れて店内をうろつき始める。
「わ~、いろいろ売ってる。美味しそ~」
「かき餅いるかい? お嬢ちゃん可愛いから、特別にやるよ」
「いいの? ありがとう!」
そして、主人からお菓子を貰っていた。それから店内の客は減っていき、最後にヘイジたちだけが残った。
「いやー、待たせちゃって悪いね。ご注文は?」
「ええと、お餅をこれだけ」
「け、結構多いねえ・・・はい、どうぞ。袋に入れるかい?」
「いえ、持参しておりますので。お代はこれだけですな」
「はいよ、ありがとう」
持ってきたバッグに餅を入れてもらうと、ヘイジは代金を支払った。そして、フランドールと並んで店を出る。
「良いお年を!」
店の扉を開け、外へ出たところで主人が二人に手を振ってきた。
「ええ、良いお年を」
「お菓子ありがとうね! have a Goodyear!」
ヘイジとフランドールも、主人に手を振り返す。そして帰路についた。
紅魔館のキッチン。料理の準備をしていた咲夜のもとへ、ヘイジが餅を持ってやって来た。
「咲夜殿。お餅、買ってきました」
「ありがとうヘイジ。これで安心してお正月を迎えられるわ」
「それは良かった。・・・何か、自分も手伝いましょうか?」
ヘイジの申し出に、咲夜は首を横に振る。
「いや、買い物行ってもらったんだし、いいわ。ところで買い物の間、妹様は大人しくしてたかしら?」
「ええ、それはもう余所から貰った猫のように・・・ハッ!?」
凍り付いたように動きを止めるヘイジに、咲夜は笑って言った。
「それならいいのよ。何かあったら、責任はあなたに取って貰おうと思ってたけど」
「いやはや・・・もうただただ、恐れ入ります」
彼は、咲夜に頭を下げることしかできなかった。
年の終わりは、もうすぐそこである。
皆様、それでは良いお年を。