17.夕暮れ時の半身骸骨
下半身を失おうと、今日もヘイジは強く、普通に生きていく・・・
いや、「普通」というのは余計だっただろうか。
紅魔館の夕暮れ時、館がちょっとだけ静かになる短い時間帯である。
ヘイジは咲夜と二人、キッチンに並んで夕食の用意をしていた。彼の仕事は、主に咲夜のアシストである。
「いやあ、何とも言えず静かなことですな・・・」
「え、ええ・・・そうね」
じゃがいもの皮を剥きながらしゃべるヘイジに、咲夜が何だか答えにくそうに返事をする。
彼がくるくると芋を回しながら、それに包丁の刃を当てると、まるでリボンがほどけるかのように皮が剥けていった。剥けた皮が、一本の帯のようになって流しに落ちる。
それからヘイジが新たなじゃがいもを手にしたところで、咲夜は彼におずおずと問いかけた。
「ところで・・・あなた、何があったのかしら?」
「はい?」
ヘイジが振り向く。今、彼の体は調理台の上に乗っかっているのだ。
加えて胴から下が、無くなっていた。
「ああ・・・これはですね、失くしてしまったのですよ」
悲しげに少しうつむいて、彼は答える。それでも、じゃがいもの皮むきはやめずに続けていた。
「な、失くした・・・?」
いくら何でも、言い訳にしたってそれは無いだろう。
と咲夜は思ったが、彼が言いたくないのならそれ以上は追求してやらないことにした。それに原因は、何となく想像がつく。
「・・・そ、そうなの。失くしてしまったのね」
「ええ、どこへ行ってしまったのやら」
気を取り直して、彼女も調理に戻る。
とそこで、ヘイジがじゃがいもの皮むきを全て終えた。彼はそのうちの一つを手にすると、じっと見つめる。
それからまな板の上に芋を置くと、包丁を回転させて目にも止まらぬ速さで切り刻んだ。
切り終えると彼は、一旦包丁を置いた。
「・・・ふう」
そして一仕事終えた、という感じにため息をつく。まな板の上には、花の形にカットされたじゃがいもが並んでいた。
「エクセレント・・・」
その様子を見て、咲夜は唖然となってつぶやいた。今夜のメニューはカレーの予定なのだが、ここまで凝ったカットの施されたじゃがいもである。
絶対に煮くずれなどさせるわけにはいかない。そんなことをしてはヘイジに失礼だし、何より彼女のプライドが許さない。
咲夜がそんなことを考えている間に、ヘイジはじゃがいもを全てカットし終えてしまった。
まな板の上に、お花畑が出来ている。
「咲夜殿、じゃがいもは切り終えましたが、何か他に仕事は?」
彼が振り向いて尋ねてくる。彼女は少し考え込んでから、
「そうね・・・特にないから、もういいわよ。ありがとう」
そう言った。このままヘイジにやらせると、人参や他の具材まで彫刻のように刻まれてしまいそうだ。
悪いことではないのだが(むしろいいことだ)、それを炒めて煮込むことまで考えると、そのままの形を維持するのは難しく、何より手間がかかる。
ヘイジには少し悪いが、勘弁して欲しいというのが本音だった。
「ああ、そうでしたか。では、これにて失礼」
咲夜に頭を下げて、彼は調理台からぴょんと飛び降りる。それから床に両手をついて着地すると、そのまま手を足のように使ってキッチンを出ていった。
その少々シュールな姿を見送ってから、咲夜は一人で調理を再開する。
「本当に、切り方は凄く上手いわね・・・」
よく見ると、一つ一つの形が少しずつ違っている。短時間でこれだけの工夫を凝らすとは、まるで芸術家だ。
「私も・・・負けていられないわ」
ヘイジの腕を認めながらも、咲夜は心の中で静かに闘志を燃やしていた。
さて、一方でヘイジは廊下を歩き回っていた。
フランドールは今お昼寝中なので、彼としてはちょっと暇だった。彼女の遊びに付き合うのも大変だが、その必要が無いというのも、それはそれで心細いものがある。
「何だか、手持ち無沙汰ですな・・・」
手を使ってぺたぺた歩きながら、ぽつりとつぶやく。まあ両手は塞がっているのだが。
とそこへ、
「遅めのおやつ~♪」
向こうから小悪魔が、カップに入ったプリンを手にして歩いてきた。何やら上機嫌で、歌まで歌っている。
「あ、小悪魔殿。こんにちは」
「ああこんにちは、ヘイジさ―」
ヘイジの挨拶に小悪魔は返そうとして、そこで固まった。彼女の手から、プリンの入ったカップが床に落ちる。
「きゃ~! テケテケが出たあ~!!」
そして突然叫び声を上げると、もと来た道を全速力で引き返していった。訳が分からないまま、ヘイジは一人ぽつんとその場に取り残された。
「テケテケって・・・あ、小悪魔殿おやつ忘れてる」
カップを拾い上げる。プラスチック製だった為か、割れずに済んでいた。
よく冷えていて、美味しそうである。ヘイジには食べられないのだが。
「小悪魔殿―! 忘れ物です」
それを頭の上に乗っけると、彼は小悪魔の後を走って追いかけた。
頭にプリンを乗せた上半身だけの骸骨が、手を使って走っている図。もう十二分にシュールである。
当然のことながら、
「きゃ~! 助けてえ~!!」
化け物に追われていると彼女は勘違いして、どんどん逃げていく。その目に涙が浮かんでいる所からして、冗談抜きで本当に怖がっているようだ。
「小悪魔殿! お待ち下さい!!」
「嫌~!!!」
もはやヘイジの声も届かない。
結局、小悪魔の体力が切れて彼女がへたばるまで、この追いかけっこは続くこととなった。
あと蛇足になるが、残念なことにプリンは常温に戻ってしまった。
フラン嬢、あなたの従者でしょう?早くなんとかして下さい。
「やだ」
そんなあ・・・ではまた次回。