10.迷走する狂気
狂気の気配漂う紅魔館。今夜、とある来訪者を迎える。
「これで最後、ですな」
床に落ちた書類の、最後の一枚を拾って、ヘイジは咲夜に差し出した。
「どうぞ、咲夜殿」
「悪いわね、手伝ってもらっちゃって」
書類を受け取って咲夜がそう言うと、彼は首を横に振った。
「いえ、自分が前方不注意だったばかりに・・・では失礼」
そしてもう一度彼女に謝罪すると、ヘイジは急ぎ足で廊下の向こうへと消えてしまった。
咲夜はその後ろ姿を見送ってから、
「いつになく急いでるわね・・・どうしたのかしら」
ちょっとした疑問を覚えたが、それ以上は気にせず彼女も歩き出した。
「ああもう、もうやだっ!」
狂気をはらんだ表情でフランドールは、手に持っていた人形“だったもの”を壁に投げつけた。無惨に砕けた残骸が床に散らばる。
と、そこで彼女に声をかける者があった。
「あら、どうしたの? そんな怖い顔しちゃって」
「!? 誰っ!?」
突然かけられた聞き覚えの無い声に、彼女は驚き、声のした方を振り向く。
「初めまして、ね。そしてこんばんは、小さなお嬢さん」
そこには長袖のセーラー服を着た少女が立っていた。鉱石を思わせるような、つやのある黒髪に、背丈は咲夜か美鈴と同じくらいだろうか。
彼女はスカートの端をつまむと、フランドールに小さく頭を下げた。その仕草に、上品な大人っぽさが感じられる。
「お姉さん・・・どうやってここに?」
「ふふ、そこそこ」
フランドールの問いに、少女は天井の辺りを指差す。見ると、そこだけ板が一枚外れていた。
「うわー、忍者みたいだね」
「ふふん、凄いでしょ?」
少女はふっと微笑むと、フランドールに近寄ってその手を取った。伝わってきたのは、ひやっとするような冷たさ。
「・・・あれ、お姉さんの手って冷たいね」
「ああ、私冷え性なのよ。・・・あなたの手は、とっても暖かいわね」
「え? そ、そうかな?」
少女がフランドールの手を、強めにぎゅっと握ってきた。フランドールの目が戸惑いに揺れ、狂気の色が薄れる。それから少女が聞いてきた。
「それで、どうしちゃったの? 私でよければ、聞くだけ聞いてあげる」
「えっとね・・・私にはヘイジっていう“じゅうしゃ”がいるの。いつも遊んでくれるんだよ」
「へえ・・・いい従者さんね、羨ましいな」
少女はフランドールの話を聞きながら、柔らかく微笑んだ。声を落として、フランドールは続ける。
「でも、今日は忙しくて私にかまってくれなかったの。だから・・・・」
「だから?」
優しく問いかけた少女に、フランドールは半分無意識のうちに答えていた。
「・・・その、つまんなくなっちゃって・・・・・・」
「そうなの・・・その気持ち、よく分かるわ」
少女は頷くと、人差し指を一本立てた。
「私も、好きな人に構ってもらえなかったら寂しいわ。でもね、だからって物を壊しちゃダメ。八つ当たりしたって、何も変わらないんだから」
「そう、だよね・・・お姉さんの言うとおり」
フランドールがすまなさそうに俯く。彼女の肩に、少女は手を置いて言った。
「分かったならいいわ。よーし、私がその“ヘイジ”って人の代わりに遊んであげる」
「え、いいの?」
「もちろん。・・・あっ、そうだ」
とそこで、少女は何か思い出したように、ポンと手を叩いた。
「まだお互いに名前を言ってないわね。私はアナザー、よろしく」
「私はフランドール、フランって呼んでね。アナザーお姉さん」
フランドールがそう言うと、アナザーと名乗った少女は不意に、彼女に抱きついてきた。
「“アナザーお姉さん”なんて・・・! ああもう、可愛いなあフランちゃんは」
「むぐぐ、ちょ・・・ちょっとお姉さん」
いつの間にやら、すっかり仲良くなってしまった二人だった。
一方その頃。
紅魔館の近辺を歩き回る人影があった。
「どこなんだ・・・? この辺りで間違いないはずだが」
真っ黒なスーツのような服を着た少年が、必死になって何かを探している。その動作一つ一つに、疲労が目に見えて現れていた。
その様子からして、今までかなりの時間をかけていたようだ。
「ああもう・・・勝手に出歩くなよ、探す方の身にもなって欲しいな」
吐き捨てるように言って、彼は空をあおいだ。夜空には大きな満月が浮かんでいて、煌々と大地を照らしている。
「満月、か。できることなら、探し人の居場所までも照らし出して欲しいものだが・・・」
少年はつぶやいてから、ふと、そう遠くない場所に真っ赤な館の姿を認めた。窓に明かりが灯っているのが見える。
「・・・ふむ、考えてみれば聞き込みという手もあるか」
そう口にして、少年は赤い館に向かって走り出した。
同時刻:紅魔館内部。
自室で、椅子に座って瞑想していたレミリアは、突然に目を見開いた。
「運命が、変わった・・・?」
通常、運命が変わること自体は大して珍しくはない。むしろ、運命とは常に変わりゆくものである。
しかし今回のケースは特別だった。
「私の力を持ってしても、修正が効かないなんて・・・何て強い力」
変わりゆく運命を見通し、それを操るというのがレミリアの持つ能力。
だが今の“運命”は、何か絶対的な力のもとに軌道修正がされていて、さすがの彼女にも、それを変更することはできなかった。
「みんなに知らせないと・・・」
部屋から出ようとして、レミリアが椅子から立ち上がると、
「きゃっ!?」
靴のヒールが砕けて、その場で転倒してしまった。床でうつ伏せに転がったまま、彼女は呟く。
「何よ、この“運命”・・・・・・」
同時刻:大図書館。
「パチュリー様~! 本の整理、終わりましたよ~」
「お疲れさま、こあ」
本を読んでいるパチュリーのもとへ、小悪魔が仕事の報告をしに来た。彼女に労いの言葉をかけて、パチュリーは本のページをめくる。
と、ページの間に何か挟まっていた。
「あら、何かしら」
抜き取って見ると、それは長方形のカードの形をしていた。小悪魔が横からのぞき込んでくる。
「これって、タロットカード・・・ですよね?」
「ええ、でも何でこんな所に・・・」
小悪魔の言うとおり、それはタロットカードの一枚だった。しかしその絵柄は、“死神”。
「不吉、ですね~・・・」
「あまり本気にしない方がいいわよ」
怯える小悪魔をたしなめて、パチュリーは読書を再開した。
何気にオリキャラ登場回です。
それと、PVが8000に到達しました。読者の皆様には感謝してもしきれません。
これからも、どうかよろしくお願いします。