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59 玖美の初仕事

 一階は先程と比べて客の数が少しだけ増えていた。まあ、時間的にも客が増えてくるのは当たり前だろう。むしろピークはまだまだこれからだと言える。

 最も忙しい時間が来るまでに準備が終わって良かったと口には出さず思いながら、俺はピークに向けてうどんの仕込みをしているであろう松坂(まつざか)のおっちゃんを探す。

 いや、探すというほどのものでもなかった。客数が最も多くなるこの時間帯には、世界一のフリーダム男と言われても違和感のない松坂のおっちゃんと言えど厨房から出ることは難しいだろう。

 十中八九、おっちゃんは厨房にいるだろう。俺は何の迷いもなく玖美(きゅうび)を連れて厨房へと向かう。

 やはりと言うか当たり前と言うか、おっちゃんは厨房にいた。

 あっちに行ってはうどんを茹でたり、こっちへ行ってはめんつゆを作ったりとかなり忙しそうだ。まあ、ほとんどおっちゃん一人で切り盛りしているようなものなのだから忙しいのは当たり前か。

 一応は女将さん(言っていなかったが松坂のおっちゃんは既婚者だ)もいるのだが、あの人はあの人で別の仕事をしているらしいので基本いない。バイトだって俺(と今は玖美)しか雇っていないようなので、結果として自然とおっちゃんの仕事が増えていく。


「おっちゃん、今戻った!!今日は何すりゃ良いんだ?」


 俺は忙しそうに働き続けるおっちゃんに構わず大声で聞く。

 おっちゃんは俺の声にすぐ気づいたようだが、手は休めずに顔もこちらに向けないで言い返す。


「おう、秀輝(しゅうき)か!!悪ィが今ァ手ェ話せねェんでこのまま離すが許してくれ!!秀輝はそこに並んでるうどんを客に運んでくれ、こっちァ手ェ離せねェんで持ってけねェんだ!!玖美ちゃんはそうだな・・・今日はまだ働かなくて良い、代わりに来る客帰る客に挨拶でもしててくれ!!『いらっしゃいませ』と『ありがとうございました』ってま!!勿論、元気良くでェ!!」


「ああ、分かった!!支払い待ってる客とかいたらこっちで処理しとくぜ」


「分かったよ!!でも挨拶ってどこですれば良いの?」


「そういうこたァ秀輝が教えっからソイツに聞いてくれェ!!そうそう、玖美ちゃん。仕事に余裕ができたら後で服見せてくれよ?楽しみにしてるかんなァ!!」


「安心しろおっちゃん。アンタが仕事を終えるころには玖美を私服に着替えさせとくからよ!!」


 『おま、ふざけんじゃねェ!!テメェ、俺に玖美ちゃんの晴れ衣装を見せねェってのは俺に死ねって言ってんのと同義だぞ!!おいこら、秀輝こっちこいや。一回男同士で熱い語り合いをしようじゃねェか・・・っ!!』と長々と喚く松坂のおっちゃんは完全に無視して、俺は玖美の腕を引っ張って厨房から出た(勿論、置いてあったうどんを全て持って)。

 玖美も玖美でおっちゃんに今の格好を見られたくなかったからか、何の抵抗もなくついてきてくれた。

 厨房から十分に離れた俺と玖美は、おっちゃんに言われたとおりバイトを始める・・・前にまずは玖美に何をするのかを教える。


「良いか玖美。お前はここで、とりあえず来た客に挨拶をすれば良い。帰る客にも挨拶はしろよ?おっちゃんも言ってたけど、元気良くってのは大切だからな」


「うん、分かったよ。でも、そんなことで良いの?」


「ん?そんなことって?」


「だって・・・それだと私だけ楽じゃないの?秀輝もあのうどんの人も物凄く忙しそうなのに」


 『うどんの人』と言うのは松坂のおっちゃんのことだろう。玖美のその言い方に俺は不覚にも笑いそうになった。


「それなら大丈夫さ。お前がここで挨拶するだけで売り上げにかなり貢献するだろうしな」


 俺は一応そう言っておいたが、玖美には何のことか分からなかったようだ。

 玖美は看板娘という言葉を知らないのだろうか。いや、流石に知ってはいるのだろうがまさかその看板娘が自分だとは思ってもいないのだろう。

 まあ、自分が看板娘になると気づいていなくてもちゃんと挨拶をしていれば自然と客を引き寄せてくれるのだろう。

 俺が注意すべきは引き寄せられた客の中に紛れ込んでいるかもしれない変態野郎とナンパ野郎だろうか。もし怪しいやつを見つけたら店から追い出さなきゃいけないな。


「まあ、そういうことだから玖美はここで挨拶しててくれ。俺はこのうどんを客に運んでからテーブル拭いたりとかで忙しいだろうし、後は頑張れよ」


 『分かったよー』と気の抜けたような玖美の返事をしっかりと聞いた俺は、うどんが冷める前に急いで客のところまで運んでいった。

更新が遅れて申し訳ございません。

久しぶりに小説を書いたので、至らぬ点も多いとは思いますがご容赦ください。


※九月二九日、誤字修正。

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