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56 松坂屋にて不幸な遭遇

 あっという間に場所は松坂屋の正面。


「・・・それで、また貴方達ですか。僕も全く運が悪い」


「・・・そりゃこっちのセリフだ。何でお前がまたここにいる。まーた情けないことに家の食料切らしちまったか?」


「流石に同じヘマを何度も踏みませんよ。ただこの店のカレーうどんが予想以上に美味しかったので、また食べたくなっただけです。しかし、どうして二回のうち二度も会う羽目になるんですかね・・・」


 悲しいかな、俺と玖美(きゅうび)は今日もまた天月(あまづき)の出会ってしまった。

 何というか、運が悪い。それは天月も同感のようだ。

 確かに二回のうち二回とも会うというのは中々あることではない。しかし、どうしてよりによって出会う相手が天月なのか・・・。


「とにかく、僕はうどんを食べに来ただけですので、邪魔はしないでください」


「誰が邪魔なんてするか。お前こそ俺のバイトの邪魔すんなよ?」


「・・・バイト?貴方はここでバイトをしてるんですか?」


「あれ、知らなかったのか?」


 そういえば天月にはバイトをしていることを言っていなかったか。前回松坂屋で会ったときもバイト服こそ着ていたが、バイトらしいことは何もしていなかったしな。

 それに天月のあのときの様子からして松坂屋に来たのは前回が初めてだったのだろう。

 だとすればあのとき俺が着ていた服が松坂屋のバイト服とは知らないだろうし、天月が知らなくても無理はない。知ってもらう必要もなかったし、俺からも何も言わなかったからな。まあ、今回はうっかり口を滑らせてしまったことで知られてしまったけれども。

 そんなことはともかく、今は天月との会話に現を抜かすよりももっと優先すべきことがある。


「とにかく、俺と玖美はバイトで忙しいんだから、邪魔はすんなよ?」


「おや、玉藻(たまもの)さんもバイトですか?精が出ますね」


「・・・俺の言葉は無視かよ」


秀輝(しゅうき)~。早く中に入ろうよ。うどんの良い匂いがもう我慢できないよ・・・」


「それもそうだな。とっとと入るか」


 俺は天月との会話を終わらせて、とっとと松坂屋の中に入っていった。

 勿論、天月も後ろからついてくる。


「・・・ついてくんなよ」


「無茶言わないでください。客に帰れと言うのですか貴方は」


 天月の言葉はもう思い切って無視して店の中を見渡す。

 今日も相変わらず人がそこそこ多い。流石は人気の高い老舗だ。

 俺は次に松坂(まつざか)のおっちゃんを探す。

 当たり前といえば当たり前なのだが、やはりここからは松坂のおっちゃんの姿は確認できない。

 いつものように店の奥にある厨房でうどんを作っているのだろう。まあ、おっちゃんがうどんを作っていようがそんなことは構わずに俺はおっちゃんを探すために店の奥にズカズカと入り込む。

 玖美も俺の後ろに店をキョロキョロと見渡しながらついてくる。

 ちなみに天月は無言でどこかの席についていた。壁にかけられた木の板に書かれた達筆のメニュー表から今日は何を頼もうかと悩んでいる。そんなことはどうでも良いのだが。

 しかしどういうわけか松坂のおっちゃんがどこを探しても見つからない。かくれんぼにしたってこんな狭いところじゃあっという間に見つかるはずなのに、どうしてなのか全然見つからない。

 何故だろうか?

 見つからないのに考えていても仕方ないか。


「仕方ねえか・・・。玖美、ちょっとこっち来い」


「ん?何秀輝・・・って、そこ行っちゃっても大丈夫なの?」


「大丈夫だ。ちゃんと許可は貰ってるからな。一階にいないとなるとここぐらいしか思いつかないからな」


 そう言いながら俺が向かったのは松坂屋の二階だ。

 実は松坂屋は一階が店になっているが、二階は居住スペースになっている。

 一階のどこにもいないとなると、二階で休んでいるか何かをしているのだろう。

 とはいえ、流石に松坂のおっちゃんが客もいるのに店をほったらかして休んでいるとは思えない。

 探し物でもしているのだろうか?

 案の定、いつもは暗い二階が明るくなっている。誰かがいるというのは確実なようだ。

 しかし二階のあちこちを見渡してもどこにもいない。おっちゃん、アンタ一体どこに行ったんだ?

 と、俺が首を傾げて考えていたそのとき。

 ボコン!!と唐突に目の前の床が抜けた。

 完全に油断していた俺と玖美はそれぞれ小さな悲鳴を上げる。

 しかし、それだけでは終わらない。

 抜けた床の底からホコリにまみれた薄汚いおっさんがヌッと顔を出した。

 完全にホラーである。

 玖美が『きゅうぅ・・・』と情けない声を上げながら後ろに倒れる。俺も危うく恐怖で失神しそうになった。

 が、床から出てきた男を良く見てみると、何だか恐怖を感じた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。


「・・・何してんだよおっちゃん」


「おうおう、その声は秀輝か?何って、どうも天井裏がうるせェんでネズミでも住み着いちまったかァ思ってな。ちょっくらここんとこを調べとったってわけでェ。んで、お前ェこそ何の用だ?二階まで上がってきたっつうこったぁ何か理由があるんだろ?」


「ああ。その、玖美のことなんだけど」


「おっ、玖美ちゃんのことかい。って、玖美ちゃんそこにぶっ倒れてっが大丈夫なんか?幽霊でも見ちまったかい?」


「アンタがその幽霊なんだけどな・・・。ほら玖美、起きろ」


 俺は玖美の頬をパンパンと軽く叩いた。

 効果はテキメンである。

 玖美の瞼がパッと開いた。そしてあちこちに目を向けて状況を確認した後、ゆっくりと俺に視線を向ける。

 途端に玖美の顔がボッと赤くなった。突然赤くなった理由は全く分からないが、玖美の手を引っ張ってから俺の肩を貸して何とか立たせた。


「玖美、何か顔赤いけど大丈夫か?」


「・・・だ、大丈夫だよ」


 大丈夫なわりにはやけに口調がオドオドしているが、本当に大丈夫なのか?

 松坂のおっちゃんもこっちを見てニヤニヤしてないでちょっとは手伝いやがれ。

 しばらくしてから玖美が『も、もう自分で立てるから大丈夫』と言いながら俺の肩から手を離した。

 まだマシにはなったが、まだ顔赤いぞ?まあ、本人が大丈夫と言っているのだから大丈夫なのだろう。

 とにかく今はおっちゃんにあのことを報告だ。


「おっちゃん、それで大事な話なんだけど・・・」


「おお、玖美ちゃんのことだってなァ。で、どんな話何でェ?」


「その・・・玖美も一緒にここで働いても良いかな?」

※七月四日、誤字修正。

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