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54 割れたタヌキと風呂掃除

 それから大体五分後。

 俺は風呂場で玖美(きゅうび)に風呂掃除の仕方やどこに何が置いてあるのかを教え終えた。


「良いな玖美?洗剤の使い過ぎは禁物だぞ。洗剤の一滴一滴に神様が宿ってると思え」


「洗剤の神様なんて聞いたことないよ・・・。うん、でも分かった。洗剤は使わないから安心してね」


「??洗剤使わないでどうやって風呂洗うってんだよ?」


「どうやってって、こうやってだよ?」


 そう言うと玖美は右の人差し指を胸元で真っ直ぐ上に向けた。それから玖美は小声でボソボソと何かを囁くと、玖美の指先がぽうっと妖しく光った。

 俺はその現象を口を小さく開けて目を見張って見ていると、玖美が再び何かを囁く。

 すると玖美の指先で妖しく光っている謎の光がパンッと弾け、そこから水色の泡のような球体が生まれた。

 それもただの泡の塊ではない。

 中身がギュルンギュルン!!と物凄い勢いで回転している。

 何と言うか、某忍者アニメの主人公の必殺技みたいだ。

 玖美はその回転する泡のような球体を『ほいっ』という掛け声とともにバスタブの中に放り投げた。

 すると。

 ボボン!!と急に膨張したかと思うと、ギュルンギュグルンギュグルガァン!!と狂ったように恐ろしいほどの回転を始めた。

 バスタブの汚れが目まぐるしい勢いで落とされていく。どうもこの泡、洗剤的な効果もあるようだ。

 勿論、そんな光景が目の前で起これば俺は唖然するしかない。それに対して玖美は大きな胸を張って、フンフンと鼻息を鳴らしながら自慢げに言う。


「ふふーん、凄いでしょ!!これぞ玉藻(たまもの)呪術技の一つ『旋泡球(せんほうきゅう)』!!まあ、使い方

は全然違うしアレンジも少し加えてるんだけどね。でもほら!!おかげでお風呂ピッカピカだよ!!」


「・・・え?あ、うん。そうだな・・・」


 確かに今のは色んな意味で凄かった。

 けれど、何とも反応のしづらいこと。

 玉藻呪術技というからには、これも立派な妖術の一つなのだろう。その妖術をこんな使い方をしても良いのだろうか・・・。まあ、物は使いようといったことか。

 そんなことよりも、毎回毎回こんな洗い方をされるんじゃバスタブがいつか爆発してしまいそうで怖い。


「・・・なあ、玖美。今度からはその洗い方やめよう、な?」


「え?何で?これならすぐに洗い終わるから楽で良いじゃないかな?」


「いやいやいや。そんなことされたらいつかバスタブが壊れそうなんだよ。お前もバスタブ壊れて風呂に入れなくなるのは嫌だろ?」


 俺の言い分に対して、玖美は柔らかそうな白い頬を少し赤くして不機嫌そうに膨らませてそっぽを向いた。それでも文句を言わずにいるところを見ると玖美も風呂に入れなくなるのは嫌なようだ。

 それを思うと玖美のそっぽを向く動作が可愛く見えてきた。思わず吹き出しそうになる。

 ・・・しかし、妖術か。

 俺はバスタブの汚れを落とし終えてただの泡に姿を変えた元球体を見ながら思う。

 妖術という人外の技を使う玖美は、やはり妖怪なのだ。短い間だが玖美と暮らしていることで、そういうことさえ忘れそうになる。

 人間と同じように笑って、人間と同じように怒って、人間と同じように悲しんで・・・泣いたところは見たことないな。

 何も人間と変わらない。

 妖怪ってのはもっと怖くて、恐ろしくて・・・恐怖の対象でしかないと思っていたが、その考えは玖美との出会いで改めることになった。

 玖美だけじゃない、天月(あまづき)酒呑(しゅてん)も同じだ。

 他の妖怪もそうなのだろうか?他の妖怪達も、玖美のように感情豊かなのだろうか?


「??どうしたの秀輝(しゅうき)?最近良くボンヤリしてるけど、何かあったの?」


「あー、いや。何でもないさ。とりあえず風呂沸かしとくから、一五分ぐらいしたら勝手に入っとけ。その間に適当に野菜炒めは作っとくから。飯食ったらすぐに松坂屋に行くからな。・・・っと、そのまえに準備とかしとくか」


 俺は『風呂自動』と書かれたボタンを押してリビングに戻った。

 準備といってもただ財布やら携帯やらをすぐに持って行けるようにテーブルの上に置いておくだけのことだ。

 とりあえず俺は小さな戸棚の上にに置かれた、さらに言えば小さなタヌキの置物の隣に置かれた財布に手を伸ばした。

 それが失敗だった。伸ばした手の甲がタヌキの置物の腹の部分に当たった。

 底の部分が丸っこくて安定しない形だったのが災いしたのか、タヌキの置物はクルクルと回転しながら戸棚の上から落ちようと端の方へと転がっていく。

 ああ、これは落ちたな。俺はもうタヌキの置物を受け止めようとせずに、ボンヤリと眺めながらそう思った。

 コロコロとタヌキの置物は転がっていく。しかし、置物が戸棚から落ちる直前。

 パリンと。

 タヌキの置物は何の前触れもなく綺麗に四つに割れた。勿論、タヌキの置物はまだ戸棚から落ちていない。

 なのに、割れた。


「・・・・・・」


 あまりに突然の出来事に俺は唖然としながら何故か振り返った。

 そこにはウキウキと風呂に入る準備(俺が玖美にあげた赤いジャージと、涼香(すずか)が玖美のためにと準備してくれたピンクの下着。俺には刺激が強い)をしている玖美がいた。

 玖美は最初はいきなり振り返った俺を不思議そうに見ていたが、俺の背後―――恐らく割れたタヌキの置物―――を見て血の気の引いた表情を作った。

 次は俺が玖美を不思議そうに見る番になる。玖美はどうしてあんなに怯えているんだ?

 俺がそのことについて玖美に聞こうとした瞬間、玖美は手に持っていた服を全て放り投げて俺に向かって土下座をした。うろたえる俺が玖美に声をかける前に、玖美は床に頭を擦りつけたまま言う。


「ごめん秀輝っ!!それ、この前私が触ってたら手を滑らしちゃって・・・そしたら床に落ちて割れちゃって、ごめんなさいー!!」


「・・・うん、あのな、玖美」


「ごめんなさい、ホントごめんなさいっ!!わざとじゃないの本当よ!!それに直そうと努力もしたんだけど・・・お願い許してぇぇぇ!!」


「・・・まあさ、別に良いけどさ。それに俺も今落としそうになったし。遅かれ早かれ壊れる運命だったんだよ・・・多分」


 そして昨日玖美がタヌキの置物を見られて慌てふためいた理由が分かった。

 多分、玖美は昨日タヌキの置物を壊してしまったのだろう。俺がリビングに戻ったとき玖美が置物を興味津々に見ていたのは、直そうと努力した結果どれだけ自然な形に直せたかを調べていたのだろう。

 ・・・それにしたって慌て過ぎだ。たかがタヌキの置物で大げさな。


「とにかく、割れちまったからにゃどうしようもないだろ。とりあえず破片が危ねぇから集めとくとして・・・。まあ、こっちはとっとと処理して飯作っとくから、お前はさっさと風呂入っとけよ。遅刻でもしたらそれこそ怒られるし、お前もせっかくの初バイトで嫌な思い出は残したくないだろ?」


「むむっ・・・確かにそうだけど。でも、本当に良かったの?私、それ壊しちゃったんだよ?」


「だから気にしないって。それともあれか?お前は俺に怒られたいのか?良ーし、待ってろよ。すぐに竹刀か何か持ってきてビシビシ怒ってやるからな」


 俺がそう言って玖美を脅してやると、玖美は血相を変えてリビングから出て行った。

 ジャージやら何やらと置きっ放しにしてあるが、仕方ないので脱衣所まで持っていってやることにする。

 俺は放り出された赤いジャージやら何やらを一個一個拾いながら(ピンクの下着には苦戦した)、野菜炒めをどんな味付けにするかと考えていた。

更新遅れて本当に申し訳ありません!!

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