53 松坂屋でのアルバイト
「どうしようか・・・」
俺は我が家のリビングでポツリと呟いた。
酒呑との悪夢のようなやりとりを終えて教室に帰りしばらく眠っていたが、大体三〇分ほど寝たらすっかり目が覚めてしまった。仕方ないのでその後は真面目に授業を受けていると、あっという間に学校が終わってしまった。そのまま学校にいても何もやることがないので、部活で一緒には帰れない涼香と別れ(物凄く残念そうな表情をしていた。理由は聞いていないし、何故か聞きたくない)、玖美と二人でノロノロと家まで帰宅。
で、現在。
俺は少し困っていた。
「どうしたの秀輝?仁王像みたいな顔して」
「・・・お前の例えって何か分かりづらいよな。まあその、バイトのことなんだけどさ・・・」
いつものことだが、今日もバイトだ。案の定、バイトだ。
バイトがあるから俺は非情に困っている。どうしてかといえば、玖美がいるからだ。
バイトに玖美を連れていけばバイト先の迷惑になるため連れていけないし、玖美を家に置いていけば何をするか分かったもんじゃない(主に食料が心配)。
昨日もこの問題でバイトを休んだらクビになったばかりだし。あのときは人生の厳しさというものを高校生という若さで垣間見た気がした。
そんなこともあって今日のバイトはどうするべきかと悩んでいるところである。
まあ、今回のバイト先が松坂屋であることが救いであった。松坂のおっちゃんであればバイトを休んだとしても即刻クビにするなんてのはまずありえないし、玖美を連れて行ったとしても怒ったりしないだろう(むしろ快く受け入れてくれる気さえする)。
なら迷わず行けば良いじゃん、と思ったそこの貴方。
たとえ店主の松坂のおっちゃんが良かったとしても、店の迷惑になることには変わりないのだ。アルバイトでお世話になっている身として、店の迷惑になることをするのは忍びない。
だからこそ判断に困って仁王像みたいな顔して考えているわけだが・・・。うーむ、最終手段、行くか・・・。
「なあ、玖美」
「何秀輝?苦虫を噛み潰したみたいな顔して」
「ことごとく分かりづれぇんだよ、お前の例えは。そのだな、お前・・・バイトしてみる気はないか?」
「バイト?バイトって、秀輝が必死になって働いてるアレ?」
「うんまあ、必死になってることは否定しねぇけどさ。もう少し言い方ってやつを考えような?とにかく、玖美も松坂屋でバイトしてみないか?」
覚えているだろうか、二日前に松坂屋で松坂のおっちゃんが言ったあの言葉を。
『秀輝、お前ェ玖美ちゃんにここのバイトやってみねェかって聞いてみてくンねェか?』
二日前、松坂のおっちゃんは確かに俺にそう言った。そこから想像できる通り、松坂のおっちゃんは玖美をバイトとして雇いたがっている。
理由は明白、玖美を客寄せとして使いたいのだろう。何せ玖美の美貌は人間の枠には収まらないレベル、そんなレベルの子が働いている店があると知れれば『一目見たい!!』と多くの客(主に男性だろうが)が松坂屋に押し寄せてくるだろう。そうなれば松坂屋は商売繁盛、松坂のおっちゃんからすれば願ってもない話なわけだ。
それに玖美が松坂屋でバイトを始めれば俺も玖美を何のためらいもなく松坂屋に連れていける。
まあ、おっちゃんがどれだけ願っても俺がどれだけ頼んでも、玖美が首を縦に振らなければ何の意味もないのだが・・・
「やる!!やるやる!!私、そのバイトってやつやるよっ!!」
早っ、決断早っ!!もう少し迷う素振りとか見せても良いんじゃないですかね!!
まあそれはともかく、玖美が俺の誘い(というか松坂のおっちゃんの提案)を快く受け入れてくれたようなのでこれで迷う必要はなくなった。これで迷う必要もなく松坂屋に行くことができる。
「んじゃ、早速行くか・・・と行きたいところだけど、残念まだ時間が一時間ぐらいあるんだよな」
「それじゃあご飯食べよっ!!」
「元からそのつもりだよ。しかし今日は何作ろうか・・・。そうだな、野菜炒めで良いか」
「秀輝がご飯作ってる間にお風呂入ってても良い?」
「あー・・・まだ沸かしてないんだよなぁ。シャワーで我慢するか、自分で風呂掃除して入るかのどっちかにしてくれっか?」
「じゃあお風呂掃除してくるね!!私、お掃除とかは得意だからピッカピカにしてあげる!!」
「あ、ちょっと待て!!お前洗剤とかどこにあるか知らないだろ!!俺が場所教えるからちょっと待って・・・って人の話は聞けよっ!!」
俺は夕飯の準備に取り掛かる前に、張りきり過ぎて人の話を聞かずにさっさと風呂場に向かった玖美のあとを追いかけた。




