51 天月の血筋
「はい、その・・・何です?」
「ああ、うん・・・そのだな、天月のことをちょっと教えてほしいんだ」
「天月さん、ですか?」
酒呑は言いながら少しだけ首をかしげた。もしかしたら彼女も天月のことはあまり知らないのかもしれない。
アイツは性格的にも客観的なイメージ的にも自分のことを他人に話すようなキャラじゃないからな。
しかし、いくらなんでもこれから聞くことぐらいは知っているだろう。
「アンタも聞いてただろうけどさ、あんとき天月が自分の本名は『崇徳鴉鷹』だって言ったんだよ。何たって『崇徳』だ、聞き覚えがないはずねぇ」
『「崇徳鴉鷹」。それが、僕の本当の名です』。
あのときの天月の言葉は忘れるわけがない。
「『崇徳天皇』だ。罪人として扱われ、怨霊となって後世に災いをもたらしたっていう伝説で有名なあの『崇徳』だ。一説じゃ金色の天狗になったって言われてるらしいし、日本一の大天狗とも言われてるよな。まあ、怨霊なのか天狗なのか俺には分かるはずがねぇし、そもそもそんな眉唾物の伝説が本当なのかだって分からねぇけど、『崇徳』っつったらそれぐらいしか思い浮かばねぇ」
「・・・ずいぶんと、詳しいんですね」
「崇徳天皇の名前なら聞いたことある奴のほうが多いだろ。それに妖怪関連っつったらそれぐらいしか、な。っつか、お前ら妖怪三人の名前が有名過ぎるんだよ」
『玉藻』に『酒呑』、そして『崇徳』だ。さらに詳しく言えば、あの『玉藻前』に、あの『酒呑童子』に、あの『崇徳天皇』だ。
現代社会にどっぷり浸かったモダンな子供達ならともかく、少し人生を積んだ人や妖怪などに興味がある人なら知っているだろう。むしろ、知らない人より知っている人の方が多いんじゃないか?
とにかく、この三つの名前はそれだけ有名なのだ。
何の偶然なのか、日本三大最強妖怪と呼ばれているこの三つの名前がそろっている。人によっては『河童』や『八岐大蛇』が最強の妖怪の一体と言ったり、そもそも九尾の狐は日本だけの妖怪ではないので日本三大妖怪には含まれないと考えたりとされるが、どの道この三体が力が大きく有名な妖怪であることには変わりない。
それを踏まえたうえで、俺は再び酒呑に問う。
「それで、実際どうなんだ?アイツは本当に崇徳天皇の―――」
「はい、その通りなのです。天月さんは崇徳天皇の・・・その、崇徳顕仁の子孫です。その、あの人の一族は『崇徳隠院』と名乗ってますです。妖怪の世界じゃ有名な名なので、玉藻さんも詳しくは知らなくても、その、知っているはずです」
「道理で・・・。玖美の奴、崇徳って聞いた途端に天月のことを凄ぇ気にしてたからな。・・・っつか、それじゃあ天月って天皇の血を引いてるってわけだよな?うわっ、何かアイツが突然遠くの存在に思えてきた・・・」
「その、そもそも妖怪と人間の関係はかなり縁遠いものだと思うですけど・・・。それにです。こんな言い方じゃ、その、失礼ですけど、崇徳天皇は恨みから堕落して妖怪になったのですから、天皇の家筋からは外されてると思いますです」
「そういうもんなのか・・・。まあ、確かに人間から妖怪になっちまったんだからそれぐらい当然か?御家の面汚しって扱われんのかね」
人間だったときがどれだけ凄くても、妖怪にまで堕落してしまえば結局は妖怪でしかないということか。
それに崇徳天皇は天狗となってから様々な災いをもたらしたというのだから、人間からすれば悪名そのもの。そんな人物に与える地位はないということだろうか。
しかし、人が妖怪になってしまうほどの恨みや怨念・・・それは一体どれほどのものなのだろう。
彼は、崇徳天皇はそれほどまでに人間というものを恨んでいたのだろうか。
それを言えば酒呑童子も似たようなものだろうか。
八岐大蛇と人間の娘の間に生まれた半人半妖だとか、鬼っ子と疎まれるほどの異常な才覚を持った気性の荒い少年だとか、様々な説が挙げられているが、その中でも特に有名なのが女性の恋恨みだろう。絶世の美少年であったとされる彼は多くの女性から想いを告げられたがその全てを断り、質の悪いことに彼に言い寄った女性は恋煩いで皆死んでしまったという。その後、彼が女性から渡された恋文を全て燃やしたところ、女性の恨みによって彼は鬼に・・・酒呑童子になったとされる。
この話、酒呑童子からすればただただ迷惑な話だが、それだけ人間だったころの彼が美少年だったということだろう。男としては少々羨ましいところだが、そこまで来れば羨ましいなんて言ってられない。
で、この話からすれば酒呑童子も元々は人間だったとされる。
崇徳天皇と同じように、だ。
ただ違うところは、崇徳天皇は自分の意思によって妖怪に堕落して、酒呑童子は他人の呪いによって妖怪になってしまったところか。
だとすれば、崇徳天皇が自分のことを罪人として扱った人間を恨むように、酒呑童子も自分を強制的に妖怪に変えさせた人間(より正確には人間の女)を恨んでいるかもしれない。
いや、恨んでいるに違いない。
少なくとも、崇徳天皇と同じぐらいには。
「まあ、天月のことも分かってスッキリしたよ。教えてくれてありがとう。聞きたかったことってのはそれだけだから、俺はそろそろ自分の教室に戻らせてもらうよ」
「あ、はいです。・・・あ。その、ちょっと良いですか?」
「ん?何だ?」
背中を向けてとっとと教室に戻ろうとした俺は振り返って酒呑に聞いたが、酒呑は俯いて言い淀んだ。
何だろう?何か俺か玖美かで気になることでもあるのだろうか?わざわざ俺に聞くようなことなんてあったっけ?
俺が眉をひそめて頭の中で疑問を抱いていると、酒呑は何故か顔を赤くしてボソボソと声を出した。
「あの、その、です・・・。その、徳野さんが天月さんと付き合ってるって、ホントなんですか?」




