50 赤ピンク鬼妖怪
「う・・・トイレトイレ・・・」
今トイレを求めて校内を歩いている俺は高校に通うごく一般的な一般的な男子生徒。強いて違うところを上げるとすれば、妖怪の存在を知ってしまっているってとこかな。
名前は徳野秀輝。
そんなわけでクラスから最寄りにある男子トイレにやってきたのだ。
・・・と、某同性愛マンガを思い浮かべるようなナレーションとともにトイレまでやってきたわけなのだが、健全な男女共学の高校でそれ以上の展開は勿論ありえない。俺は今は誰もいない静かなトイレでゆったりと用を済まして、しっかりと手を洗ってとっとと教室に戻ろうとしたが、
「・・・ん?」
ひょこひょこと、という表現が似合いそうな感じで目の前を通り過ぎたピンクっぽいような赤っぽいような物体が目に入った。俺の目線よりもずっと下の方を通り過ぎようとする赤っぽいようなピンクっぽいような物体を目で追う。
何だこれ?毛玉か何かか?
否、これは人だ。
毛玉っぽく見えたものは女子にしては短く、男子にしては長い程度に伸ばした髪の毛だ。左側頭部からは真っ赤な髪留めで結んだ髪の毛がピョコンと飛び出している。
見覚えがある。目の前の物体は恐らく彼女だろう。
妖怪の一族の一つ、鬼の妖怪で酒呑童氏の最後の生き残りである酒呑華奈。
彼女がこの学校の生徒(元々そうだったのかは分からない。玖美や天月のように一時的に潜伏しているだけかもしれない)なのは知っていたが、まさかこんなところでバッタリ出会うとは思いもしなかった。まあ、向こうは俺の存在に気付かないで教科書を両手で抱えてそそくさとどこかに行こうとしているようだが。
次の授業が移動教室なのだろうか?一年の次の授業で移動教室のクラスはなかったはずだから、もしかしたら彼女は一年生ではなく二・三年生なのかもしれない。
今更気付いたことなのだが、酒呑の胸元につけてあるバッジ(全生徒がつけるもの。学年により色が違い、青は一年生。赤は二年生。緑は三年生。涼香も玖美も勿論つけているが、つけていなくても特に注意されないので俺はつけていない)は二年生を表す赤色であることに気付く。
それにしたって今はまだ昼休みの真っ只中、移動するには早過ぎる気がする。
・・・しかし、俺にとっては丁度良い。屋上で会ったときには天月共々勝手に姿を消してしまい、聞きたかったことも聞き損ねていた。
なら、今聞く以外に何がある?
俺は人の悪い笑みをニィッと浮かべ、今だ俺の存在に気付かず背中を向けてそそくさと歩く華奈を尾行する。ストーカーじゃないのかだって?人聞きの悪いことを言うのはよしてくれ。俺はただ彼女に聞きたいことがあるから追いかけているだけなのだから。
と、一歩間違えれば犯罪者の仲間入りのギリギリのラインを綱渡りしながら俺は酒呑を追いかける。
彼女がようやく立ち止まったところは、プレートに化学実験室と書かれた教室の前だった。まあ、こんな早くから教室に来たとしてもカギなんて開いているはずがなく、酒呑は仕方なく教室の前をうろうろとし始めた。どうして自分のクラスに戻ろうと思わないのかは正直謎だが、戻らないのならこれ以上のチャンスはない。
俺は思い切って酒呑に声をかける。
「よお、酒呑・・・さん?」
「・・・っ!!」
最後の方が疑問形だったのは、さんづけで呼ぶべきかどうか悩んだからだ。
一応は学年も俺より上で、年齢的にもずっと上の酒呑にはちゃんと敬語で接した方が良いのだろうが、玖美といい天月といい妖怪というものがどうしても身近な存在に思えてしまい、どうもため口になってしまう。まあ、そこまで大きな問題でもないのでため口でも敬語でも気にしないことにする。
酒呑は俺の声に対して、まるで猫に見つかったネズミみたいな反応を示した。何というか、彼女は小動物という表現がピッタシな気がする。これで鬼だというのだから、世の中何かが間違っている気がする。
「俺だよ。ええと・・・徳野、玖美と一緒にいた人間」
「・・・あっ、その、あのときの、です?」
「そうそう、覚えてるようで良かったよ。で、さっき偶然見つけてちょっと聞きたいことがあって声をかけたわけだけど・・・」
「はい?その、聞きたいことですか?」
「ああ。だからちょっとだけ、時間良いか?」




