44 非情な現実
「いやあ、秀輝の作ったご飯美味しかったよ!!あの風味はニンニクかな?ホント美味しかった!!」
「・・・喜んでもらえて何よりですよチクショウ」
俺は使った皿やお茶碗を洗剤でゴシゴシ洗いながら答えた。
玖美が喋りながら冷蔵庫の中に顔を突っ込んで、何かを見つけては食べたそうに眺めているので気が気でならない。
俺達が今いるのはキッチンだ。
使った皿などを洗うために来たのだが、俺は来なくて良いと言っているのに玖美が『ついてく』といって聞かないのだ。
結局押し切られて連れてきてしまったのだが、冷蔵庫を開きっぱなしにして中身を覗いているのを見て連れてこなけりゃ良かったと後悔。
俺は黙々を皿を洗い続ける。
玖美がちょくちょく肉が入ったパックを持ってきては『これ食べたい、何か作って?』と上目遣いで聞いてくるがことごとく無視。
彼女には我が家のお財布事情のことを気にかけてもらいたい、お肉って高いんだぞ。
「そういえば秀輝。さっきバイトが何とかって言ってたけど、どうするの?」
「うん、それなんだけどさ・・・正直行こうかどうか悩んでるんだよ」
「どうして?」
「そりゃお前・・・」
俺は手についた洗剤を洗い流して、蛇口をひねって水を止める。
洗い終えた皿を乾燥機に並べてから玖美に向き合った。
「玖美がいるからバイトに行くべきか悩んでるんだよ・・・」
「??どして?私は秀輝と一緒についてくけど」
「そこだよ。松坂屋のバイトんときは急いでて考える時間がなかったけどさ、バイトでもお客でもない奴が行くのって店からしたら結構迷惑なんだよ。松坂のおっちゃんは心が広いから気にした様子はなかったけど」
「それならここで帰ってくるまでお留守番してるけど?」
「それができたら苦労しねぇよ。お前、どうせ俺がいなかったら家のあちこち探して食い物見つけて食べる気だろ?」
玖美がギクッと反応したしたのを見て、やっぱりかと呆れながら思った。
コイツを家に一人でいさせたら次の日には食料が根こそぎ食べられてしまうだろう。
玖美の無限の胃袋を前にしては家にある食料ではあっという間にお腹の中に収まってしまう。
それは困る。
財布の中身へのダメージも半端ないが、育ち盛りな高校生にとって食べ物がないのは辛い。
「そういうことだから、今日はバイト休ませてもらうか・・・。つかバイト続けられるか心配になってきたな・・・」
俺は玖美を連れてリビングに戻った。
ケータイでバイト先の店長さんに今日は休むと連絡するためだ。
採用してもらえたときに教えてもらった番号に電話する。
三回のコールが鳴ったあと、まだあまり効き慣れない店長のやる気のない声が聞こえた。
『もしもーし?徳野君かい?何の用?』
「その、今日はちょっと事情があってバイト休みたいんですけど・・・良いですか?」
『あっそうかい。今日は来なくて良いよ。ちなみに明日から来なくて良いよ―――ブツッ』
現実って、非情だよな。
ケータイから何度も鳴るコールを聞きながらぼんやりと思った。
いくつかあるバイトの一つがクビになった。
こんなあっさりクビにするなんていくらなんでもあんまりだと思う反面、新人のくせにいきなり休むなんて図々しいことを言ってたら仕方ないと思う気持ちもちらほら。
憧れの都心への道が一歩遠くなった。
とはいえ、いつまでも落ち込んでいられない。
俺は疲れているときに無理矢理笑顔を浮かべたような表情で玖美の方を見て、
「なあ玖美?風呂入るか?今から沸かしてくるから」
「お風呂?この家お風呂あるの!?」
「ったりめぇだ。俺だって清潔でいたいんだし、毎日銭湯なんて贅沢してたら金が尽きるからな。そこら辺も考慮して、俺はこの風呂つきアパートに住んでるんだぞ?」
「へー。とにかく、お風呂があるなら入りたい!!実は私もう五日以上お風呂に入れてなかったから・・・」
「えっ、マジかよ?それにしては全然臭わなかったけど」
「女の子に対してそんなこと言わないでしょ!!ショック受けちゃうよ!!」
「え?あぁ、悪い・・・」
どうやら玖美は『臭わなかった』という言葉に腹が立ったらしい。
俺はどちらかといえば『そんなに長い間風呂入らなくて臭わないって凄いな』という褒め言葉の意味で言ったのだが、女性からしたら臭う臭わないと言われるだけでも嫌なのかもしれない。
まあ、男の俺からしても臭う臭わない言われたらショックなのは否定しないが。
とりあえず俺は玖美に断って風呂掃除に向かう。
風呂場のドアを開けた途端、むわっとした湿気のこもった空気が出口を求めて俺にぶつかるように流れていく。
換気を怠ったせいか、風呂場には不快な空気が漂っている。
しかし弱音を吐いてばかりじゃ何も始まらない。
俺は中身が半分ほどまで減ったバスマ○ックリンを左手に、使い込まれてギスギスになったスポンジを装備する。
そして一心不乱に風呂をこすり始めた。
時間にして大体五分ぐらいか。
時間としては短いが、一心不乱にやったおかげか風呂はピッカピカになっていた。
俺は満足した笑みを浮かべ、汚れた手を洗って風呂自動と書かれたボタンを押す。
一五分もすれば風呂は沸いているだろう。
俺は再び玖美の待っているリビングに戻った。
「・・・何してんのお前?」
リビングに戻った俺はタヌキの置物を興味津々に眺めていた玖美に声をかけた。
玖美は置物の観察に集中していたせいか俺がリビングに入ってきたのに気付かなかったのか、俺が声をかけた途端『ひゃうっ!?』と声をあげて驚いた。
顔を赤くした玖美は凄い勢いで両手と首を振りながら、
「ななな何でもないよっ!!別に私何もしてないよ!!」
「どうしてそんなに慌ててんのか分かんねぇけど・・・あと一五分ぐらいで風呂沸くけど、先に入るよな?」
「だだっ大丈夫!!私はあとで入るから秀輝が先に入って!!」
「ん?良いのか?お前、さっき五日間風呂入ってないっつってたじゃん」
「良いから良いから!!私もすぐに入るから秀輝は先に入ってて!!」
「お、おう。分かった、分かったからそう叩くなって!!」
(・・・すぐに入るってどういうことだ?)
俺はボッコボコにされる中でふと疑問に思ったが、声には出さなかった。
何でもないだろ、と俺は考えるのをやめたが、これが悲劇の始まりになるとは思いもしなかった。




