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41 酒呑童子

俺は天月の言葉に返事を返さないでただ無言で前に出る。


高いところにいるからか、風が強く吹き荒れ髪の毛がグチャグチャに荒らされる。


風に踊らされる髪の毛がうっとおしいのか、玖美は自分の金色の髪をまとめて風に飛ばされないよう抱え持つ。


しかし、こちらは強風に翻弄されているのに天月と隣の少女はまるで動じていない。


いや、よく見てみるとあの二人のいる場所だけ風がないのか。


強風に押されて体がふらつくどころか、服も髪も風に吹かれて荒れているような様子が全くない。


あれも妖術かなにかの一種だろうか?


俺は玖美の手を引っ張ってさらに前に出る。


天月たちとの距離が大体三メートルほどのところまで近づく。


目の前の二人の男女を改めて観察する。


天月は相変わらずのいつもと全く同じ格好、表情だ。


そこにさらに説明を加える必要はないだろう。


そして、もう一人の見知らぬ少女。


ここまで近づいて、彼女の背の小ささがさらによく分かった。


俺も背は高いとは言えない方だが、その俺の一回りも二回りも小さい。


女子だから背が低いとかじゃなく、女子の中でも飛びぬけて背が低いだろう。


それにやはり赤髪がとても目立つ。


前髪は眉に届くぐらいに伸ばしてあるが、後ろ髪は首周りのところでばっさりと切られてある。


遠くからでは気づかなかったが、左側頭部の辺りから真っ赤な髪留めで髪がピョコンと飛び出す様に止められている。


同じ高校の制服だからこそ彼女が高校生だと分かったが、私服とかでいられたら正直小学生と大差ない。


彼女は俺の視線に気付いたのか、ビクッと怖がるように体を震わせると天月の後ろに隠れてしまった。


女性にそんな反応をされると男の俺としてはとても悲しいのだが、それよりも他に驚いた点があった。


珍しい。


天月が全く嫌がるような素振りを見せない。


天月は妖怪であり、さらに人間のことをこの上ないほど嫌っている。


人間を嫌うようになったのはある深い理由があるのだが、その理由が理由なだけに今の天月の行動はとても珍しい。


―――もしかして、彼女は。



「・・・それで、俺達を呼んだ用件は?」



俺は三メートル先に佇む天月に話しかけた。


ブオォッ、と一陣の風が俺達の間を駆け抜けた。



「貴方のその様子じゃ、すでに大体は察しがついているのでしょう?」



風はさらに強く吹く。


俺と玖美の髪の毛は風に巻き上げられ激しく踊り狂う。


にも関わらず天月と少女の髪は全く揺らめかない。



「覚えていますか?僕が会わせたい者がいると言ったことを」



「ああ。松坂屋でだろ?それで・・・その会わせたい奴ってのは」



「ええ。彼女です」



天月はそう言いながら自分の背中に隠れる少女を前に出した。


オドオドとする少女は再び天月の後ろに素早く隠れようとするが、天月がそれを阻止する。


どうしようかとキョロキョロする少女と目が合った。


凄く気まずそうで、凄く恥ずかしそうで、今にも泣き出しそうな顔を真っ赤にして俯いた。


人見知りなのだろうか。


そして俺の後ろで玖美がむくれているが何故だろう?



「自己紹介してください。僕の口から説明するのはアレですから」



「え、その・・・しゅ、『酒呑(しゅてん) 華奈(かな)』です。その、よろしくお願いしますです・・・」



少女はそういうとさらに顔を真っ赤にして手で顔を隠してしまった。


人見知りというより、恥ずかしがり屋なのか、とても人間らしい行動。


しかし。


天月が会わせたいと言ったということは、



「すでに分かっていると思いますが、勿論彼女も妖怪の一人です」



「・・・まあ、そりゃそうだよな。でもなんの妖怪なんだ?」



「はっはい、私は、その、鬼です。『酒呑童氏(しゅてんどうじ)』一二代目宗主の娘です・・・」



『酒呑童氏』。


それは玖美の『玉藻家』のようなものだろうか。


しかし、九尾の次は酒呑童子と来たか。


『酒呑童子』。


玉藻前と同じように、日本ではかなり有名な妖怪の名だ。


平安時代初期に越後国に生まれ、丹波国と呼ばれたところにある大江山に住み着いていた、恐らく日本で一番名の知られた鬼の名。


詳しいことは知らないが、元々は人間だったがある妙な呪いのせいで鬼になったと言われている。


それもあくまで一説なので、実際はどうなのかは俺には分からない。


しかし、恐らく彼女はその酒呑童子の子孫だろう。


そんな彼女は鬼とは思えないほどオロオロとしながら、隣に佇む天月に小さな声で尋ねた。



「あの、天月さん・・・。この人達が、その、そうなんですか?」



「そうです。貴方達も酒呑さんに自己紹介をお願いします。互いの名前ぐらいは知っていなければいけないでしょう」



「そうだな・・・。俺は徳野秀輝・・・人間。えっと、玖美の保護者?」



「保護者ってなによっ!!私は子供じゃないんだから!!」



保護者という言葉が癪に障ったのか、玖美は突然怒り出して俺のことをポカポカと殴り始めた。


まあ、俺も同い年の(玖美は妖怪だから多分かなり年上なのだろうが)人に『この人の保護者です』なんて言われたら怒りたくなる気持ちも分かるので反論はできない。


とにかく、暴れる玖美をなんとかなだめて玖美にも自己紹介をさせる。


まだとてもご不満そうだが、玖美は大人しく自己紹介を始める。



「私は玉藻玖美、貴女と同じ妖怪だよ。あと、『玉藻家』の九代目正統継承者。それと華奈、やっぱり貴女も『奴ら』に・・・?」



「・・・はいです。『酒呑童氏』の生き残りは多分、もう私だけです。父様も母様も、皆やられてしまったです・・・」



「・・・・・・」



沈黙。


彼女も、玖美や天月と同じ苦しみを味わったのだろう。


胸が焼きつけるような、心にグサリと刃が深く突き刺さったような、なにもかもをグシャグシャに壊されたような、耐えがたい痛みを。



「・・・今回ここに来てもらったのは、酒呑さんと会ってもらいたかったからです」



一瞬の沈黙が過ぎたあと、天月が言う。



「彼女も、僕達と同じ者です。同じ苦しみを味わい、同じ敵を持つ者。恐らく、このメンバーでまた何度も会うことになるでしょうから、互いのことは知っておいた方がよかったでしょう」



天月は言いながらこちらに向かって歩き始めた。


いや、正確にはこちらの背後にあるドアに向かって。



「今回来てもらったのはこのことだけですが、また新たな有益な情報を得ることができたときに、こうして集まってもらいます。では、僕はこれで失礼します」



天月はすでに俺の背後まで移動していた。


酒呑が先を行く天月を慌てて追いかけ、俺の背後に消えた。


その瞬間、



「最後に、僕の本当の名前を教えておきます」



「・・・?」



「『崇徳(すとく) 鴉鷹(あおう)』。それが、僕の本当の名です」



俺はすぐさま後ろに振り返ったが、天月の姿はすでになかった。


ヒュウヒュウと風の吹く音だけが、虚しく耳に入る。

天月の本名を『崇徳顕仁』から『崇徳鴉鷹』にしました、すいません。

『崇徳顕仁』ではあまりにもそのまま過ぎたので。

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