39 複雑な想い
「・・・で、なんの用だ?」
「いやー、お前にちょっくら聞きてぇことがあってな」
新一は言いながら自分の顎に手を当てて某少年名探偵を連想させるポーズを取る。
心なしかあのBGMが流れて来そうな雰囲気の中、新一は難問にでも差しかかったような口ぶりで、
「いやな、どうも玖美ちゃんがお前に特別懐いてるっつうか。やけにお前と一緒にいることにこだわってるっつうか、そんな気がしてな・・・。もしかしてお前ら、知り合い?」
「あー・・・まあ・・・一応そうだな、詳しいことは言えないけどってかお前にだけは言いたかねぇけど」
「んー?やっぱそういう関係なんだな?で、どこで知り合った?まさか学校来る途中で食パン咥えた玖美ちゃんとぶつかって知りあいましたなんてお約束のパターンじゃないだろうな玖美ルート直行なんて言ったらテメェ許さねェぞ」
「どうしてそんな発想に辿り着くんだよこのギャルゲ脳!!はあ、どうして俺の身の周りにはこんな奴ばっかなんだ・・・」
「それでそれで?結局どういう仲なんだ?お前の家系にあんな金髪美人の血が流れてるはずねぇし従妹とかじゃねぇな。幼いころに引っ越しで離ればなれになった幼馴染ってわけでもねぇだろうし・・・。いや、マジでなんだ?」
新一の言葉を聞いて、俺は少しマズイと思った。
涼香には玖美が居候ということを教えてしまったが、コイツにだけは絶対に教えるわけにはいかない。
もし玖美が俺の家に居候していることが新一に知れれば、なにをされるか分かったもんじゃない。
コイツの性格を考えれば、玖美が居候と分かった途端に俺の家に押し寄せてアメフトの誇りをかけた生涯で最高のタックルで俺を潰しにかかるやもしれん。
何故ならコイツは他の男(特に友人)が女の子といちゃいちゃしているのが許せないタイプで、この前もクラスメイトが付き合っていると聞いたとき『リア充爆発しろぉぉぉ!!』と謎の雄叫びとともにタックルをかましたほどだ。
俺は決していちゃいちゃしているわけではないが、女の子の居候がいると知られればそれだけでフルボッコにされそうで怖い。
とはいえ、このまま黙っていても怪しまれて『なんだなんだ?まさか本当に食パンイベントがあったのか!?テメェ、許さねェぞゴルァアアア!!』とタックルをかまされるだろう。
やはり嘘を吐いてこの状況から切り抜けるしかないのか。
しかし、
(で、でも、なんて嘘を吐く?なによりマズイのは涼香に本当のことを言っちまったことだ。涼香と新一の意見が食い違えたときにすぐにばれる。涼香の性格じゃ協力を求めるのも難しいし・・・。とはいえ、これ以上俺の頭じゃそれらしい嘘が思い浮かばない!!どっどうする・・・!?)
俺が頭の中でああだこうだいやだめだと策を巡らせているとき。
まるでタイミングを見計らったかのように都合よくチャイムが鳴った。
チッ、と新一が忌々しそうに舌打ちをする。
新一には悪いが、俺は助かったと安堵していた。
「ったく、こんなときに・・・。まあ、この話はまた近いうちに教えろよ。でもギャルゲ展開になるのだけは許さねぇぞ、主人公とかマジ勘弁な」
「お、おう。詳しいことは近いうちに教えっからそれまで大人しくしてやがれ」
「いっつも思ってんだけど、俺への接し方が酷くねぇか?まっ、そんなことで言い争ってたら親友なんてやってらんねぇけどよ。・・・それでぇ、お前はどう思ってるんだぁ?」
「なっなんのことだよ?」
「玖美ちゃんのことだよ」
新一の言葉で俺は目眩でぶっ倒れるかと思った。
コイツはなにを言ってやがんだ?
玖美のことをどう思うかだって?ただの迷惑な居候の妖怪だ。
とはいえ、俺はアイツの素性を知ってしまったのでどれだけ迷惑でも追い出すことだけはしないのだが。
俺がなにかを言おうとする前に、新一はさっきまでのバカさはどこに行ったのかと思うほど生真面目な表情で告げる。
「これは俺の勝手な予想だけどよ、玖美ちゃんはお前のこと・・・好きなんじゃないのか?」
「・・・・・・」
反論しようと思えばいくらでもできたはずだ。
出会ってまだ一週間も経っていない相手に、そんな感情が芽生えるはずがない。
なのに、俺はなにも言わず黙って新一の話を聞いていた。
「玖美ちゃんが秀輝のことを特別な目で見てるってのは間違いないと思うんだ。だってお前ら、多分だけど知り合ったのは最近のことだよな?普通は最近会ったばっかの奴にあんな好意丸出しの接し方はしないだろ。お前は鈍感だからな、玖美ちゃんの好意に気付いてねぇと思うけど。っつうことは玖美ちゃんの中で『徳野秀輝』のポジションは友達、親友以上なのは確かなはずなんだ。秀輝、お前玖美ちゃんになんか特別なことでもしたんじゃねぇのか?」
「・・・いいや、特に、な。怪我の手当てならしたけど、それだけだぞ?」
「それだけで十分なんだよ。誰かのことを好きになるにはな。まあ、俺の考え過ぎかもしんねぇけどな。そんじゃ、そろそろ先生が来そうだし自分の席戻んわ」
新一は最後にそう言い残してさっさと自分の席に戻ってしまった。
しかし俺はすぐに自分の席に戻らなかった。
心に残ったモヤモヤが体に重圧をかけ、足が動かなかった。
なんだろう、この気持ちは。
喜びとも悲しみとも怒りとも違う、とても複雑でとても脆いこの気持ち。
この気持ちは恐らく、玖美に対するもの。
・・・なにを俺はアイツの言葉を真に受けてんだ。
俺は頭を振ってしっかりと正気に戻り、自分の席につく。
丁度その瞬間、古文担当の女教師が教室に入ってきた。
授業が始まる。
カッカッと黒板でチョークが削れる音とともに小難しい言葉の列が何行も書かれ追加される。
だが俺は授業を聞かず、ずっと外を眺めながらあることを考えていた。
ある言葉が頭から離れない。
玖美のことをどう思っているのか。
今まで俺は玖美のことを、大食いでおっちょこちょいで能天気でわけありで可愛いけど迷惑な居候の妖怪、ぐらいの認識でしかなかった。
でも、今はなんだ?
玖美のことで言葉で表せない妙な気持ちが心の隙間を埋め尽くしていた。
「・・・新一の奴、覚えてろよ」
俺は小声で誰にも聞こえないようそう呟いた。
こんな気持ちを抱くきっかけを作ったのは新一の所為だ。
アイツがあんなことを言わなければ、この気持ちで苦しむこともなかったのに。
でも、この気持ちは偽りのない真実だ。
でなければ、苦しむ必要なんてないのだから。
「・・・・・・」
俺はチラッと玖美の方を見た。
古文は案外得意なのか、特に困っている様子も見せずにいるが、まだシャーペンの扱いに慣れていないのかそちらの方が困ってそうだった。
普段の俺なら変なところが抜けてるなと思うだけだろうが、今の俺には玖美のその仕草が少し愛らしく見える。
「・・・もう末期だ」
俺は溜息を吐く間もなく机に突っ伏す。
これ以上考えていたら頭がこんがらがっておかしくなってしまう。
寝よう。
学校が終わるころまで寝ていよう。
俺は最後にそう思い、ゆっくりと目を閉じて眠りに就いた。




