38 人の輪ウォール
それからというもの、凄かった。
いやはや本当に凄かった。
なにが凄いって、クラスの騒ぎようだ(ただし男限定)。
新一が突然立ち上がりゴリラのように雄叫びを上げたかと思うと右脛を机に強打して床をのたうち回り、何人かの男子がどこからかカメラを取りだし玖美を撮影し始めたかと思うと冷静過ぎる先生にカメラを没収され、クラスの後ろの席に座る数人の不良達はつまらなそうにしていると思いきや獲物を見つけた獣みたいに目をギラギラと輝かせている。
先生は何とかしてクラス(男限定)を鎮めようとするが、一度テンションの上がったバカ共は止まらない。
偶然近くを通りかかった大山がいなければどうなっていたか。
ちなみに玖美の席は俺の席から遠いとも近いともいえないなんとも微妙な位置となった。
玖美の一つ前に涼香の席があるのはちょっとした救いだが、左隣に不安要素がいることが気が気でならない。
そんな調子で一時限目の世界史の授業が始まった。
やはりというか、妖怪の玖美は人間の歴史についてほとんど知らないようで頭を抱えてハテナを浮かべていたが、涼香が優しくこれはここであれはあっちと教えてくれていた(先生公認)ので俺としても助かった。
似たような感じで二時限三時限と過ぎていき、今は昼休み。
「・・・それで、なんでこうなった」
俺は溜息混じりに思ったことを正直に呟いた。
俺は今、自分の教室で大体二〇人ほどの人の輪に囲まれている。
より正確には俺の隣でお手製のお弁当(涼香が俺のためにと作ったもの。俺は購買のコロッケパンがあるから玖美に渡したが、涼香は不服そうだったのはなぜだろう)をガツガツと口に詰め込む玖美の周りに集まった人だかりに巻き込まれた。
それは言うなれば人が作る一つの壁だ。
新一みたいに下心の塊のような奴ばかりなら喜んで今すぐ追っ払ってやるのだが、中には純粋に玖美と仲良くなろうとしているクラスメイト(女子含む)もいるのでその作戦は実行できない。
なので俺はいかにも不機嫌ですとアピールするようにムッシャムッシャとコロッケパンに食らいつく。
口の中にコロッケの香ばしい味が広がるはずなのに、イライラしているせいか味がよく分からない。
「仕方ないよ。玖美さん可愛いし、人当たりがいいからね」
イライラを募らせる俺にフォローしたのは正面でお手製のお弁当をチマチマ食べている涼香だ。
涼香も俺同様、玖美の周りにできた人だかりに巻き込まれていた。
いつも温厚でニコニコ笑顔を絶やさない涼香には珍しく壮絶な苦笑いを浮かべている。
仕方ないさ。
人だかりが揺れるたびに自分の体にぶつかってきておちおち昼食も食べられないのだから。
これが満員電車なら仕方ないと割り切れただろうが、本来清々しいほど人のいない教室でのんびりご飯を食べているときに仕方ないと割り切れるはずがないってかいきなりブチキレてもそれこそ仕方ない。
「うー・・・こんな大勢の人間に見られてたら落ちつけない・・・」
いや、こんだけの人数を連れてきたのはお前だから。
俺はそう言ってやりたかったが、玖美だって悪気があって人を集めているわけではないのだ。
学校の生徒にもよるが、転校生が来たらその人の周りに人が集まってくるのはお約束だろう。
さらに『転校生』というレッテルに加え、『美少女』の称号を持っている玖美だ。
人が集まらない方が不思議だろう。
もしも玖美が天月みたいな他人を必要以上近づけようとしない性格なら誰も近寄らないだろうが、玖美に限ってそれはありえない。
涼香が言った通り、とても人当たりのいい表情といい性格をしているのが玖美なのだから。
「ああ・・・新鮮な空気が吸いてェ・・・」
「そうだね・・・。こんなたくさん人がいたら動けもしないし・・・」
「私も流石にこれは困っちゃうよ・・・。きょーしつの他にもたいくかんってところも見に行きたかったのにぃ・・・」
「体育館な、『い』が一つ足りねェぞ・・・。っつか、マジで動けねェぞどういうことだ・・・」
俺と玖美と涼香は同時に溜息を吐き、それぞれの昼食を同時に一口パクリ。
この人だかりは流石にたまらないが、だからとなにかできるわけでもない。
俺と涼香は人だかりから出ればひとまず逃れられるが、玖美は移動しても人だかりそのものがついてくるのでどうしようもないのだ。
玖美を置いていけば俺と涼香は自由になれるが、顔も素性も知らない人間に囲まれて動けない玖美を置いていくほど俺も鬼ではない。
とりあえず、残りの昼食を全て平らげてチャイムが鳴るまでここで安静にするのが一番だろう。
『どこの学校から来たの?』とか『部活はなにするつもり?』とか『彼氏いんの?』とか『結婚してください!!』とか(最後の奴は殴って黙らせた)色々な質問が飛び交うが全て俺が適当に対処しておいた。
なんら関係のない俺にあしらわせてブーブーと不満を言ってくるが全て無視する。
そんなとき。
「おい、秀輝。ちょっと顔貸してくんね?」
人だかりの向こうから声が聞こえた。
この声は絶対に新一だ、間違いない。
それ以前に人だかりの向こうから顔がひょっこりと見えている。
しかし一体なんの用だろう?
俺は一回涼香の方を見て、
「あ、玖美さんなら大丈夫だよ。私が一緒にいるから」
「そっか、悪いな」
俺は人だかりを強引にかき分けてなんとか人の輪の中から脱出する。
恋しかった新鮮な空気が肺に流れ込む。
そこには体のデカイむさ苦しい男が立っていた。




