37 転校生の女の子
「・・・よお天月、調子はどうだ?」
「おかげさまで。そちらも元気そうでなによりです」
「そうか。で、『あっち』の調子はどうなんだ?」
「・・・あまり芳しくありませんね。なにせ情報が不足している」
俺は天月と一言二言の会話を交わす。
なにも知らない奴が聞いたら調子はどうかと聞き合っているだけにしか聞こえないが、実際はもっと別のことを尋ねていた。
例の組織についてだ。
やはりというか、情報収集はあまり上手くいかないらしい。
まあ、たった一晩のうちに必要な情報を全て集めるというのも無茶ぶりなのだが。
「そっか・・・。それで、なんの用だ?わざわざ呼び止めたってことは用があるんだよな?」
「勿論です。まさか、そのまま玖美さんを教室に連れて行くつもりですか?」
言われて俺はハッと気付く。
確かに、玖美がいきなり教室に出向いても『あの子誰?』となるのが目に見えている。
「分かりましたか?玉藻さんは『転校生』なんですから、いきなり教室に行かれては困るんですよ」
「??・・・ああ、そういうことか。確かにそうだ」
一瞬、天月がなにを言いたいのか分からなかったが、少し考えたら天月の考えがなんとなく分かってきた。
玖美は今『転校生』という設定なのだ。
『転校生』には『転校生』らしい登場の仕方がある。
ようは、学校側が玖美のことを『転校生』として正式な説明を加えたうえで迎え入れさせるということ。
実際、学校の生徒になるつもりならそうでもしなければ不可能だろう。
天月はメンドクサそうに、
「まあ、そういうことです。まずは職員室でふんぞり返っている先生方に色々と説明しないといけませんけどね。実はと言うと、玉藻さんが『転校』することを知っているのは校長だけなんですよ」
天月の声が少しずつ小さくなっていく。
あまり他人に聞かれたくない話題なのだろうか?
・・・しかし校長もよく玖美の『転校』の話にOKを出したな。
俺は思ったことをそのまま口に出す。
「っつか、よく校長もOK出したな。だっていきなり転校生だとか言われても普通駄目って言うんじゃ―――むぐっ!?」
俺が最後まで言い切る前に急接近した天月が神業よろしく恐ろしい速度で俺を羽交い絞めにして黙らせた。
なにすんだよ!?と怒鳴りたかったが口を押さえつけられているのでむごkつむぐぐ!!と息が漏れるだけで声が出ない。
羽交い絞めでどうやって口を押さえているのかというと、人間離れした腕のひねりで器用に口を押さえてくる。
玖美と涼香が助けに来ないのは、仲のいい二人(決してそんなことはない、決してだ)がじゃれ合っているように見えるからか・・・玖美は相変わらずマヌケ面だし、涼香は涼香でこれ以上ないほど目を輝かせているが何故だろう?
むぐむぐっもがっ!!となんとかして天月の手から逃れようともがいてみるが、バカみたいな怪力でびくともしない。
すると天月が耳元でまるで脅すような口調で囁いた。
「(本当のことを言うと、少々強引な手を使いましてね。妖術を使って記憶に細工をしたんですよ。僕としてもあまり思い出したくないですし、この話題はここいらで終わりにしませんか?)」
「(むぐぐっ・・・!!そ、それは分かったけど、じゃあ他の先生達はどうすんだ?校長と同じように妖術ってのを使うのか?)」
「(いいえ。一人程度ならどうにかなりますが、五、六人にもなっては流石に僕でも難しい。でもまあ、安心してください。天狗は嘘を吐くのが得意なんです)」
天月は最後にそう言って俺の口から手を離した。
ぶはっ!!と大袈裟に呼吸をしてキッ!!と思わず天月を睨みつけたが、天月は気を悪くするどころか俺の向けた敵意を感じて満足そうに笑みを浮かべた。
自分達の関係はこうでなくては、と言うように。
嫌な奴だ。
俺は天月という奴がつくづく嫌な奴だと思う。
―――でも、本当はどうなんだろ?
俺は不意に、そう思った。
これは俺の勝手なイメージだが、『天月鴉鷹』という妖怪は、本当の自分というやつを表に出すことが決してない気がする。
自分以外の誰かを信じることなく、自分以外の誰かに心を開くことがない、そう思うのだ。
一度だけ、天月の心の底からの気持ちに触れたことがある。
それは、『天月鴉鷹』の心からの『怒り』だ。
そのときは直接『怒り』を向けられたわけでもないのに、背筋が凍るほどの恐怖心を抱いた。
それでも、あれは『怒り』のほんの一部分に過ぎないような気さえするのだ。
―――俺は、怖い。
『天月鴉鷹』という、妖怪が怖い。
コイツにも『喜び』や『悲しみ』などの当たり前の心があると分かっていても、ドス黒い『怒り』に心を塗り潰され、ドロドロした『怒り』に染め上げられた、『怒り』そのものに見えてしまう。
それに、コイツは自分の『怒り』を晴らすためならどんなことだってやることを躊躇わない気もする。
たとえそれが、どれだけ無茶なことであろうと、誰かが道を阻もうとも、復讐を果たすためなら。
「??どうかしましたか?」
「・・・いや。その、気にすんな」
天月はキャラに似合わず頭にハテナを浮かべて首をかしげた。
やっぱ、考え過ぎたかな。
ここにいるのは『怒り』に狂った『天月鴉鷹』ではないのだから。
「とにかく、玉藻さんは一度職員室に来てもらいます。朝礼の最後に貴方のクラスに行けるよう手配しておきますので」
「ああ分かった。それじゃあ玖美、お前は天月についてってくれ。アイツの言ったことは素直に聞けよ?」
「え?それじゃあきょーしつに行くのはお預けなの?それにまだ秀輝達と一緒にいたいんだけど・・・」
「いいから。どうせ後ですぐ会えるしな。っつか、今こそ我がまま言ってたら教室に行けなくなるぞ?」
むぅ・・・、と玖美は可愛らしくそれでいて少し悲しそうに頬を膨らませたが、『早く行けって』と催促すると少し戸惑いながらも天月と一緒に職員室の方に歩いていった。
途中で何度も何度も振り返り、そのたびに天月になにか言われて慌てて追いかけていく。
その動作が玖美らしいといえば玖美らしかった。
玖美と天月の姿が見えなくなってから、いつの間にか俺のすぐ隣に移動していた涼香に言った。
「それじゃ、俺達もとっとと教室に行くか」
「う、うん。でも、なんで天月君が玖美さんのこと知ってるの?それに玖美さんが転校してくることも知ってたみたいだし」
「・・・あー、そのだな」
涼香の当たり前の疑問に俺は言葉が詰まってしまう。
天月は学校の中でかなり有名だ、なので涼香も天月のことを知っている。
だからこそ、天月のその性格だって周知の事実。
アイツは極端過ぎるほど他人と関わろうとしない性格だ。
それなのに、天月は俺のことを遠慮なく羽交い絞めにしたり玖美と一緒に職員室に言ったりと、天月のことを少しでも知っている奴ならありえないと思うだろう。
だから、なんと言えばいいのかとても困る。
「いやー、最近町ん中でアイツと偶然出会ってな。少し話してたら意気投合しちまってよ。そのときに偶然玖美もいたからアイツも玖美のことを知ってたわけでだな・・・」
勿論、嘘を吐く。
本当のことを言えるはずがないし、言ったところで信じてもらえないだろうし。
それに天月が言っていたことが本当だとすれば、それは犯罪行為すれすれの行為だ言えるはずがない。
無論、いつばれるのか冷や汗ものだ。
天月は天狗は嘘を吐くのが得意だとか言っていたが、それが本当なら嘘を吐くコツを是非教えてもらいたい。
ばれるなよ絶対にばれるなよ!!とフラグが立ちそうな願いを必死に念じたのが通じたのか、涼香は少し考える素振りを見せたが深くは追求してこなかった。
俺はホッと息を吐き、涼香と一緒に教室に向かった。
教室に入って早々に新一から『おはよう友よ。今日もいい天気だな』と言われたので適当に返事をし、『おはようございます涼香お嬢。今日も一段とお美しい』とネタなのかマジなのか分からないことを言う新一を殴り飛ばして黙らせる。
コイツは女なら誰でもいいのか。
そんなことをしていると担任である万人受けしそうな顔の若い男性が教室に入ってきたが、俺が新一を殴り飛ばすのはいつものことだと諦めが付いているのか止めようとしなければ注意さえしない。
こちらとしてはそうしてもらった方が助かるのだが、先生としてそれはどうなんだろ?
そんなこんなで朝礼の開始だ。
特にいつもと変わりもしない日程をダラダラと述べ、欠席者なんて一人もいないのに無意味な出席を取り、さあ一現目が始まるまで自由だーと意気込もうとしたとき。
「そうそう。今日は皆さんに朗報があります。なんと、このクラスに転校生が来ることになりました」
その瞬間、クラスがざわざわとざわめき始めた。
やはりというか、その内容は転校生が『男の子か女の子か』というものから『可愛いかカッコイイか、その逆か』というものばかり。
そんな中、誰が来るのか知っている俺と涼香は大したリアクションも示さず(いや、涼香はやけに嬉しそうにしていたが)に担任の話を黙って聞いていた。
「男子諸君おめでとう、女性諸君は今後に期待してください。今回の転校生は女の子です。では、入って来てください」
クラスの女に飢えた男共の上げる歓声と共に、ドアが開いて一人の少女が教室に足を踏み入れた。
スタイルがいいと思った者がいれば、とても綺麗な金髪を持った人だと思った者もいただろう。
もしかしたら一目惚れした者もいるかもしれない。
少女は裏で担任と打ち合わせでもしていたのか、言われずとも教壇の真ん中で立ち止まった。
少女は緊張しているのか少しオドオドモジモジとしていて、そしてとても明るい笑顔をしてとても楽しそうで嬉しそうな声でクラス全体に聞こえるように自己紹介をした。
「た、玉藻玖美です!!その、これからこのきょーしつでお世話になります。あの、その、よろしくお願いしますねっ!!」




