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33 新しい一日の始まり

ピピッピピピッピピピ。


耳をつんざく迷惑極まりない甲高いアラーム音が部屋を埋める。


半分眠ったまま耳を押さえてアラームを消すためケータイに手を伸ばすが、届かない。


もっと手を伸ばしてケータイを置いた小さなテーブルをバンバンと叩いて探すが、見つからない。



「・・・ふあぁ」



俺はうっすらと瞼を開き、ゆっくりと胴体を起こして大きな欠伸を一発かます。


目を軽くこすった後、そのまま手を頭に添えてポンポンと叩く。


寝癖が酷い。


一度手入れを試みてはねた髪の毛を押さえつけるが、意味がないとすぐに諦めて今だ鳴り響くケータイを探す。


何度か部屋を見渡して見つからなかったが、太ももに妙な違和感を感じたのでポケットに手を突っ込むと、ケータイがあった。


ブルブル震えるケータイのアラームを消して、名残惜しいがベッドから出る。


朝だ。


俺の数少ない安らぎの時間が終わった。


欠伸を連発しながら洗面所で顔を洗おうと部屋を出るが、まずは玖美の様子を確かめようと考え直す。


三割ほど眠ったままリビングに入る。


玖美はこれ以上ないほど幸せそうな顔をして寝ていた。


せっかくかぶせてやった布団は足元まで蹴り飛ばし、口元からはだらしなくよだれを垂らしている。



「・・・・・・」



「待ってー・・・まだ食べれるから持ってかないでー・・・」



極めつけにこの寝言。


俺はポケットに入れっぱなしのケータイを取り出してアラームをセットする。


そしてケータイを玖美の耳元まで持っていき・・・。


ピピピピピッピピピ!!



「みゃぁぁぁあああああ!?」



耳元で大音量で突然鳴りだしたアラーム音に飛び起きた。


同時にボンッ!!と白い煙とともに金色の九本のしっぽとやや尖った縦に大きな耳が現れる。


玖美は涙目になって息を荒くしながら丸くなった目で俺のことを見た。



「よお、おはよう。・・・狐なのに猫みたいな声出すんだな」



「・・・秀輝ィィィいいいいい!!」



「おわぁ!?ちょ、止めろ!!痛いから、俺が悪かったから!!てかデジャヴを感じるんだがなぜだっ!?」



ボコボコボコー!!とボクシングの世界チャンピオンも真っ青の連続パンチを放つ玖美を俺は必死に落ちつかせる。


玖美を怒らせるきっかけを作ったのは確かに俺なのだが、まさかここまで本気で怒るとは思わなかった、不覚。


落ちつけ落ちつけ!!と必死に言い続けて、玖美はなんとか落ち着きを取り戻す。


ただし顔はまだ真っ赤でムスッとしかめっ面だ。


しかも腰のあたりから生えた九本のしっぽがプルプルと震えている。



「いってー・・・おかげで完全に目が覚めちまったよ・・・」



「それを言うなら私だって・・・。せっかくいい夢見ながら気持ちよく眠ってたのに・・・」



「どうせうどんの夢だろ。寝言で『待ってー・・・まだ食べれるから持ってかないでー・・・』なんて呟いてたくせに」



「む、失礼な。私が見たのはお稲荷さんを食べる夢だよ」



「結局食い物の夢じゃねえか・・・」



俺は玖美の言い草に呆れながらも、今度こそ顔を洗うために洗面所に向かう。


だが、



「ん?どこ行くの?」



「どこって・・・顔洗いに」



「私も行くっ!!」



玖美がそう言ってなぜか洗面所までついてきた。


まあ、俺としてはなにか邪魔さえしてこなければ文句もない。


我が家の洗面所はトイレとお風呂が共通の洗面所だ。


とりあえず洗面所の蛇口をひねって水を流す。



「・・・この家、お風呂あったんだ」



「ぐぶぐぶ・・・ぷっ。そりゃ、風呂の一つぐらいあるよ。このアパート、家賃は安いのに環境が十分にいいんだよな」



「でも、昨日はお風呂に入ってなかったじゃんかー」



「そりゃ、疲れてたからな。玖美だってグッスリ寝てたじゃねえか」



「・・・今からお風呂入ってもいい?」



「無理、時間ない。お前もとっとと顔洗ってこい」



俺は棚の上にたたんであったタオルで自分の顔を拭きながら、玖美にも顔を洗うことを命令する。


玖美は再びムクッとむくれたが、素直に顔を洗い始めた。


玖美が冷たい水と苦戦している様子をしばらく見てから、俺は一度自室に戻る。


理由は二つ。


まず一つ目は、自分の制服に着替えること。


手慣れた動きで動きやすい私服から学校指定の制服にパパッと着替える。


そして二つ目は、昨日天月が持ってきた玖美の制服を持っていくためだ。



「・・・てかこれ、サイズは大丈夫なのか?」



俺は袋の中身は見ないまま、いらぬ心配をかけていた。


いらぬ心配をかけたところでサイズが変わるわけでも別の制服が手に入るわけでもないので意味はない。


紙袋をヒョイと持ち上げてリビングまで持っていき玖美が来るのを待つ。


数分ほど経ってから玖美が髪の毛をずぶ濡れにしながらリビングに登場、なぜずぶ濡れなのかはあえて聞かない。


やや尖った耳がピクッと動くたびに長い髪から水が滴る。


床に小さな水たまりができるのは嫌だが、それは後で拭けばいい。


俺は持っていた紙袋を玖美に向かって突き出す。



「ほれ、お前の制服だ。昨日天月が俺ん家まで来て持ってきてくれたぞ。ちゃんと礼言っとけよ。そして俺に謝れ、なんの説明をしなかったことを謝れ」



「あーそう言えばそんなこと言ってたような気もするね。それじゃ、今日から学校でもお世話になるからよろしくねっ」



「・・・謝れよ」



そうは言ってみたものの、玖美はそれ以上なにかを言う気配はない。


俺は小さく溜息を吐いて紙袋を玖美に渡したとき、


ピンポーン。


誰かが来たことを知らせるチャイムが鳴った。



「ん?こんな時間に誰だ?まあ、俺がちょっと見てくるからその間に着替えとけよ」



「はーい」



「その言い方なんかイラッて来るな・・・」



俺は最後に捨てゼリフを残して玄関に向かった。


玄関越しにドアの向こうにいる人に声をかける。



「はい、どなたですか?」



「あ、シュウちゃん?今ちょっと、大丈夫かな?」



「ん?涼香か?まあ、まだ学校まで時間もあるし大丈夫だと思う」



「そ、そう?じゃあ、玄関まででいいから、お邪魔してもいいかな?」



涼香がドア越しにそう尋ねた。


俺は返事は返さずに、ドアのチェーンロックを外して涼香と顔を見合わせる。


手短になんの用かと聞いてみると、涼香は少し照れくさそうに答えた。



「その・・・せっかくお隣さんになったんだから今日から一緒に学校行かないかなって・・・?」



「ああ、そう言うことか。俺は別にいいけど」



俺が端的にそう返事を返すと、涼香の表情がパアッと明るくなる。



「ほほ本当?うん、シュウちゃんと一緒に学校に行けるだなんて私嬉しいよ!!」



「いや、それは流石にオーバーリアクションだろ。ただ学校に行くだけだぞ?」



「それでも嬉しいことは嬉しいよ。そうだ、まだ朝ご飯食べてない?もしそうなら昨日のうちに作っておいたサンドイッチがあるんだけど一緒に食べ―――」



「秀輝ー。この服ちょっと小さいんだけど、どうしようかな?それとお腹すいた」



涼香がサンドイッチがなんとかと言おうとした瞬間。


玖美がリビングから姿を現して俺にそう聞いた。


・・・なぜか、ほぼ裸の状態で。


上半身にはなにも着ていなく、下半身は昨日渡した男物のパンツを穿いているだけだ。


その大きな胸の大事な部分は長い髪に隠れて見えなかったのは幸いだが、それでも精神的に来るものがある。


俺は一瞬呆気に取られたが、すぐに状況を理解し玖美から視線をそらして部屋に戻れとジェスチャーで伝える。


だが、それがマズかった。



「んー?どうしたの秀輝?こっちに来いって言ってるの?」



玖美は俺の必死のジェスチャーを誤解して、半裸の状態でこちらに近づいてくる。


色々とマズイ。


男としての反応的にもこの状況はマズイし、何より涼香に見られでもしたらもっとマズイ。


俺は玖美をリビングに戻させるのは諦め、今度は涼香を玄関の外に出そうと試みるが、



「今、玖美さんの声がしなかった?玖美さん、おはようございま―――」



遅かった。


涼香が玖美に挨拶をしようと玄関からリビング方向を覗いた。


その瞬間、涼香の動きがフリーズした。


涼香の視線は、半裸の玖美を確実にとらえていた。

※四月二一日、誤字修正。

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