32 衝撃の事実と一日の終わり
俺はキッチンのテーブルに丼ぶりを乗せたトレイを置いて、自分の部屋に向かう。
玖美の使う布団を出す為だ。
暗くてなにも見えないので部屋のライトをつけて、押入れをあさり始める。
中学のときに集めたマンガ雑誌や、こっそり買ってあったエロ本が採掘できた。
多くの過去の遺物に埋もれて、押入れの奥に詰め込んであった布団を引っ張り出した。
一緒になってガラクタまで出てきたが、それは後で捨てるかしまえばいい。
布団を軽く払ってから、持ちやすいように丸めてリビングへと運ぶ。
「むにゃむにゃ・・・まだ食べられるよ~・・・」
すでに夢の中の玖美がソファから転がり落ちていた。
微笑ましく夢の中でもまだ食べようとする寝言に、俺は苦笑いを浮かべた。
玖美を再びソファに寝かせ、その上から布団をかぶせる。
玖美は寝心地がよさそうに寝返りを打って、ソファから転がり落ちた。
「・・・・・・」
「ん~、きつねうどん・・・」
それでも起きず夢の中できつねうどんを求める玖美を見て、俺は呆れを通り越して笑いがこみ上がってきた。
またソファに寝かせてもまた転がり落ちるのは目に見えて分かるので、仕方なく座布団を集めてその上に玖美を寝かす。
口元からよだれを垂らして、なんとも幸せそうに眠る玖美に布団をかぶせる。
起きる様子もなく、『うどん~、油揚げありで・・・』と寝言を言う玖美を一瞥して、俺は再びキッチンへと戻った。
窓から淡い光が差しこんで薄暗いキッチンのライトをつける。
丼ぶりを一つずつ水で軽く洗って洗剤をつけたスポンジで丁寧に洗う。
油でギトギトになっていたわけでもないので、洗うのには時間はかからなかった。
洗い終えた丼ぶりは食器乾燥機に無造作に片付け、風呂に入ろうかと迷い、止めた。
時刻的にはまだ夜の十時を回ったかどうかだが、今日はもう寝ることに決めた。
一日ぐらいなら風呂に入らなくても気にならないし、何より疲れた。
今日だけでどれだけのことがあっただろうか。
俺は重い足を引きずって自室に戻ろうとする。
丁度そのとき。
「徳野さん。いるでしょうか?」
玄関の向こうから聞こえたその声に、俺は自室のドアノブに手をかけた状態で固まる。
聞き覚えがないはずがない。
今日だけで何度会話をしたことか。
「いないのでしょうか?困った・・・まだ帰って来てませんでしたか」
「・・・いるよ、勝手にいないことにしないでくれ」
俺はドアの向こうの天月に返事を返す。
こんな時間になんの用かと不満を漏らしたい気持ちを抑え、ドアのチェーンロックを外して天月と顔を合わせる。
松坂屋で会ったときと全く同じ格好で、相変わらず人を見下した表情だったが、その手には少し膨れた紙袋を一つ持っていた。
「・・・で、なんの用だ?眠いから手短に頼む」
「これですよ」
天月は本当に手短に言うと、持っていた紙袋をグイッと前に突き出した。
それは持てというサインだろう。
俺は大人しくそれに従って紙袋を受け取る。
それは予想に反して意外と重かった。
やるべきことはやったと言う風にとっとと帰ろうとする天月を慌てて引きとめる。
「ちょ、ちょっと待てよ。これなに?」
「なにって・・・手短にと頼んだのは貴方じゃないですか」
「や、そうだけどよ。いくらなんでも手短過ぎんだろ!!」
なにをそんなに怒っているのか、と哀れな目で俺のことを見る。
どっちなんですか・・・、と不満を漏らした天月だったがすぐに説明を加えた。
「玉藻さんが着る制服ですよ。彼女も明日から高校に通うのですから、あんな格好じゃ流石に駄目でしょう」
「あー・・・玖美のか。いや、でも明日?明日から学校に来んの?」
「聞いてませんでしたか?一応、僕が制服を持ってくるということも彼女に伝えてあったのですが」
玖美の奴め・・・。
そう言う重要なことは早く言ってくれ・・・。
「ああ・・・聞いてなかった」
「・・・そ、そうでしたか。仮にも姫なんですから、あの性格は治してもらわないと大変ですね」
「全くだよ・・・。なんで姫だってのにあんな大雑把な性格に・・・ん?」
今のは俺の気の所為だろうか?
一瞬謎の言葉が聞こえた気がしたのだが。
俺は天月のことを見たが、天月はいつもと変わらない表情だ。
やはり今のは気の所為だったのか?と思ったが、やはりちゃんと確認しなければスッキリしない。
「なあ、天月。俺の気の所為だったかもしれないけど・・・今、『姫』って言わなかったか?」
「ええ、言いましたよ。それがどうかしましたか?」
「・・・それは、玖美は姫でしたーと解釈すればいいのか?」
「ええ、そうですよ。もしかして聞いてませんでしたか?」
「聞いてねーよそんなこと!!」
俺はあまりの衝撃に思わず大声を上げた。
玖美が姫だった?そんなの初耳だよバカ!!
なんだか話題から置いてきぼりにされてる気がする。
あまりの出来事に悶絶している俺に、天月は躊躇いながらも声をかけた。
「あの・・・大丈夫ですか?しかし、本当に玉藻さんから聞いてなかったのですか?僕はてっきりもう言っていることかと・・・」
「はぁ・・・はぁ・・・。もういい、もうどんなことを言われても驚かねェぞ・・・。何度も聞くけどよ、玖美は本ッ当にお姫様だってのか?」
「そうです。妖怪の中でも有力な『玉藻家』の娘、玉藻前の末裔ですから。彼女は妖怪達の中では有名人ですよ」
全てが全て、初耳だった。
そう言えば、玖美と天月が初めて会ったときも天月はなぜか玖美のことを知っていた。
その時の時点で頭が切れる人なら玖美がそれなりに有名だと言うことに気付いていたかもしれない。
さらによく考えてみれば、玉藻という名は妖怪だけでなく人間にもかなり有名だ。
『玉藻前』、または『白面金毛九尾の狐』。
詳しいところまでは俺には分からないが、話は何度か聞いたことがある。
平安時代末期、鳥羽上皇に仕えたと言われる絶世の美女の正体。
その話は日本ではかなり有名で、今も昔もその話の一端は能として楽しまれている。
・・・しかし、まさか玉藻前が実在していたとは誰だって思わないだろう。
だが今俺の家のリビングには、玉藻前の子孫であろう一人の妖怪が寝ているわけなのだが。
玖美が姫だと言うことにも驚いたが、あんなのが姫だって言うことにさらに驚く。
俺は思わず長い溜息を吐いた。
「とにかく、僕もまだやるべきことが残っているので帰らせてもらいます」
「ああ・・・わざわざ悪かったな、持ってきてもらって」
俺は礼を言ったが天月は答えずとっとと帰って行った。
相変わらずの愛想の悪さだが、面倒見のいい奴なのかもしれない。
そう思った途端、俺は大きな欠伸をする。
同時に強烈な眠気に襲われ、体中が重く感じる。
そう言えば、寝ようとしてたんだっけ。
俺は玄関のチェーンロックと鍵をかけ、貰った紙袋を持ったまま自室に戻る。
これは明日の朝渡すことにして、今日はもう寝る。
俺は紙袋を机の横に置いて、流れるようにベッドに倒れこむ。
そういえば、玖美と出会ってまだたった一日しか経ってないわけだが、彼女の印象はたった一日のうちにどれだけ変わったことか。
最初に会ったときは不審者じゃねーのか?なんて思っていたが、今じゃだらしない一人のお姫様だ。
普段誰かと深く関わろうとしない俺にとっては、これは少し異常であり、自分でも驚くべきことだった。
(あ・・・眠・・・)
そうこう考えているうちに眠気はすでに限界を超えていた。
なにかを考えようとする能力も確実に低下していく。
ゆっくりと瞼を閉じ、すぐ深い眠りについた。
更新再開。
今更なんですけど、段落は付けた方がいいですかね・・・。
段落付けた方がそれっぽいでしょうけど、どうも苦手で・・・。




