30 初めての客と引越しそば
「ただいまー」
「お、お邪魔します」
玖美、涼香と順に玄関に足を踏み入れ、最後に俺が入りドアのチェーンロックをかける。
結局涼香を家に入れることにした。
断る理由もなかったし、断ったところで勝手についてくる気がしたからだ。
とは言え、どうしてこうなったと俺は溜息を吐いた。
「こ、ここがシュウちゃんのお家・・・」
ボソリと呟かれたその声に気付き、俺は涼香を見た。
俺の視線に気付いた涼香が赤くなって俯いたところを見ると、どうやら今のは無意識だったようだ。
そういえば涼香を家に入れるのは・・・いや、誰かを家に入れるのは初めてだ。
実家でなら何度も家で遊んでいたのだが、こちらに引越してからと言うもの全く遊んでいないことを思い出す。
「・・・突っ立ってないで早く入ってくれ」
「あ。ご、ごめんなさい・・・」
キョロキョロ四割オドオド六割で立ち往生している涼香を急かす。
ただでさえ狭い玄関に高校生が二人もいたら圧迫感も凄い。
因みに玖美はすでに我がもの顔でリビングに上がっている。
あの清々しいほどに堂々とできるのはなぜだろうか。
堂々としている玖美とオドオドとしている涼香の性格は、まさに対極の位置にあると俺は思った。
そんなことを考えながら、俺は涼香を連れてリビングへと向かう。
案の定、そこにはソファでくつろいでいる玖美がいた。
「ん、来るの遅かったけど、なにかしてたの?」
ソファで横になったままの玖美の問いは華麗にスルーして、床に敷かれた座布団の一つに腰を下ろす。
玖美が不満そうに頬を膨らませたがこれも無視だ、無視。
しかし俺についてきていた涼香は玖美の言葉でなにを想像したのか、顔を真っ赤にして俯いて肩をプルプルと震わせている。
・・・涼香の妄想癖が酷いことは重々承知なのだが、いつまで経っても慣れる気がしない。
とりあえず涼香を近くの座布団に座らせておいた、のだが。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
やることが、ない。
涼香を家に入れたとはいえ、なにかをやる予定でもあったのかと言えばノーだ。
沈黙が訪れる。
誰も喋らないこの状況は、ただただ気まずいだけだ。
どうにかしてこの状況を突破できないかと考えたそのとき。
グゥ~。
腹の音が聞こえた。
どこからと聞こえれば、俺の腹からとしか答えようがない。
玖美と涼香の二人が一斉にこちらを向く。
「・・・な、なんだよ?」
俺がそう言った途端だ。
玖美が腹を抱えて爆笑し始め、涼香は口を押さえて笑いを堪えている。
恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
俺だって食べ盛りな男子高校生なのだ、昼からなにも食べてないのだから腹が減っても仕方がないだろう。
俺はそう言い返そうとしたが、その前に涼香が尋ねた。
「シュウちゃん、もしかして昼からなにも食べてないんじゃないの?ふふ・・・じゃあ、丁度いいね」
「・・・丁度いいって、なにがだ?」
俺は微笑みながら立ち上がった涼香に声をかける。
涼香はやはりニコニコと笑いながら答えた。
「その、引越しそばっていうのを作ってみようかなってね。キッチン貸してもらえるかな?食材はあるものでどうにかできるから」
「そ、そっすか・・・。キッチンならリビングを出てすぐ左の部屋にあっから」
「左の部屋にね、分かった。ちょっと待っててね」
涼香はそう言って、リビングを出ていった。
再び沈黙が訪れる。
しかし今度は先程のように気まずくはない。
(引越しそばか・・・。期待させてもらうか)
涼香は料理が得意だ。
しかも得意料理が偏っているということはなく、全体的に平均を上回っている感じだ。
その味もまた、毎日毎日高校に持ってくる弁当で美味いことは証明済み。
「秀輝ー、次のご飯はそば?できれば油揚げ入れてって涼香に言ってもらえるかな?」
「お前、あんだけ食っといてまだ食う気かよ?」
玖美の唐突な発言に、俺はぎょっとする。
松坂スペシャルを食べてなお、さらになにかを食べようとできるとは。
こいつの腹はブラックホールか?
食事のときは玖美に十分気をつけることにしよう。
俺と玖美は十分ほど待った。
本当にちょっと待つだけでよかった。
「シュウちゃん。おそば、できたよ」
涼香の声とともに、再び腹の音が鳴った。




