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28 おっちゃんの誘いと玖美の美貌

「お前・・・あの量のうどんを食ったのか?」



俺は玖美の目の前に置かれた丼ぶりの中を覗いてギョッとする。


見るだけで吐き気を催してくる量のうどんは綺麗さっぱりなくなって、汁の一滴ネギの一粒残っていない。


二日間なにも食べてなかったとはいえ、バケツ二杯分近くのうどんを食べれるものだろうか。


玖美に対して謎の危機感を抱いて頬を引きつらせている俺の様子には気付かず、玖美は満面の笑みを広げて俺を見つめる。



「うん。あのきつねうどん、すっごい美味しかったよ!!なんと言ってもあの油揚げの香ばしさといいカツオダシの効いた味付けといい・・・あの人、本物のプロだよ!!ああ、あの味は私だけじゃなくて他の妖怪達にも知ってもらいたい・・・!!」



「あー分かった分かった。お前のその熱い想いは痛いほど伝わったから。とりあえずもう帰るぞ」



マシンガンのように流れ出る感想に適当にあしらって、ちょっと待ってろ、と俺は玖美に釘を刺して服を着替えてから、松坂のおっちゃんにもう帰ると言うために休憩室に入る。


バイト服から私服に着替え、バイト服は最初にたたんであったように綺麗にたたんで片付ける。


ケータイと財布があることをしっかり確認してから、おっちゃんを探すために休憩室から出る。


が、おっちゃんを探す必要はなくなった。



「なんだ、もう帰っちまうのか。連れねェ野郎だなぁ」



突然聞こえたその声に、俺は一瞬動揺を表しながらもすぐさま振り返る。


そこにはいつの間にか、おっちゃんがいた。


壁によりかかり、腕を組んで両目を閉じている姿からは漢らしさを漂わせている。



「・・・ああ、悪いけど俺達はもう帰らせてもらうよ。仕事、手伝えなくてサーセンッした」



「なァに、気にすんな。元は俺が命令したことだからよ。そんじゃ、気ィ付けて帰れよ。・・お、そうだ。秀輝、お前ェ玖美ちゃんにここのバイトやってみねェかって聞いてみてくンねェか?」



「え、玖美をッスか?いいッスけど・・・なんでいきなり?」



「へっ、なんでだろォなぁ?まあ、俺としちゃあ悪くねェ案だと思うけどなぁ。玖美ちゃんがここで働いてくれるってんなら看板娘になってこの店の客寄せをしてもらえっだろォし、玖美ちゃんからしちゃあ・・・フフッ」



「・・・その気味の悪い笑みが見なかったことにするけど、玖美がその誘いを受けるかどうかなんて分からないッスよ?」



「それについたァ大丈夫だろォよ。なんせお前ェと一緒にいられるんだからな、クフッ。ま、そんときゃ玖美ちゃんに手とり足とり教えてやんなぁ」



クククッと気味の悪いを通り越して気色悪く笑いながら店の奥へ・・・と思いきや休憩室へと流れるように入っていくおっちゃん。


休憩がてらタバコでも吸いにいったのだろう。


しかし、相変わらずなにを考えているのか分からない。


・・・もしかして俺と玖美のことを恋人同士だと考えてるんじゃないだろうな?


俺はおっちゃんの得体のしれない思考に若干恐怖を覚えながらも、玖美のところへ向かう。


玖美は松坂スペシャルを食べて随分と気が晴れたのか、フンフン♪と鼻歌を歌いながら軽やかなステップを踏んでいた。


普通なら滑稽な動きだと鼻で笑っていたかもしれないが、なのに玖美にはこれ以上ないほど似合っていた。


その姿は、誰がどう見ても、美人で元気な高校生にしか見えないだろう。



「・・・・・・」



俺は、玖美に見惚れていた。


そうだ。


今まであまり意識してなかったが、玖美は百人のうち百人が振り向くほどの、絶世の美女だ。


玖美は人間ではなく妖怪だ。


そして、その美しさも人間を軽く凌駕している。


そして俺は、その絶世の美女と同居して・・・。



「どうしたの秀輝?ボーッとしちゃって」



間近から聞こえた玖美の声に、俺はハッと我に帰る。


気が付けば玖美が俺のすぐ目の前にまで移動していた。


玖美に見惚れてボーッと突っ立っていた自分を恥じながら、今だ頭に残る煩悩を消そうと努力しつつ玖美に対応する。



「い、いや・・・なんでもない。とにかく、もう行くぞ」



「?うん、分かったよ」



できるだけ玖美の顔を見ずに喋る俺になんらかの疑問を抱いたのか、玖美は首をかしげるが深くは追求しなかった。


俺は玖美を連れてそのまま店を出た。


代金に至っては玖美の分のうどんはラッキーなことにタダにしてもらえたし、俺自身はうどんを食べていないので金は払わなくても大丈夫だと思う。


もし駄目でも、また今度払えばいい。


松坂のおっちゃんはそれぐらいは許してくれるぐらいに人がいいのだから。


帰り道では、結局玖美とは話さなかった。


どちらも話をふらないのではなく、俺が徹底的に(強く言えば)無視しているのだ。


玖美が俺に話しかけようとこちらを向いても、俺はすぐに顔を逸らす。


話したくないのではなく、顔を合わせられない。


先程の煩悩がどうしても消えなかったからだ。


玖美も結局は諦めたのか、俺のすぐ横に並んで一緒に歩いていた。


家から松坂屋まではそこまで長くもない、とは言っても短いとも言えない微妙な距離だが、そのときはなんだかいつもより長く感じた。


どんよりとしたムードが漂っていたが、それも我が家のアパートに着いた途端に消えた。



「・・・なんだこのトラック」



俺はあまりの光景にポツリと呟く。


片手の指では数え切れない数のトラックがアパートの目の前を陣取っていたからだ。

※六月四日、修正。

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