26 ちょっとした出来心
俺はゆっくりと、気付かれない様にこっそりと玖美に近づく。
抜き足差し足忍び足、首うずめてコソ泥じみた動きをする今の俺には、ピンクパンサーのあのBGMがこの上なく似合うだろう。
なぜ気付かれないようこっそり近づくのかと聞かれれば、それは驚かすために決まっていると言わせてもらおう。
なぜ驚かすのかと聞かれたら、ただの気分としか答えようがないだろう。
そう、ただの気分だ。
おっちゃんが言っていた通り、とても不機嫌そうで寂しげに店の壁にたてかけてあるメニューを眺める玖美の姿を見た瞬間、なにを思ったのか驚かそうと決めた、決めてしまった。
そんなこんなで俺は店のあちこちに並べられたテーブルに隠れながら、玖美との距離を詰めていく。
勿論、うどんを食べている客が俺のことを不審そうに見るが、特に文句も言われないので(本当は良くないが)別にいいだろう。
あっという間に玖美のすぐ後ろにまで近付いた俺は、ニヤニヤと笑いながら両手を上げる。
玖美はまだ俺の存在に気付いていない。
両手で玖美の肩を叩くと同時に、俺は声を抑えて叫ぶ。
「・・・わあ!!」
「きゅうッ!?」
「!!??」
玖美を驚かすのには成功はした。
しかし頭と腰辺りからボンッという音と共に白い煙が現れ、耳としっぽがひょこっと姿を見せたことに、俺は身が飛び出さんばかりに驚く。
玖美もそのことにすぐに気付き、『あわわわ!!』と手を振り回して慌てながらもすぐに耳としっぽを消したのはグッジョブ。
俺はすごい剣幕でギョロギョロと店の客に目を向けるが、幸いこちらの異常に気付いた客は居ないようで、客同士で会話しながらうどんをすすっている。
俺はホッと胸を撫で下ろすが、まだ安心することはできないようだ。
玖美が顔を真っ赤にして目に涙を浮かべながらも俺のことを殺気のこもった眼で睨みつけている。
玖美さんはとってもご立腹のようです。
「や、悪い玖美。今のはちょっとした出来心で―――ぐはぁ!!」
謝ろうと口を開いた直後、俺は玖美から強烈な右ストレートを右頬に貰い吹っ飛んだ。
威力のあまり、俺は空中をクルクル回りながら思った。
・・・ああ、デジャヴ、涼香にも殴られたよな俺。
なんでだろう、涙出てきた。
蛍光灯の光を浴びてキラキラと輝く透明な液体を撒き散らしながら、俺は『ぶぐッ!!』と情けない声を上げて顔面から倒れこむ。
しかし、玖美の怒りは収まらない。
倒れたままピクリとも動かない俺の背中に馬乗りになって、ポカポカの四倍ほどの威力で俺の頭を叩き始める。
「バカバカバカ!!秀輝のバカーッ!!バカ秀輝!!バカバカ秀輝!!バカバカバーカ秀輝ぃ!!」
「痛たたたたたた!!痛いストップ止まれぇ!!やり過ぎだろ!!オーバーキルだよオーバーキル!!てかなんでそこまで怒ってんの!?」
玖美の全力の猛攻から、俺は両手で必死になって頭を守る。
店の中はすでに爆笑の嵐だ。
松坂のおっちゃんも店の奥から満足そうに頷いているのも見える。
・・・見てないで助けてくれよおいッ!!
「全く・・・貴方達二人はなにをしているんですか?」
「ん?」
頭上から聞こえる聞き覚えのある男の声に、俺は小さく声を漏らす。
気付けば玖美の猛攻の手も止まっている。
俺は恐る恐る目を開くと、目の前の学校指定のズックが目に入った。
そのまま視線を上に向け、そこに立っていた男の名前を呟いた。
「・・・天月?」




