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いつまでも、ふたり

美緒と一緒に海に行ったり、事務所に出勤して仕事をして。

知り合いのお店に遊びに行ったりしていると1ヶ月があっという間に過ぎてしまった。

美緒は東京の病院に戻りしばらくは離れ離れの生活になったが毎日メールや電話でやり取りしていた。

そしてクリスマスと正月は俺が東京に行って美緒の実家や俺の実家で楽しく過ごした。


島でも北風が吹き肌寒い日が続いた。

そんなある日、俺の携帯が鳴った。

東京の美緒の母親からだった。

俺は直ぐに東京に飛んだ。

夜遅い時間に東京に着いたので病院には向わず、とりあえず実家に行き翌朝病院に向った。

美緒の居る3階の南向きの明るい個室ドアの前に立つと中から声がした。

「嫌だ。美緒、検査嫌い!」

「もう、美緒ちゃんお願いだから言う事を聞いて」

「お姉さんも大嫌い!」

「美緒、島中さんになんて事言うの」

「もうママも、みんなみんな大嫌い!」

深呼吸してからノックして病室に入った。

「おお、やってるな」

「お兄ちゃん、誰?」

「あれ、忘れちゃったのかな? 美緒ちゃんのお友達の八雲のやっ君だよ」

「美緒、わかんない」

美緒は記憶が曖昧になりその為か幼児退行を起こしていた。

美緒の前に進み頭を優しく撫でると俺の腕を掴んで自分の鼻に近づけて匂いを嗅いでいた。

「美緒、この匂い好き。やっ君の匂いだ」

「思い出したかな」

「うん。やっ君、大好き」

そう言いながら抱きついてきた。

「それじゃ、一緒に先生のとこ行こうか」

「うん、やっ君と一緒なら美緒行く」

美緒を車椅子に乗せて車椅子を押し出すと美緒が嬉しそうに何かの歌を口ずさんでいた。

「それじゃ、行ってきます」

美緒の母親と島中さんにそう告げて病室を出てエレベーターに向う。

病室からは美緒の母親の泣く声が僅かに聞こえてきた。


数日だけ美緒と過ごし島に戻る事になった。

「やっ君、どこかに行っちゃうの? 美緒さみしいよ」

「お仕事だからね。また必ず会いに来るからね」

「やくそくだよ」

「それじゃ、指きりげんまんだ」

「うん。指きりげんまん、うそついたら、はりせんぼん飲ます。指きった」

「もし、やっ君が会いに来なかったら美緒ちゃんが会いに来てくれるかな」

「良いよ、美緒がやっ君に会いに行くね」

「ありがとう」

美緒のおでこに軽くキスをする。

「やっ君、おかえし」

そう言いながら美緒がキスをしてきた。

でも、それは子どもがするような軽いキスではなかった。

美緒を優しく抱きしめる。

そして体を離そうとした瞬間、俺の耳元で空耳かもしれないが美緒が『ありがとう』と言った気がした。

不覚にも俺の頬を涙が伝った。

「あれ? やっ君泣き虫だ」

「そうだね、本当はやっ君は泣き虫なんだよ」

「泣いちゃだめだよ」

美緒が優しく頭を撫でてくれた。


それから数ヶ月が経ち島もだいぶ暖かくなってきている。

俺は美緒が島に居る時に通っていた病院の屋上に居た。

この病院に来ると必ずここから美緒と2人で海を見ていた。

その時と同じように今は1人で海を見ている。

綺麗なグラデーションの青い海、そしてリーフのエッジには白い波が一直線に立っている。

水平線の向こうからは次々に真っ白い雲が生産されて真っ青な空に浮かんでいた。

太陽がキラキラと煌めき、この時期には珍しく優しい南風が吹いていた。

『まるで奇跡だね』美緒の言葉がよみがえる。

そう、奇跡なんだよ。笑ってしまうくらいの奇跡。

美緒なら笑い飛ばしてくれるだろうか。

「そんな事あるわけ無いじゃん」と。

美緒が進行性のⅡ型、そして俺は突発性のⅠ型。

数万人に1人の難病を持った2人が何も知らないまま出会い恋をして別れ。

再会をしてまた恋に堕ち愛し合い結婚したんだ。


あの日、美緒の両親に出会わなくても俺は恐らく美緒と再会していただろう。

なぜなら俺が1ヶ月後に帰る予定だったのは、東京のあの病院に行き再発の検査をする為だったのだから。

そして主治医は専門医の高柳先生だった。

Ⅰ型は大人になり再発すると急速に症状が進行する。

美緒と再会したあの日、島中さんとリアルで出会ったあの日。

俺は再発を宣告されたんだ。

『まるで奇跡だね』そう、奇跡なんだよ、美緒が起こしてくれた奇跡。

俺がここまで生きてこられた奇跡なんだ。

今はもう自分で体を動かす事すらままならない。

今はただ待っているだけ。

すると優しい南風が俺を包みこんだ。

見上げると美緒の笑顔がそこにあった。

「やっ君、約束したのに会いに来ないから美緒が会いに来たよ」

「悪い悪い、忘れてたよ」

「もう、しょうがないな。ほら一緒に海に行こう」

美緒が手を差し出した。

「そうだな」

美緒の手を優しく掴んで立ち上がり美緒を抱きしめた。

今、幸せかと聞かれれば俺は胸を張って『幸せだよ』と答えるだろう。

何故なら……君がいつも側に居てくれるから。

もう、2人の間に分かつものは何も無いのだから。

永遠に別れることなく。

いつも一緒にいられる。


優しい南風が通り過ぎた後には……

あの日読む振りをしていた真っ白なページの本だけがぱらぱらと捲れていた。

そこにはこれから2人だけの第2章が書き込まれていくのかもしれない。

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