表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキー場でクラスメイトの男の子に声をかけられた  作者: ユタニ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/13

9.津山くんからの電話


二月の終わりの日曜日の夕方、津山から電話がかかってきた。

自宅の部屋にいた奈津は着信に驚き、二秒ほどじっと画面を見た後に通話ボタンを押す。


「……もしもし」

「もしもし……渡辺さん?」

恐る恐る応答すると、くぐもって弱々しい津山の声が聞こえた。


「うん、渡辺です。津山くんだよね? どうしたの?」

「あー……たぶん風邪ひいたんだよね」

そう答える津山の声はどこかぼんやりしている。熱があるようだ。


「えっ、大丈夫?」

奈津は電話をしっかり持ち替えて、何となく立ち上がった。


「朝から寒気しててさあ、昼もあんまり食欲なくて体調が変だからバイトは休んだんだけど、どうやら風邪だね」

「一人暮らしだったよね? お医者さん行ける? あ、でも日曜はやってないか」

「平気平気、動けないとかじゃないから。部屋にあった大分前の風邪薬なら飲んでみた」

「そっか」

少しほっとして奈津はベッドに腰掛ける。


「一人ってこういう時、心細いよね。夜は何食べたらいいんだろーとか考えてたら渡辺さんに電話かけちゃった」

「食べる物ないの?」

聞きながら奈津は再び立ち上がった。

気持ちがそわそわしてきてしまう。


(行ってあげた方がいいのかな……そんなに遠くないよね)

津山の一人暮らしの部屋の場所なら聞いたことはある。電車を乗り換えて一時間ほどで行ける距離だったはずだ。


(リンゴとかおかゆとかうどんを買って……)

そこまで考えてしまってから、いやいや何を図々しいことを考えているんだと頭を振った。これでは押し掛け彼女である。

すぐ近くならまだしも、一時間もかけて行くのは違うだろう。スキー友達の範疇は超えている。


(いやでも、電話してくるってことは来てほしい、とかあるのかな。いやまさか)

動揺しだす奈津に津山が答える。


「食べ物はなくはないんだけど……」

「あ、あるんだね! よかった!」

津山の返事には必要以上に大きな声で返してしまった。


「レトルトのカレーとカップ麺とカップ味噌汁………あ、キムチもある。あとアイス………うーん、あ、素麺も、はあ、なんか疲れてきた」

ごそごそと冷蔵庫や棚を開ける音がして今ある食料が伝えられたあと、津山は座り込んだようだ。


「あと米」

座り込んだらしい津山が付け加える。


「なら、おかゆ、かな?」

「おかゆなんか作ったことないよ」

「そっか」

「渡辺さんは作れるの?」

聞かれてドキッとする。

たぶん作れるが、ここで作れるなんて言ったらまるで今から行くね、みたいに取られるんじゃないだろうか。

それでは、押し掛け彼女になってしまう。


(へ、変だよね? 友達は一時間もかけておかゆ作りには行かないよね?)

迷った末に奈津はうやむやにすることにした。


「どうだろう……す、炊飯器におかゆモードとかないの?」

「んー………………ない。ただの炊飯ならできるけど、ご飯は欲しくないんだ」

「困ったね」

「何を食べるべきなあ…………渡辺さんなら正しい答えくれそうでさ」

やっぱり津山も奈津が部屋に来ることを望んでいるわけではないようだ。アドバイスだけほしいみたいだ。

変なことを言わなくてよかったと、奈津は胸をなで下ろした。


「食欲ないんだったら無理に食べなくてもいいかもよ」

「何かは食べたいんだよね」

「なら、味噌汁かなあ」

「そうなるよねー、カップ麺が濃厚豚骨味なんだよ、せめてあっさり塩味ならこっちなのにな」

「味噌汁だけじゃ足りなさそうなの?」

「うん」

奈津は少し考えてから提案した。


「なら、味噌汁に素麺入れればいいんじゃない? にゅうめんにしちゃうの」

「にゅうめん? なにそれ?」

「あったかい素麺だよ。食べたことない?」

「素麺は冷たいものだったから」

そう言われると確かに奈津も、病気の時に母が作ってくれたにゅうめん以外でにゅうめんは食べたことはない。


「素麺を湯がいて、あったかいお出汁で食べるの。カップの味噌汁にそのまま入れても美味しいと思うよ。味噌はやめてお澄ましにしてもいいんじゃないかな」

「おすまし?」

「あー……顆粒だしと醤油だけ入れるの」

「ふーん、なんか良さげだね。それにするか。ありがとう、渡辺さん」

「うん。あ、実家には連絡した? お母さんに作りに来てもらえないの?」

基本的なことを思いついて聞いてみる。

津山母ならフットワークも軽そうだったし、ネギとか生姜とかも買ってきて入れてくれそうだ。


「この歳で、風邪で親に来てもらうとか嫌だよ」

むすっとした津山の声。熱のせいかちょっと子供っぽい。


「でもしんどくなったら、家に電話しなよ」

「……分かった。そうする。本当にありがとう、渡辺さん」

津山はそう答えて電話を切った。


奈津はやれやれとまたベッドに座る。特に何もしていないのにじんわりと汗をかいていた。どうやらかなり緊張していたらしい。


(部屋に行こうか、なんて言わなくてよかったあ)

奈津は脱力してベッドに倒れ込んだ。


翌日、津山からはきちんと医者にかかった旨を伝えるメールがきた。




❋❋❋


四月、奈津は大学三年になり研究室に所属するようになった。

授業の後、教授や助教授についてそれぞれのテーマに沿った研究の手伝いをする。


何となく研究には、閃きやイマジネーション的なものが必要なのかと思っていたのだが実際はとても地味で地道なものだった。


奈津は子供の頃に読んだエジソンの伝記を思い出す。

『私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ』と、かの発明王は言ったらしいが、正にそんな感じだ。

ゴールへの道の周囲にはたくさんの思考と試作と検証が打ち捨てられている。


あらゆる可能性や考察をこつこつと試す作業は最初は気が遠くなったが、やってみると奈津の性に合っていた。


準備して、試して、記録して、データに落とす、この繰り返しを途方もない回数で行うのだが、一つ一つを確実に積み上げていくのは充実感があった。

作業が永遠に続きそうな感じも好きで、すごく面白い分厚い本を読んでいる時の様子と似ていると奈津は思った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ