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スキー場でクラスメイトの男の子に声をかけられた  作者: ユタニ


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7.大学生活(2)


ワンダーフォーゲル部の日々の部活は主に筋力づくりや持久力づくりである。

主な練習では重りを入れたザックを担いで校内の階段を昇り降りする。

「この練習でやめちゃう子がいるのよ、しんどかったら重り減らして軽くしていいからね」と先輩達は優しく言ってくれたが、奈津はこの練習があまり苦ではなかった。

体的にはしんどいが、無心で階段を昇りながら自分の身体の筋肉と向き合うのは楽しかったし、ふくらはぎや太ももがしっかりしてくるのが嬉しかった。


奈津はワンダーフォーゲル部に入部したことで、バイトも始めた。登山靴やザック、雨具等を揃えなければならなかったし、山までの交通費や山小屋泊する場合の宿泊費も必要になってくる。それらを捻出する必要があったからだ。

冬のクロスカントリー用のスキーやブーツ、スノーシューは一度きりしか使わないので、部でまとめてレンタルするらしい。バイトは近所のスーパーでの品出しにした。

そんな風にして、奈津は順調に大学生活を過ごしだした。


初夏、登山らしい登山をしたことがない奈津のために、ワンダーフォーゲル部の女子部員だけで奈津のデビュー登山を催行してくれた。

一泊二日の行程でキャンプではなく山小屋泊、コースは初心者コースをゆっくり進んで登った。実際に登りながら山岳地図の見方やコンパスや高度計の使い方も教えてもらった。

「でも正直、うちの部活で登ったり、縦走するのってメジャーな登山道の初級とか中級のコースだから、地図が読めなくても全然いけるんだよね」

教えてくれながらも先輩が苦笑する。


「そうなんですか?」

「うん。夏山しか登らないから平日でも他の登山客がいっぱいいるし、迷ったりなんかしないよ。最近はスマホもあるしね」

「でも、初めてだから面白いです」

「そう言ってくれると教えがいがあるな。あ、今度男子部員と一緒に登る時は、女子を先頭にしてくれて無理なく登るようにはするけど、しんどい時は男子に抜かしてもらってしんがりでゆっくり行くからね」

たった一人の女子新入部員という立場は何かと優しくしてもらえて、何だか得した気分になる。

登山は苦しいが、皆で登った達成感はなかなかよい。山頂で皆で食べるおにぎりやラーメンはすごく美味しくて、奈津はスキー場で津山と晶と食べた肉うどんを思い出した。


その夏はワンダーフォーゲル部で一週間かけて長野県の山を縦走した。途中二日ほど雨にも振られて大変だったが、終わってみるととても楽しい一週間となった。


高校の時も部活入ってみたらよかったかな、と奈津は思う。高校三年でやることになった文化祭の旗係もやってみたら楽しかったのだ。部活もそうだったかもしれない。

もしかしたら自分は、苦手だと決めつけて貴重な体験を逃していたのかも。

これからはできる範囲で、人と関わってみようと奈津は思った。


大学の授業の方はというと、それなりに面白く課題も辛くはなかった。指定校の推薦枠があるという理由で選んだ学部だったけれど向いていたようだ。

奈津は前向きに日々を過ごしていた。




❋❋❋


秋、奈津の兄孝明が結婚することになった。孝明は現在二十六歳、結婚のお相手は理子だ。孝明と理子は大学に入学してすぐに付き合い始めていたから七年以上付き合ってのゴールインである。


付き合いだした当初から孝明はよく理子を家に連れて来ていて、もう大分前から家族ぐるみの付き合いだ。二年くらい前に同棲を始めてからも、二人でよく奈津の家で夕ご飯を食べに来ていた。だから母も父も奈津も理子が好きだった。


母は孝明と理子が同棲を始めた頃から「理子さんとのことをちゃんと考えなさい」と兄に言うようになっていたのだが、兄はそれからはのらりくらりと逃げていた。


業を煮やした母が兄に内緒で、ついに理子に直談判したのは今年の初めだったかと思う。

「理子さん、孝明のことはどう思ってる? 結婚したい?」

あんまり単刀直入に聞くので、一緒に聞いていた奈津は唖然としたが、理子は流石に勝手知ったるものだった。


「お義母さん、本当にいつも剛速球ですね」

そう言って苦笑いをしてから理子は続けた。


「私はそろそろ結婚したいなと思ってるんですけど、孝明さんはああいう性格だからふんぎりつけるのが難しいかなとは思っています。急かせば返って逆効果になりそうだし」

「分かりました。理子さんさえその気なら私が何とかします」

理子の答えに母はきっぱりと約束をしていたのだが結局、兄が結婚を決意したのは母の猛攻によるものではなく理子の妊娠が発覚したからだった。

結婚とそれに至った事情を聞いた時、そういうきっかけはどこまでも兄らしいなあ、と奈津は思ったものである。


十一月の大安の休日、めでたく結婚の運びとなった孝明と理子がフォーマルな恰好をして渡辺家にやって来て、お祝いの夕ご飯を一緒に食べた。


そんな夕ご飯の後、奈津がお茶を淹れようと台所へ行くと兄が先にお茶を飲んでいた。そういえば面と向かってお祝いを言ってなかったなと思い、奈津はお祝いの言葉をかけた。


「お兄ちゃん、改めて結婚おめでとう。お子さんも」

「おう、ありがとう」

孝明は結構嬉しそうだ。

もしかして不本意だったりするのかと心配していたので、ほっとする。奈津は理子のことが好きなのだ。こんな兄でよいのなら是非、幸せになってほしい。


お茶を淹れてそのまま台所で飲んでいると「奈津、彼氏できた?」と孝明が聞いてきた。


「できてないよ。セクハラだよ、それ」

「俺はお兄ちゃんだからいいんだよ。できてないかあ。でももう二十歳だろう?」

「うるさいなあ。だからセクハラだよ」

「好きな人は?」

「お母さんみたいな詮索やめてよ」

「お母さんが心配してるんだよ。奈津はこの先、寂しい独身女になるんじゃないかって言ってたぜ。部活とバイト以外で家を空けないらしいじゃん」

奈津はやれやれと思った。


母が奈津に男の気配が全然しないのを心配しているのは知っていたが、兄にまでこぼしているなんて。


「正直、男の子と付き合うとか、自分には遠い世界すぎて見当がつかない。大学に入ってやっと普通にしゃべれるようになったと思うけど、できたら女の子の友達だけといたいし。だから好きな人もいない」

奈津はため息をつきながらそう答えた。


「部活入ったんだろ? いいなと思う奴とかいないの?」

「いないよ、いたとして自分に何かできるとは思えないよ」

言いながら、脳裏には津山が思い浮かんだ。


(違う、違うから)

奈津は慌てて津山を消した。津山は話しやすいし、正直いいなと思うが違う。そういう対象じゃない。スキー友達だ。そもそも大学に入ってからは接点もなくなっていて、今もスキー友達なのかは怪しいのだ。


「でもせっかくの大学生活だろう? 飲み会とか友達の紹介とかさ」

「そういうの苦手だもの」

「そうだろうけどさあ」

「私、一人でおばあちゃんになっていくんじゃないかな」

そう言ってから、奈津は自分の言葉に傷ついた。


「きっと、一人で老いていくんだよ」

続けた声はぐっと小さくなってしまった。


孝明と理子の結婚が決まり、知らぬ内に自分の将来を考えてナーバスになっていたのかもしれない。


奈津は小学生の頃から暗くて地味な自分があまり好きではなかった。いろんな場面で、自分には無理だと手を引っ込めて、安全な場所にただいるようにしてきた。

男子は中学生くらいからずっと苦手だ。大学で部活に入ってやっと変な緊張をせずに話せるようになったというレベルの低さである。

このままじゃ一生好きな人なんてできないし、できたとしても告白できないだろう。こんな自分を好きになる人もいないだろうから、そうなるとずっと一人だ。


きっと自分はデートもキスも一生しないのだと思うと悲しい。

まだ二十歳でそこまで考えるのは馬鹿げていると分かってはいたが、止められなかった。


「な、何だよ、まだ二十歳だろう」

孝明は奈津の様子に慌てて、さっきとは全く逆のことを言ってきた。


「でも、お母さんも寂しい独身女とか言ってるんでしょう」

「お母さんのは半分冗談だよ。気にすんなよ。あの人いっつもそうじゃん。大体、俺は奈津が部活入ったのは大きな一歩だと思うよ。高校の時は部活の雰囲気嫌だって入ってなかっただろう」

「……うん」

「大丈夫だよ、俺も理子もいるしさ。理子は奈津のこと好きだし、甥っ子か姪っ子もできるから。例え結婚とかしなくてもお前は一人でおばあちゃんにはならないよ」

珍しく孝明が優しくて必死だ。


そして意外にも、孝明の言葉はずいぶんと奈津の気持ちを軽くしてくれた。

そうだ、兄は結婚するんだし、父と母にとっては孫も生まれる。明るいことばかりじゃないか。


「ありがとう、お兄ちゃん」

「いいよ。そんなの」

孝明は小さい時から頼りにはならなかったが、いざという時は優しい兄だったなと奈津は思い出す。


小学生の頃に二人でリフトに乗り、降車時にこけた孝明に巻き込まれて奈津もこけた時、迫りくるリフトから身を挺して守ってくれようとしたこともあった。


「お兄ちゃんて、頼れないけど優しいよね」

「おっ、悪口だな」

「褒めてるんだけどな」

「どこがだよ」

奈津の調子が戻って孝明がほっとしているのが分かる。奈津は笑いながらお茶を飲んだ。


その夜、奈津はしっかり大学で勉強して、将来きちんと自立することを目標にしようと思った。

今までは何となくぼんやりと通っていた大学だが、ここで将来しっかり自立していけるような礎を築いておきたい。

寂しい独身女ではなく、充実した独身女になればいいのだと決意する。

決意してしまうとすっきりした。



そうして秋は去り、大学生活最初の冬がやって来た。その冬、奈津のもとには津山から久しぶりの連絡がきた。



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