6.大学生活(1)
高校三年の晩秋、奈津は早々と指定校推薦枠で自宅から通える公立大学への進学を決めた。
指定校推薦は決めてしまうと基本的に取り消しはできないが、大学や学部にそんなにこだわりはなかったし、受験という一発勝負に挑むのはとても不安だったので迷いはなかった。
津山はしっかりと受験生をしていた。
冬のスキースノボーシーズンが近づく中、奈津は今シーズンは津山家とゲレンデに行くことはないんだろうな、と漠然と考える。
“滑る”は受験生に縁起が悪いのだ。何より遊ぶよりも勉強優先だろうし、怪我でもしたら大変である。
(一回くらいは行くかもしれないけど、誘ってもらえるかは微妙だよね)
なんて考えていたのだが、12月最初の選択美術の時間に津山は当たり前のようにこう切り出してきた。
「そろそろシーズンだね、渡辺さん」
その目はキラキラと輝いている。
「えっ、今年も行くの?」
「もちろん、渡辺さんも一緒に行こう」
「でも津山くん、受験生でしょう。いいの?」
「大丈夫、滑りを使い果たせばいいって母さんも言ってるから」
サムズアップして爽やかに言い切る津山。
「使い切るって……お母さん、肝が据わってるね」
「自分の受験だから自分で決めなさいって言われた。まあ、流石に毎週は行かないでおこうかなとは思ってるよ。渡辺さんはもう大学決まってるから余裕でしょ」
「うん」
「じゃあ、問題ないね、晶も渡辺さん誘ってよねってうるさいし。父さんもあのスキー上手い子に声かけとけよって」
「えっ、あのお父さんが?」
奈津は津山の美形の父を思い出し、あのイケメンが自分のことを覚えてくれているという事実にちょっと照れた。
津山がジト目になる。
「女子って、ああいうイケメン好きだよねー、渡辺さんもそうなんだ」
「そ、そういうんじゃないよ。それよりも津山くん、彼女はいいの?」
奈津は慌てて話題を変える。
「え?」
「え? じゃなくて、普通はそっちを誘うんじゃないの?」
津山は少し前から隣のクラスの女子と付き合うようになっているのだ。それもあって今年はもう誘われないだろうと奈津は思っていた。
「いやいや、ボードはボードだよ。渡辺さんみたいに滑るの好きならともかく、ボードデートとかないね。彼女はスキーもボードもしたことないって言ってたし、向こうも俺の趣味に付き合わされるのは嫌でしょ」
「かっこいいとこ見せられるのに」
「たとえ彼女でも、付きっ切りは嫌だよ」
「それは冷たくない?」
「渡辺さんも男と付き合って、スキーしてみたら分かるよ。あ、でも渡辺さん、」
津山はそこでいきなり小声になった。
「彼女には渡辺さんとボードに行くのは内緒ね」
「そもそも誰にも内緒でしょ」
奈津も思わず小声でそう返す。
「あはは、そうだね。まあ俺は別にいいんだけどさ、彼女にもちゃんと説明もするけどさ。渡辺さんは冷やかされるのとか嫌でしょ。皆にプライベートを知られるのも好きじゃないかなって」
「あ……うん」
さらりと言われて、畠山に仲がよくないかと聞かれてスキーのことを説明しなかったとはわざとだったのだと奈津は気付いた。
確かに津山なら冷やかされても平気そうだ。教室で「俺、彼女一筋だから」とおどけて言っているのも聞いたことがある。
奈津とのことを茶化されたとしても軽く流すのだろう。だが、奈津はそうはいかない。真っ赤になって面白がられるだけなのは目に見えている。自分は男女間や恋愛事に関しては奥手で子供っぽいのだ。
「津山くんて、大人だね」
奈津はぽつりと言い、津山は「何それ」と笑った。
❋❋❋
結局、奈津は高校三年の冬も津山家とスキー三昧だった。津山は前期の試験で志望大学の合格を決め、奈津はなんと合格祝いを兼ねての二泊三日の津山家北海道旅行にも便乗させてもらった。
北海道に誘ってもらった時はすごく嬉しかった。泊りがけのスキー旅行なんて本当に久しぶりだったのだ。
ホテルは二部屋取って、津山と父、奈津と晶と津山母という部屋割で泊まった。
「親父と二人なんて嫌だよ、俺、晶と渡辺さんと一緒がいいな」
津山は最後までごねて、晶に「私と一緒がいいもキモいけど、奈津ちゃんと同室を希望するのは引くよ。無理」と冷たく断られていた。
という訳で部屋は男二人、女三人となる。
晶はともかく、津山母と同じ部屋なんて緊張するだろうかと心配していたのだがそれは杞憂に終わる。
津山母は津山と似て、よくしゃべる気さくな人だった。というか、津山が母似なのだろう。
「奈津ちゃん、隼人がごめんねー。昔から女の子にベタベタするのよ。何かを間違ったのかな。女の子にはとにかく優しくしろって育てたんだけどね」
夜、ホテルの部屋での酒盛りで津山母がそう話す。
酒を飲んでいるのは津山母だけで、奈津と晶はジュースである。
北海道のパウダースノーを堪能しまくって温泉に入り、ビュッフェの夕食も食べた奈津は心地よい疲れに包まれながら曖昧に頷いた。
「大丈夫ですよ。津山くんはけっこう私に気を遣ってくれてます」
「そう? よかったあ、いい子はいい子なのよ。ちょっと軽い感じなんだけどね」
津山母は嬉しそうだ。津山は愛されているんだな、と奈津は思った。
「うちはねー、夫が隼人には大学入ったら家を出ろってずっと言ってるから、隼人は四月から出て行っちゃうのよね。寂しいな。家には寄り付かなくなるんだろうな。あいつ車の免許も今年取ったし、来年はきっと大学の友達とボードに行っちゃうんだろうなあ。さびしいなあぁ」
若干くだを巻く津山母。隣の晶が呆れている。
「でも、津山くんの大学、通おうと思えば通えるとこですよね。けっこう家にも帰ってくるんじゃないでしょうか」
「いやー、きっとお盆だけとかしか帰ってこないわよ。あの子、表面上は付き合いがいいけど根っこはドライだから。家族でボードとかしてくれなくなるわよ。奈津ちゃんのことは気に入ってるみたいだから絶対誘ってくると思うの、また行ってあげてね」
「あ、はい」
果たして自分なんか誘うだろうかと疑問に思いながらも奈津は相槌を打つ。
「でも、気を付けてね、私が言うのもなんだけど、あの子、女の子に手出すの早い方だと思う。二股とかはしないからフリーの時は気をつけてね」
「はあ……気を付けます」
いまいちぴんとは来ないが、返事を返す。
「本当に気を付けてよー、嫌がったら引くだろうけど、そういうの上手くやりそうだから。ふわーって来るからね」
「本当に気を付けます」
果たして自分なんかに手を出すだろうかと思うのだが、奈津は何度も気をつけると約束をした。
そんな楽しかった北海道旅行の後は卒業式があり、春を迎えた奈津は大学生活を始めた。
大学生活といっても実家から通える大学だったので、入学当初は制服を着なくなった以外は高校生活とあまり変わらなかった。通学時間が少し伸びただけだ。
奈津は同じ学科の子達と何となく仲良くなり、講義室では無難に過ごした。
そうして大学に入って一か月経った頃、奈津はスキーのサークルに入ってみようかと思い立つ。それは一大決心だった。
高校三年間は、部活動の人間関係に気後れしてしまい、自分には馴染めないと決めつけてずっと帰宅部だったのだ。
だからサークルに入ってみようと思ったのは奈津の中では大きな変化だった。
ここ二年の間、津山と晶と一緒に滑るのはとても楽しかった。友人と滑るのがあんなに楽しいとは思っていなかったのでそれは大きな発見で、サークルの雰囲気が良さそうなら入ってみるのもいいかもしれない、とふと思ったのである。
そして勢いに任せてスキー&ボードサークルの一つを訪ねたのだが、結局、人数が多く雰囲気が華やか過ぎてすぐに気後れしてしまった。
(なんか、浮きそう……)
自分には分不相応な場所に思えて、気持ちが萎えていくのが分かった。
スキーサークルに入るのは早々に諦めてしまうこととなる。
(でも、せっかく決心したのにな)
このままになるのは妙に悔しかった。そこでサークルではなく部活で探してみようと思い探してみると、スキー部はなかったが、ワンダーフォーゲル部というものがあった。
貼り紙を読むと、夏は登山、冬は山岳スキーや雪道ハイクをするらしい。考えていたスキーではないが、面白そうだ。奈津は登山はほとんどしたことないが、夏は登山をするのも気に入った。
勢いのままに部室を訪ねてみると、そこには男子部員が数人しかおらずたじろぐ。
でも応対してくれた副部長の先輩は奈津よりも緊張している様子で少しほっとした。今日はたまたま女子部員が一人もいないらしい。
活動のメインは夏山登山で、夏山のシーズン以外はトレーニングが主になる。冬に一度だけ、クロスカントリースキーや、スノーシューを履いての冬山のハイキングを実施していると教えてくれた。
明日は水曜日で全員練習の日だから、女の先輩も来るらしい。
明日もおいでよ、と一通りの説明の後言われる。日々の部活は自由参加で水曜と金曜日が全員参加の活動日と決めているようだ。
翌日、再び訪ねると女子部員が四人いて細かいことをいろいろ説明してくれた。女子部員が少ないから入ってくれると嬉しいなと言われ、それが嬉しくてそのまま入部を決めてしまった。
その年の新入生のワンダーフォーゲル部への入部は六人で女子は奈津一人だけだった。




