5.高校三年の旗係
春が来て、奈津と津山は高校三年生になった。
奈津の高校は二年生の時に選択する進路によってクラスが固定されるので、津山とは三年も同じクラスで同じ選択美術である。
「渡辺さんさあ、最近、津山と仲いいね」
同じクラスの白井美沙が絡んできたのは、三年になってすぐのことだった。
男子の畠山が思うくらいのだがら、もちろん女子も思っていたのだろう。
美沙はバレー部に属している女の子で、はきはきと自分の意見を通す女子だ。一年間、同じクラスだったので言葉は交わすが親しくはない。美沙も津山や畠山と同じくいつもクラスの中心にいるような子である。
美沙は目つきがきつい。その目が自分を責めているようでびくりとしながら、奈津はいつぞやの津山の回答を真似た。
「選択美術が一緒だから、何となくしゃべるようになったんだ」
「えっ、渡辺さんって選択美術なの? サンコイチの鈴木さんと後藤さんはパソコンでしょ?」
美沙が意外だという風な顔になる。
“サンコイチの鈴木さんと後藤さん”とは奈津がいつも一緒にいる女子達のことである。三人でかたまっているので“サンコイチ”と言われているのは知っている。
「パソコンってゲームばっかりって聞いたから。ゲームは苦手なの」
「そうなの? へー、私もなんだ。私は選択書道だもん」
美沙の目が柔らかくなる。責めているように感じたのは気のせいだったようだ。奈津はほっと力を抜いた。
「選択美術って、うちのクラスだと他に誰がいるの?」
美沙の問いに奈津は他に二人いるクラスメイトを答えた。
「あー、あの痛いカップルかあ……それは、津山としゃべるしかないねえ」
奈津と津山以外で美術を選択する二人は一年の時から付き合っている有名なカップルだ。悪い子達ではないのだが二人だと二人の世界に入ってしまうのでかなり話しかけづらい。
美沙は納得したように頷く。
「津山くんは話しやすいし」
「いい子だよねー、あ、でも、最近は畠山にも絡まれてるでしょ、大丈夫?」
「畠山くんとは大体一言で終わるし、思ったよりも平気」
畠山との会話はあまり続かない。気が多いらしくすぐに別の子に話しかけるからだ。
「あはは、思ったよりも平気って。ちょっと嫌がってるんじゃん。畠山に言ってやろ、落ち込むよ。あいつクラスの女子全員自分に気があると思ってるからね」
「えっ、あ、あの、本人には言わないで」
実際に畠山のことは苦手としていたので、嫌がってるなんて言われては洒落にならない。奈津が慌てて止めると美沙はニヤリとした。
「じゃあ、やめとく。渡辺さんて、けっこう言うんだね」
「えっ」
「畠山が嫌とか言うんだなあって」
「嫌っていうか、あの……」
嫌とは言ってない。言外にそう伝わってしまったのは分かるが変換したのは美沙である。
「いいと思うよ」
狼狽える奈津の肩を美沙はポンポンと叩く。
かなり上から目線な気はしたが、美沙は元々何でも口に出してしまう子なので他意はないのだろう。笑顔だし“やるじゃん”くらいのノリな感じがしたので奈津は曖昧に笑っておいた。
このやり取りの後、奈津は美沙とも前より話すようになった。
❋❋❋
高校三年の秋、文化祭での旗係を決めることになった。
三年生は受験があるので、出店はせずにクラスの旗だけ作るのだ。黒板の半分はある大きな布で作る旗はそれなりに迫力がある。
作成するのは放課後。旗係が中心になってクラスの有志で作るので、旗係の人望とクラスの盛り上がりがそのまま出来に響いてくる。
「じゃあ、旗係を四人、決めておけよー」
担任の雑な一言で、ホームルームは始まった。
クラス委員長が前に出てきて、まず立候補を聞くがゼロだった。
「くじ引きにする?」
「えー、やだよ」
ざわざわしだす教室。奈津はひっそりと座っていた。クラスをまとめるなんて自分には想像もできない。こういうのはやり過ごすに限る。
「じゃあ推薦は?」
「推薦ねえ……絵を描くし美術部じゃない?」
“美術”という言葉に奈津はヒヤリとした。奈津のクラスに美術部員はいないのだ。そして奈津の選択は美術である。
(だ、大丈夫。選択だし、誰も私の選択なんか知らないし)
地味な奈津を推薦するような子もいないはずだ。
「うちのクラス、美術部いないじゃん」
「あ、津山ー! お前、選択美術だろ?」
ここで津山の名前があがり、皆が一斉に津山を見る。
津山は「ええぇ」と不満気に声をあげ「もー、押し付けんなよー」と反論した。
でも、本気で嫌がっている様子はない。
引き受けるんだろうな、と奈津は思った。津山は気遣いができて、それなりに大人な男の子だ。渋々受けて、友人達も巻き込むのだろう。
それなら平和な人選となりそうだ。もし手伝えそうだったら及ばずながら手伝おう。
(決まりそうだな)
選択美術だから何か言われるかとドキドキしていた奈津はほっと息を吐いたのだが、ここで畠山が余計な一言を入れてきた。
「渡辺さんは? 津山と同じ選択美術だよな、一緒にやったら?」
「えっ」
ぎょっとする奈津。クラス全員が今度は自分の方を向いた。
こんな風に注目されたことはない、奈津はさあっと青くなった。
「えっ、えっ……?」
おどおどしていると、誰かが「可哀想じゃない?」と言った。クラスの雰囲気も一気に“これは、よくないよね”というものになる。
すうっと奈津の背中が冷えた。旗係はできればしたくないし、勤まるとも思えないが“可哀想”扱いは嫌だ。
でもここで「やります!」と言えるほどの気概はない。
(どうしよう、どうしよう、変な雰囲気になってる。何か言わないと)
焦っていると口を開いたのは美沙だった。
「畠山ー、そんな風に言うならあんたも旗係ね」
「はあ!? なんでだよ」
「女の子を名指しするなら責任取りなよ」
「げー、じゃあ白井もやれよ」
「別にやってもいいよ。渡辺さん、一緒にやらない?」
美沙が笑顔で奈津に声をかけてきた。
これなら応えられる。
奈津が小さく「うん、やってみる」と言うと教室の空気が和らいだ。
「じゃあ、旗係は津山くん、畠山くん、白井さん、渡辺さんでお願いします」
委員長がそうまとめて、奈津は文化祭の旗係となった。
その日の放課後、さっそく四人で集まる。
「渡辺さん、ごめん。巻き込み事故だよね」
津山が申し訳なさそうに言い、畠山も「津山にだけ言ったつもりだったんだよ。なんか変な空気にして悪かった」と謝ってくれた。
「ううん。びっくりしたけど、しっかりしたメンバーに決まったし、よかったよ」
奈津は心からそう言った。
雑な推薦に文句を言わない津山も、名指しの責任と言われて受け入れる畠山もちゃんとしていると思う。
そして何より、変な雰囲気を変えてくれた美沙。
クラスの中心となる人達は、中心になる理由があるんだなあ、と感心した。
奈津以外のこの三人は明るく社交的でもある。
この三人がいれば、きっと皆も手伝ってくれるだろうから旗は何とかなるだろう。
「一番しっかりしてるの、渡辺さんだからねー」
美沙が言い、津山と畠山が頷く。
「いや、してないよ」
奈津はとんでもないと首を横に振った。自分は地味なだけだ。おまけに子供っぽい。
「ここで否定するとこがしっかりしてるよね」
美沙は気にせずにそう言って笑った。
その日は旗にする布を貰いに行き、何となく字と絵の配置を決めて解散となった。
帰り道、奈津は自分なりに精一杯旗係をやってみようと考える。
サンコイチな二人になら協力をお願いできるから、さっそく明日してみよう。きっと手伝ってくれる。
奈津はそう決めて、明るい気持ちで家へと帰った。
結局、津山と畠山と美沙の人望もあって手伝ってくれる人は多く、奈津とサンコイチの鈴木と後藤も準メンバー的に入ってくれたので旗の作成はけっこう楽しいものとなった。
奈津は自分がキラキラした放課後を過ごしていることにちょっとびっくりした。
そうして文化祭が終わり、奈津達は本格的に受験生となった。
選択美術の時間中に受験勉強する者も現れ出す。美術の先生は毎年のことで慣れているらしく「せめてもうちょっと隠れてしろよー、頑張れよ」と形ばかりの注意をした。




