4.津山家とのスキー(2)
「よし! 晶、今日はこれでスキーは終わりにしよう」
二回目の初級コースを滑り終えてから津山がそう言って、晶もこれに同意する。
「「ありがとうございました」」
奈津に礼をした二人はスキーセットを返却して、自前のボード用ブーツを履いた。
時刻はお昼ご飯時であるし、ご飯を食べて仕切り直してから三人で思い切り滑ろうぜ、ということになる。
「渡辺さん、教えてもらったお礼に肉うどんを奢るよ」
ボード用のブーツの履き心地を噛み締めながら津山が言う。
「肉うどん指定なの? 私、スキーではいつもカレーなんだけど」
「肉うどん一択。カレーなら奢らないよ」
津山はニヤリとしながらお昼を肉うどんに決めた。晶からの異論は出ない。この兄妹のスキー場での定番は肉うどんのようだ。
三人でゲレンデ中腹にあるレストハウスへと向かう。
何でもそこの肉うどんでないとダメらしい。
リフトを二本乗り継ぐとたどり着ける小さめのレストハウスの入り口付近には、肉うどんの幟が何本もはためいていた。
奈津はこちらのスキー場へは何度も訪れていて、この幟の横を滑ったことはあるが入ったことはない。
「ここに入るの初めて」
「そうなの? 損してたね」
津山は再びニヤリと笑うと扉を開けて中に入った。
メニューにはカレーやラーメンもあるが、一番人気は肉うどんのようだ。
津山が三人分の食券を買い、カウンター越しに注文をする。
すぐに湯気を立てる肉うどんが三つ並び、三人で空いているテーブルに座った。
奈津はまず、そっと汁をすすってみた。
程よく甘くて体に染みわたる出汁だ。
うどんはこしがあるタイプではなくて、柔らかくつるっとしていた。出汁とよく絡んで美味しい。
ふんだんに乗せられた細かな牛肉はくたくたに煮てあった。
視線を感じて奈津が顔を上げると、津山と晶が奈津の反応を窺っていた。
「美味しいね」
そう告げると「よかったあ」「だよね」と嬉しそうだ。
二人は安心したように自分達の肉うどんへと手をつけだした。
何だか可愛い兄と妹。
「七味かけてもおいしいよ」と晶に言われたので、奈津は七味をかけてもみた。確かになかなかいけた。
大満足のお昼ご飯の後は三人で滑りだす。
家族でスキーに行く時は父と母は二人で滑り、兄は奈津よりスキーが下手だったので奈津はいつも一人で滑っていた。
だから奈津は大きくなってから誰かとゲレンデで一緒に滑るのは初めてだったのだが、びっくりするくらい楽しかった。
リフト降車後、津山と晶がボードを付けている間は待つ必要はあったがそんなに気にはならなかった。
カチカチと金具を締め「じゃあ、お先ー」と大体津山が滑りだす。それを奈津と晶で追いかけた。
晶がわざと奈津の前をぶつかるすれすれで横切ってきたり、津山がその晶の進路を妨害して怒られたりしながら滑降するのは思いのほか心が弾む。
小さな子供に戻ったみたいだ。
銀世界で聞こえるのはお互いの雪面を滑る音だけで、面と向かって話している時よりも二人を近くに感じた。家族以外の誰かをこんなに身近に感じたのは初めてで、滑っている瞬間は世界で三人だけのように感じた。
「……奈津ちゃん、また一緒に来ない?」
休憩中、アイスを食べながら晶が誘ってきた。
晶は奈津に呼びかける時、少し迷ってから津山母と同じように下の名前で呼んできた。
「ちょっと、渡辺さんは俺の友達だから、誘うの俺ね」
津山が不服そうに割り込んでくる。“友達”と言われて奈津はちょっとドキドキした。
「そういうの関係ないじゃん、ね、来ようよ」
「うん、私で良ければまた教えるよ」
「そうじゃなくて、教えてもらうのもそうだけど、一緒に滑って楽しかったから。奈津ちゃん、スキーすごく上手だからわくわくする」
「じゃあ是非」
自分も同じ感覚がしていたので奈津は嬉しくなって答えると晶はぱあっと顔を輝かせた。
「渡辺さんは教えるのに時間取られて嫌じゃないの?」
こう聞いてきたのは津山だ。
「午前中だけだし大丈夫。教えてみると自分で自分のことも見直せるし」
「心が広いなあ。俺、中学の時に友達と一緒に来てさ、そいつはボードしたことなかったからずーっと教えたり、こけたのを起こしたり、待ったりするのしんどかったけどなあ。それに懲りて友達にはうかつにボード好きだって言わないようにしてる。やったことない奴は絶対に教えてよってなるもん」
「うーん、私も一日中ずっと付きっ切りだったらしんどかったと思うよ。それに……午後から二人と一緒に滑ったのは私もすごく楽しかった。ゲレンデまで連れて来てもらえるのは普通にありがたいしね」
楽しかったという部分は少々照れながら伝えると、津山がじんわりと笑う。
「へへ、よかった。俺も楽しかった。また一緒に来てくれるなら嬉しいよ」
そうして高校二年の冬、奈津は津山家と合計五回スキーへ行った。津山は修学旅行までの三回でちゃんとボーゲンができるようになり、無事に修学旅行を終えた。
修学旅行の後は津山は専らボードだけになり、晶は忘れないようにと半日だけスキーをしたりした。
スキーに一緒に行くようになってからは、津山は選択美術の時間に奈津の席の隣に座ってしゃべるようになり、教室でも時おり言葉を交わすようになる。
3月に席が前後になってからはそれが顕著になった。
「おはよう、渡辺さん」
朝、奈津の前の席に鞄をおいた津山が爽やかに挨拶してくる。奈津もおはようと返すと津山の隣の畠山がちらちらと二人を見比べた。
畠山は津山と仲のいいクラスの中心的な男子だ。サッカー部の畠山は強気な性格で奈津が苦手なタイプである。
「なんか最近、津山と渡辺さんって仲良くない?」
勘ぐるような口ぶりで畠山が聞いてきて、奈津の心臓は跳ねた。
ここで津山が“一緒にボードに行ってる”なんて言えば絶対に「なにそれ、付き合ってんの?」などと冷やかされてしまうだろう。
奈津はそういうのは本当に無理なのだ。
(ど、どうしよう)
固まる奈津だが、津山はあっさりとこう答えた。
「俺と渡辺さん、選択美術で一緒なんだよ。選択の時にお世話になってんの」
「そういえば、津山は美術だったな」
「そーだよー、一年かけて選択の時にこつこつ仲良くなったんだよ」
いつもの軽い様子で津山が言い、奈津はほっとした。これなら誤解されたりはしなさそうだ。
「こつこつって……渡辺さんは津山が馴れ馴れしいから困ってるんじゃないの?」
「困ってないよ。ねー、渡辺さん」
意地悪っぽく言う畠山に言い返した津山が奈津に同意を求めてくる。
「う、うん」
慌てて頷くと畠山はふーんと言って、選択美術は何をしているのか聞いてきた。
現在、やっているのは木彫りである。
手のひらサイズの小さな木を彫っていることを説明すると畠山はわりと楽しそうだと言い、何を彫っているのかも聞いてくる。
「俺は熊。木彫りと言えば熊だろ、と思って熊にしたんだけど、めっちゃムズくて後悔してる」
津山はきっと北海道あたりの土産物のイメージで熊を彫りだしたのだ。しっかり鮭もくわえさせたいらしいそれは確かに難航していた。
「あれ彫るのは難しいだろ、考えろよ。渡辺さんは?」
「私は、雪だるま」
奈津が端的に答えると畠山は、ぶはっと吹き出した。
「えっ、へ、変?」
「いやっ、分かんない。ふふっ、なんか可笑しかった」
「卵を彫ってる子もいるんだよ。先生が簡単な形がいいって言ってたから」
慌てて説明をしてみたが、畠山はしばらく笑っていた。でも嫌な感じの笑い方ではない。
奈津は、これまで何となく畠山を避けていたけれど別に避けなくてもよかったかなと思った。
色黒なせいかギラギラしている感じがしていたが、こうして笑ってる顔はけっこう無邪気に見える。勝手なイメージで苦手にしていたのはよくなかったかなと反省した。
これ以降、奈津は畠山ともたまに話すようになった。
こうして奈津は津山の友人とも交流するようになっていく。最初はどぎまぎしていた奈津だが、その内に慣れていった。
地味女子の自分がキラキラしている彼らとしゃべるなんてと最初は腰が引けていたが、しゃべってしまうと皆気さくで楽しい。
(もしかしたら、私は必要以上に卑屈だったのかな)
そうかもしれない。自分はどこまでも子供だったのだろう。




