20.高校三年の旗係
元旦の朝、奈津は家族で家の近くの小さな神社に初詣に行き、お雑煮を食べてから昼過ぎに津山との待ち合わせの場所へ向かった。
この辺りでは一番大きい神社の最寄り駅は初詣客でごった返している。
奈津が改札横の売店の前で待っているとすぐに黒いダウンコートを着た津山がやって来た。
「ごめん、待った?」
「ううん、今さっき着いたところ」
「そっか」
津山が笑い新年の挨拶が続けられる。奈津も新年の挨拶をして「本年もよろしくお願いします」と言うと津山は嬉しそうに「よろしくね」と返してきた。
「今日は夕方まで時間あるんだっけ?」
「うん、お兄ちゃん達がそれくらいに来るから」
「じゃあ初詣の後も少し一緒にいられるね。それにしてもけっこうな人だな、参道で待つかも……もっと穴場的な神社にした方がよかった?」
「少し待つくらい平気だよ。大きなとこの方が、初詣って感じはするし」
そう言いながら駅を出ると冷たい風が吹き付ける。朝より風が強くて寒い。
(手袋もしてくればよかったなあ)
奈津は紺のダッフルコートのポケットに手を突っ込んだ。
神社までの大通りには屋台もたっていたので、手を温めるためにとベビーカステラを買う。
神社に着くと参道は長蛇の列になっていた。
でも少しずつ動いているのでそんなには待たないだろう。
最後尾に付いて二人でベビーカステラをつまむ。
しばらくするとちらちらと雪が降ってきた。
この辺りでの雪は珍しい。
「雪だねえ」
「今日、けっこう寒いもんね」
何となく空を見上げていると、津山がダウンの前を開けて奈津を包んできた。ふわりと津山の体温を感じる。
「つ、津山くん」
「これで寒くないね、奈津ちゃん」
「あの、でも、そこまで寒くはないよ」
外で彼氏といちゃつくなんて初めての体験である。奈津は自分の顔が赤くなっていくのが分かった。
「津山くんが寒くなっちゃうし、大丈夫」
そう言ったのにダウンは離れない。
「俺は奈津ちゃんとくっつきたいだけだからいいの」
「えっ」
「ポケットに手入れちゃうから、繋げなかったしね」
「えっ」
「やっとポケットから出たと思ったら、ベビーカステラ買って両手で持っちゃうしねー」
「ええっ、なんかごめん。手袋忘れちゃったから」
「それなら俺の貸したのに。後で貸してあげる。今はこれでいこう」
「いや、でも……」
ここは外だし、と周囲を見回すと似たようなカップルはけっこういた。
キスをしそうな距離で顔を近づけ合っている高校生らしき子達もいる。
「…………」
何よりコート越しに感じる津山は心地いい。ドキドキしてふわふわする。
まあいいか、と奈津は体の力を抜いた。
「奈津ちゃん、奈津ちゃん。カステラちょうだい」
奈津の肩に顎を載せた津山がそう言って口を開ける。
「え」
「ほら、ちょうだい」
「…………」
(これは俗に言う“あーん”では……まさか“あーん”をする日が来るなんて)
奈津は照れながらそこへカステラを一つ放り込んだ。
「ふふ、ありがと」
もぐもぐする津山。
飲み込んだタイミングでもう一つ差し出してみると、こちらも素直に食べた。
餌付けしているみたいで楽しい。奈津はせっせとカステラを津山の口に運んであげた。
そうしてカステラを五つくらい放り込んだ時、向かいの出口に向かう人の流れの中から女の声がかかった。
「津山じゃん!」
びくりとして声のほうへ顔を向ける。
(っ……)
見覚えのある顔があった。化粧をして大人っぽくなっているが間違いない。
(白井さんだ!)
そこにいたのは白井美沙だった。
目を丸くする奈津。津山も「えっ、白井だ」と驚いている。
美沙は「やだー、久しぶりだね! 私、白井だよー」と言い、奈津には気付かないまま興奮しながら己の背後を振り返った。
「畠山ー、津山っ、津山がいる!」
(畠山!?)
その名前にもびっくりしていると美沙の背後から、やはり知った顔がのぞいた。相変わらず色黒の畠山だ。
「うおっ、ほんとだ」
畠山が津山と一通り「久しぶり」「明けましておめでとう」と挨拶を交わす。
それが終わって初めて美沙が津山のダウンに包まれた奈津へと目を向けた。
「いきなりごめんなさい。私達、津山くんとは高校の同級生で……」
しっかりした初対面っぽい言葉が出てくる。しかしその途中で美沙の目は点になった。
「…………待って、渡辺さんじゃん。えっ、渡辺さんだよね?」
奈津はこくこくと頷いた。
「えっ、なにこれ、えっ…………ええっ!?」
美沙は奈津と津山を交互に見てもう一度「えええ!」と声をあげる。畠山もぽかんとしていた。
「…………」
「…………」
信じられないようなものを見る目で二人が見てくる。
「ひ、久しぶり、だね」
奈津が何とかそう言うと畠山が吹き出した。
「ぐふっ、俺、渡辺さんってツボだわ」
「ちょっと畠山、笑ってる場合じゃないでしょ。なになに、どう見ても付き合ってるよね? なんで? いつから?」
美沙がぐいぐいと近寄ってきて、問いただす。
「白井。お前と畠山こそなんで? そっちが先だろ」
津山が奈津を庇うように抱き込んで聞き返した。その様子に美沙がニヤニヤする。
「ちょっとぉ、ラブラブじゃん。私と畠山は去年くらいから付き合ってんの。同窓会みたいなので再会してさ。ねー」
美沙が畠山を見上げると畠山も頷く。
「卒業後、サッカー部でたまに集まってて、そこに女バレが一緒になった時があったんだよ」
「そんで久しぶりだねーってなって。なんか付き合うことになったんだ」
美沙がからっと笑う。
変わってないなあと奈津は思った。何だか懐かしい。
「で? 渡辺さんと津山は?」
「あ、えーと」
美沙に聞かれて奈津は口ごもった。
きちんと説明するとなると、高校の時からスキーに行ってたくだりを話すことになるんじゃないだろうか。
(長くない?)
どう答えたものかと思案していると、津山が答えた。
「俺らは付き合いたてほやほやなの。なんとまだ三日目。お互い手さぐりな時期だから、なれそめはまた今度ね」
「三日目ぇ! マジか! やだー、すごいとこに出くわしたね! 畠山!」
美沙のテンションが上がりばしばしと畠山を叩く。
「ちょっ、痛えよ」
「やーん、盛り上がる! 初々しくてドキドキする。そらコートにも包むよね!」
サムズアップして言い切られて、奈津は真っ赤になった。
美沙の声は大きいので、周囲の人達が生温かい目で見てくる。その目が「付き合いたてなんだ」と言っていて居た堪れない。
「てか、これさあ、三年のクラスの旗係の四人だよね。100%くっついてる」
美沙が嬉しそうに畠山に言い、畠山は「係やってる間は関係なかったけどな」と返す。
(本当だ)
奈津は津山と畠山と美沙を見た。
四人で制服を着て、放課後の教室にいたのが何だか不思議だ。
場所が神社なせいか、妙な縁を感じた。
自分は本当に津山と結婚もするのかも、なんて思う。
津山となら考えられる気もした。
(まだ付き合って三日だけど)
ちょっと可笑しい。
そして自然に結婚について考えている自分は、高校生の頃から比べると歳をとったんだなあと実感した。
その後、美沙は奈津が地元にいることを確認すると連絡先も聞いてきた。奈津は未だに実家暮らしだが美沙もそうらしい。
またお茶しようよ、と言われて素直に頷く。
津山とのことを根掘り葉掘り聞かれるのだろうと予測はできたが、相手が美沙なら嫌な気はしなかった。
奈津だって、畠山とのことを聞いてやろう。
美沙は「絶対だよー、マジで連絡するから!」と言いながら畠山と去っていった。
「……びっくりしたね」
「そうだね」
二人を見送ってからぽつりと呟くと、津山も同意する。
連絡先交換の際に津山のダウンから出ていた奈津を津山は再び包んだ。
「畠山が、渡辺さんが綺麗になってるだってさ」
「へっ?」
「白井と連絡先交換してる時に言ってた。へへへ、自慢しといた」
津山が相好を崩す。
きっと畠山にも同じ顔をしたんだろうなあと思うとちょっと恥ずかしい。
「白井さんは大人っぽくなってたね」
「そう? あいつ昔からあんな感じだろ? 高校の時からうっすら化粧もしてたし」
「えっ、そうなの?」
驚く奈津に津山はますます顔を緩めた。
「そういうのに気付いてないの奈津ちゃんらしいよね。ほんと可愛い。そうだよー、白井は高校の時から薄く化粧してたよ」
「知らなかった」
「奈津ちゃんの知らないこと、俺がいっぱい教えたげるね」
でれでれした津山が腕の力を強める。
奈津はむずむずしながらも無事に初詣を済ませた。
初詣の後、奈津は右手に津山の手袋をはめ、左手はダウンのポケットの中で津山と手を繋ぎながら帰った。
お読みいただきありがとうございました!
こちらを投稿中、ムーンのお気に入り様が増えた。
皆様、ムーンまで見に来てくれたんだなあ、と嬉しかったです。
そして逆にムーンで読んでた方が読みにきてくれたりもして、これも嬉しかった。
どちらもお楽しみいただいていれば嬉しいです。




