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スキー場でクラスメイトの男の子に声をかけられた  作者: ユタニ


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18/20

18.兄の恋

晶視点です。





それはあきらが大学二年の時、11月の始め、大学の講義を終えて帰宅すると玄関に男物の革靴があった。


「?」

晶は怪訝な顔で靴を見た。

現在の津山家は母と父と晶の三人暮らしで、父はスニーカー派なので革靴は滅多に履かない。

そもそもまだ夕方の四時で、父の帰宅には早い。


(お客さん……かな?)

リビングから人の気配はしている。革靴はピカピカに磨かれきちんと揃えられているので、何かの営業でも来ているのだろうか。それにしてはリビングは静かだ。


恐る恐るリビングを覗くと、スーツを来た男がこちらに背を向けてカップ麺をすすっていた。

びくりと身をすくめてから、晶は男が見知った人物だと気付く。


「お兄ちゃん?」

晶の呼びかけに男が振り返る。思った通りの顔に晶は体の力を抜いた。


「おー、晶、お帰り」

一歳上の晶の兄、隼人(はやと)だ。隼人は現在大学三年生。

大学入学と同時に実家を出て一人暮らしをしているので普段は家にいない。一人暮らしの部屋は実家から電車で一時間ほどの場所で、それなりに近いのだが滅多にこちらには顔を出さない。

今年はゴールデンウィークに荷物を取りに来ただけで、その時晶は不在だったので顔を付き合わせるのは約一年ぶりである。


「何してんの?」

「何だよ。長男が実家に帰ってきてるだけだろー」

「お母さんは?」

「追加の買い出し。喜べ晶、俺が夕飯も食べてくって言ったら今日はすき焼きにしてくれるってさ」

「わお、やったー」

すき焼きは嬉しい。晶は素直に喜んだ。


「俺のおかげだからな。感謝しろよ」

「はいはい、ありがとう、お兄ちゃん」

ニヤけながら礼を言う。

母が突然の兄の帰宅に驚いて、ウキウキしながら肉を買いに行った様子が思い浮かぶ。きっといい肉を買ってくるに違いない。お兄ちゃん様々だ。


「ところで、何でスーツ?」

そこで晶は改めて隼人の全身を見回して聞いた。隼人のスーツ姿を見るのは大学の入学式以来だ。


「似合う?」

「そこそこね」

認めるのは悔しいが、完全にスーツに着られていた入学式とは違い、今回はまあまあ決まっていた。


「で、なんでスーツ?」

「就活だよー、三年なんだぞ」

「そっか。そういえば奈津ちゃんもそんなこと言ってたな」

晶が兄とは高校の同級生で、同じ大学の一年先輩な友人の名前を出すと隼人の肩は僅かにびくりと揺れたが、晶はそれには気づかなかった。


「……そっかあ、渡辺さんは、元気?」

「は? 何言ってんの。ちょくちょくメールしてるじゃん。私なんかより奈津ちゃんへの連絡の方が多いくせにさ」

「最近は、してない」

「?」

兄の声が珍しく重たくて暗い。

晶はしげしげと隼人を見た。


「お兄ちゃん?」

「んー?」

晶の気遣わしげな呼びかけに応えた隼人は笑顔だ。何かを誤魔化している時の笑顔。

晶はその顔色があんまりよくないことにも気付いた。


「お兄ちゃん、もしかして元気ない?」

「んんんー、ほら、就活だしさ。兄はいろいろ大変なんだよ、妹よ」

「ふーん」

そういえば奈津もそれなりに鬱々としているし、ワンダーフォーゲル部の他の三年生も悩んだりしている。隼人の様子はそのどれよりもくたびれているように感じるが、ここが実家だからだろうか。


「大変なんだね」

「お前も来年こうなるんだぞ、妹よ」

「はーい」

軽く流して二階の自室に行き、部屋着に着替えて戻ってくると母が帰ってきて三人ですき焼きの準備をした。


父の帰宅と同時にすき焼きを始める。

隼人はどこかぼんやりした様子で、それなりに楽しそうにすき焼きを食べた後、帰っていった。



その年の年末年始、ここ数年は三ヶ日のどこかで顔を出す程度だった隼人はしっかり実家に帰ってきてごろごろ過ごした。久しぶりに家族四人で初詣にも行く。

隼人の顔色はマシにはなっていたが、ぼんやりした様子は変わらない。晶は就活って恐ろしいな、と思いながらそっとしておいた。

母は「なんか悩んでるっぽいのよねえ」と心配し、父は兄と二人で静かに飲んだりもしていた。


冬が去り、春が来て晶は大学三年に隼人は四年になる。

初夏に隼人の就職の内定が決まり、母はほっとしていた。報告に来た隼人は少し元気そうになっていて晶もほっとする。


やれやれと思いながら、晶もそろそろ就活の時期である。

(うーん、まあでも、私も奈津ちゃんと同じく院かな)

友人の奈津は四年になって院への進学を決めていた。そして晶はそれにならおうかなと考えている。

奈津の選ぶ道なら間違いないだろうし、三年から所属している研究室の雰囲気は好きだ。


何より、あのいつも明るくて軽い兄があんなにまいっていた就職活動はちょっと恐ろしい。晶は人見知りもするのだ。就活はもう少し延ばしたくもある。

金銭的に負担をかける両親にきちんと相談してみると、あっさり承諾してくれた。


こうして晶はのほほんと大学三年を過ごした。

その年の正月に実家に顔を出した隼人はすっかり元気になっていた。



❋❋❋


晶が無事に大学四年になった六月、津山家は隼人の奢りで高級中華料理店へランチを食べにいった。

隼人の初任給の記念である。回るテーブルで紹興酒をいただき、デザートは揚げバナナが出てきた。


たらふく食べた後、母は「じゃあ、私と(しゅう)ちゃんはデートしてくから先に帰ってなさい」と言って父と去っていく。

残された兄妹二人。


「じゃあ晶、お兄ちゃんと一緒に帰るか」

隼人が言い、晶は「仕方ないね」と頷いて家路につく。

ぽつぽつと隼人の仕事の話を聞きながら家に着いた二人は番茶をいれて飲んだ。


デートに去る両親を見たからだろう、晶は何気なく隼人の恋愛事情を聞いた。

「そういえば最近のお兄ちゃんって、けっこう長らく彼女いなくない?」

兄の隼人は中学からわりとモテた。女をとっかえひっかえというほどではないが、一年と空けずに彼女や彼女候補がいたはずなのだが、ここ数年は聞いていない。


「いない。痛いところを突くじゃん」

「あはは、ついにモテなくなったの?」

「ちげーよ。まあ、元々モテてたっていうよりは、話しやすいから女の子が寄ってきてちょっと仲良くなる、くらいのものだしね」

「それをモテるというのでは?」

「まあね」

ニヤリと笑って隼人は番茶をすする。


「でも彼女はできてないの?」

「んー」

「なんで? アタック中? 今は仕事に生きる的な?」

「んー」

曖昧な相槌が続く、これ以上突っ込んでも無駄らしい。そんなに強い興味もなかったので、晶は追求を諦めて番茶をすすった。


しばしの沈黙の後、今度は隼人がぽつりと聞いてきた。

「……そういえば、渡辺さんって彼氏とかできた?」

「奈津ちゃん?」

晶は突然出てきた友人の名前に面食らったが、この時はまだ何も察してはいなかった。

上手く話題を変えてきたなと思いながら、一歳上の友人のことを思い浮かべる。


「どうだろう。そういう話はしないからなあ。でも奈津ちゃんならできたら報告してくれそうだし、いないんじゃない?」

「へー」

「去年、告白はされてたっぽいけど付き合わなかったみたいだったし」

晶は昨年のワンダーフォーゲル部の追い出しハイク後の中村の様子を思い出して付け加えた。


「え?」

隼人の声が低くて硬いものに変わった。


「なにそれ、告白? 男から?」

「なにそれって……奈津ちゃんって素敵な人だよ。どんどん綺麗になってるしさ」

カチンときて言い返すと、余裕のない顔の兄がいた。


「それは知ってるよ。相手どんな奴? すぐ振ってた?」

「…………」

晶はまじまじと隼人を見た。声色が攻撃的でいつもの兄らしくない。

(なにこの、マジなやつ……)


「晶? もしかして変な男? 渡辺さんは何ともなかった?」

「いや、普通の良さげな人……ワンダーフォーゲル部の人だったし」

晶の説明に隼人の顔が曇る。


「部活関係かあ……泊まりで登山とかしてるもんな。そうなるとやっぱり気付くんだ……」

力無く呟く兄。

ここまできてピンときた晶は驚きながら聞いた。


「お兄ちゃん、もしかして奈津ちゃんのこと好きなの?」


「…………」

しんと静まるリビング。

晶が見ている前で向かいの隼人はみるみる顔を赤くした。


(マジか……!)

目をまん丸にする晶。こんな兄を見るのは初めてだ。

隼人は晶の様子に誤魔化せないと悟ったのだろう。真っ赤な顔を両手で覆って絞り出すように答えた。


「…………好き」


(マジか!)

晶は言葉を失った。

ピンとはきていたが、よもやよもやである。隼人が奈津を気に入っているのは知っていた。でもこれまでの彼女遍歴を見るに、色恋が絡んでいるとは思っていなかったのだ。


(しかも、この感じ。ガチじゃん)

これまでの彼女や彼女候補への反応とは明らかに違う。今までは彼女の話になると浮かれてはいたけど、こういう思い詰めた感じはなかった。


(うわあ……お兄ちゃんが奈津ちゃんを好き。いや、でもそれ)

驚きつつも晶は兄が可哀想になってきた。


その恋の成就は難しいように思う。奈津が隼人に男として興味を持っているとは思えない。というか奈津は異性や恋愛自体にあまり興味がなさそうだ。

中村と付き合ったりしなかったことからも、告白に流されたりもしないのだろう。


いつも冷静で穏やかな奈津。ちょっと表情は読みにくいけど優しくて誠実な人だ。

そんな友人がもし人を好きになるのなら、年上の大人っぽくて落ち着きのある人なのではないだろうか。

隼人と奈津が並ぶのはあんまり想像ができない。


「晶ぁ、俺、脈あると思う?」

顔を覆ったままの隼人が小さな声で聞いてくる。

ここは変に期待させてはいけないと思い、晶はずばり答えた。


「ないと思う」

「だよねー」

隼人は力無く笑って「ま、そんなわけで彼女はできてない」と言った。



こうして隼人の恋を知った晶はここから二年半の間、ぐだぐだ気持ちを引きずる兄を見続けることになる。


「いい加減、あたって砕けて次行きなよ! 奈津ちゃんなら振った後もちゃんと友達続けてくれるよ!」

などと発破をかけたりもしたのだが、なんと兄のハートは砕けなかった。

ダメ元の告白の返事はまさかのオッケーで、隼人は奈津と付き合いだしたのだ。


晶はその報告にものすごくびっくりした後、気は早いが奈津が義理の姉になるのではとニヤニヤした。





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