17.心変わりはしにくい
「奈津ちゃん」
行為が終わった後、津山が奈津を優しく呼びそっと抱き寄せる。
さわさわと触れられて奈津はびくっと反応し、その反応に津山はぎゅううと強く抱きしめてきた。
「これは平気?」
「う、うん。これなら」
「そっか、しばらくこのままで落ち着くまで待とう」
穏やかな声で津山が言い、奈津はほっと息を吐いた。
少しずつ体が落ち着いてくると、津山に包まれているのは心地よかった。
(ところで……結局、最後までしてしまった。しかもソファで)
思い出すと恥ずかしい。奈津は両手で顔を覆った。あられもない声を出していたんじゃないだろうか。
でも、行為は目が回るようだったけど嫌ではなかった。あんなことをするなんて、今さらだけど恋人になったんだなあと思う。
「落ち着いてきた?」
「うん、ありがと」
「いいよ。二回目して嫌われたらやだし」
「に、二回目?」
「興味ある?」
「ないっ、ないよ」
慌てて答えると頭をなでなでされた。
「よしよし、大丈夫。今日はもうしないよ。奈津ちゃんは充分頑張ったもんね。はあ……可愛いかった。すごく可愛かった。思い出すとムラムラするな」
「津山くん、離して、もう服着るから」
“ムラムラする”に反応した奈津は身をよじった。
「えー、やだ」
「やだじゃないよ」
「じゃあ、好きって言ってくれたら」
「好き」
「はや……もっとエロい言葉にすればよかった」
残念そうに津山が拘束を解く。
奈津はソファから降りると、手早く服を着た。
「奈津ちゃん、おいで」
自分も服を着た津山がソファに座って手を広げる。優しく笑いかけられると拒みようはない。
奈津は顔を赤らめながらその腕の中に後ろ向きに収まった。
「可愛い。今日はベッドでくっついて寝ようね」
津山は後ろから奈津を抱き込んで耳元で囁く。
「くっついて……」
「くっつくだけだから」
「…………津山くん」
冷静になってきた頭で奈津はあることに気づいて振り返った。
「んー?」
「さっき、ポケットからゴム出してたよね」
ついさっき、津山はズボンのポケットから避妊具の四角い包みを出していたのだ。
つまり津山は帰って着替えていた時にはもう、奈津を抱く準備をしていたことになる。
「何もしないって言ってたのに」
恨みがましい目つきで見上げると、津山は眉を下げつつも笑顔だ。
「奈津ちゃんの嫌がることは何もしないって言ったよ」
「…………」
「すごく可愛かった」
甘く言われて奈津は顔を赤くする。
「……い、嫌がってはなかったけど、なし崩しにはされたと思う」
頑張って言い募ると津山は可愛くて堪らないという表情になった。
「奈津ちゃん、自分を好きだっていう男に私も好きって伝えた後、部屋にのこのこ付いてきたらダメだよ」
「まさか、最初から計画的だったの……!」
唖然とする奈津に津山がデレデレと蕩ける。
「ふふ、もう愛しいなあ。計画とまでいかないけど、まあ、あわよくばな感じではあった。もちろん、嫌そうならちゃんとやめるつもりだった」
「…………」
そういえば、津山は何かと確認はしてくれていた。拒否できた状況だったかと言えば微妙だけど。
「とろとろで可愛くてさ、また見たい」
「津山くん、私、降りる」
でれでれしだした津山に身の危険を感じて、奈津は膝から降りようとしたのだが、津山は逃さないとばかりに腕を強くする。
「逃げないで。もう本当に何もしないよ。嫌われたくないもん。はあー、好き。奈津ちゃん、好き。すげー好き」
「あの……その、呼び方」
「ん?」
「さっきから変わってる。ずっと渡辺さんだったのに」
「晶が奈津ちゃんって呼ぶからさ、俺も心の中では奈津ちゃんだったんだよね」
「そうなんだ」
「奈津ちゃんも俺のこと“隼人くん”て呼んでもいいよ……いや、でも“津山くん”もいいんだよなあ。一線引いてるのが逆にいいよね。奥ゆかしいというか初々しいというか」
「……」
「結婚してからも奈津ちゃんになら“津山くん”呼びのままでもいいかも」
「けっ……」
結婚という言葉が飛び出して、奈津はびっくりしてから真面目な顔になって津山の胸を押した。
津山は腕の拘束は解かなかったが、素直に距離を取ってくれる。
「どうしたの?」
「結婚は、軽々しく言ったらダメだと思う」
それはもっときちんと言うべき言葉で、相手が本気にしてしまっても責任を取れる時だけ言うものだ。
自分が本気にしたらどうするんだ、とむっとしながら津山に伝えたのだが、奈津の注意に津山もむっとした。
「軽々しくなんて、言ってない」
「え?」
「言い方は軽かったけど本気だから。俺、今まで誰にも結婚なんて言ったことないよ。奈津ちゃんだから言うんだよ。何年片想いだったと思ってるの? もう離す気はない」
真面目な顔で津山が言う。
「そもそも、俺のことを奈津ちゃんが好きになってくれてるのは何かの間違いだと思うんだよ。どう考えても奈津ちゃんが好きになるタイプじゃないだろ。でも間違ってるなら間違ってる内に結婚もする」
「つ、津山くん?」
津山の目が据わってきた気がする。
「奈津ちゃんは社会人になってからモテるタイプだしね。そろそろ危ないから早めに籍だけでも入れた方がいいとも思ってる」
「えっ、モテないよ? 焦って籍入れるとかダメだよ」
入籍もそんなに簡単にしてはいけないと思う。
「絶対にこれからモテるから。籍はできるだけ早くに入れようね。何なら明日でもいいよ」
「落ち着いて、落ち着こう」
奈津はそっと津山の肩に手を置いた。津山の顔が緩み、目の据わり方がマシになる。
「落ち着いてるよ。奈津ちゃんは目を引く美人とかじゃないけど、魅力的で綺麗なんだ。話し方も態度も静かでしっとりしてて、そういうのがじわじわくる。これからたくさん言い寄られるだろうし、俺よりいい男と出会うと思う。だから奈津ちゃんがそういう奴らに靡く前に俺のものにしたい」
「…………あ、ありがと」
いきなりベタ褒めされて、俺のものにしたいと言われ、奈津はもじもじしながらもお礼を言った。
「それに津山奈津ってなかなかいいと思うんだ。ちょっと回文っぽくて可愛い」
そう言われて、頭の中で“つやまなつ”を思い浮かべてみた。ひっくり返すと“つなまやつ”確かに回文っぽい。
「気に入った? つやまなつ」
津山が嬉しそうに聞いてくる。
「そうだね」
「おっ、じゃあ籍入れる?」
「いやいや待って。籍とかはちゃんと考えたい。明日はやめよう」
結婚や入籍については、きちんと二人で話し合って決めるべきだ。
津山とならいつかは考えたいとは思うけれど、自分達はまだ今日付き合ったばかりなのである。
「津山くんのことは好きだよ、間違いなんかじゃない。だからちゃんと考えたい。それに仮に私が、モ、モテたとして、簡単には靡かないよ。好きになるのに時間がかかると思うし、そもそもあんまり好きにならないし、好きになったら心変わりもしにく」
話の途中で頭をぐいっと掴まれてキスで唇が塞がれた。ちゅうという擬音が似合う優しいキスがなされる。
「はあぁ、渡辺さん……好き」
キスの後、渡辺さん呼びに戻った津山が掠れた声で言う。
「心変わりはしにくいから」
奈津はきちんと最後まで伝えた。
それから二人はベッドでくっついて眠った。
❋❋❋
翌日、奈津は晶に津山と付き合うようになった旨をメールした。
晶からはすぐに驚きの返事がくる。どうやら晶は兄の気持ちは知っていたが、きっと振られると思っていたようだ。
びっくりしながらもお祝いが述べられた後〈あんな兄だけど、奈津ちゃんのことは本気みたいだからよろしく頼む〉とあった。
Fin
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おまけがあと3話あります。




