16.がつがつしている自覚はある
帰り道にコンビニで夕食を買い駐車場に車を停めて、小綺麗な七階建てのマンションに着いたのは夕刻だった。
「引っ越してる……」
「そりゃあね。あそこ学生限定だったし」
「なんか高そうだね」
「駅から離れてるからそうでもないよ。会社から住宅補助も出てるし」
エレベーターで四階へと上がる。津山の部屋は403号室だった。
「どうぞ」
「お邪魔します」
玄関を入ると廊下が伸びていた。その右手に浴室と洗面所があり左手にはトイレ。廊下の先は十畳ほどのリビングで、引き戸で区切られた部屋が一部屋。
キッチンは以前の部屋より大きい。リビングにはソファとこたつが置いてあった。
「社会人って感じだね」
「へへ、そう? 荷物はソファに置いていいよ。部屋着取ってくる」
そう言うと津山は引き戸の部屋へと入っていく。そちらが寝室のようだ。ごそごそと引き出しを開ける音がして、しばらくすると上下グレーのスウェットに身を包んだ津山が出てきた。
「渡辺さんも着替えなよ。これ洗ってあるから」
紺色のスウェットが差し出される。
「じゃあ、お借りします」
奈津はスウェットを受け取ると、洗面所で着替えた。
着替えながら彼氏の部屋に来た彼女みたいだと思い、事実その通りなのだと気付く。
(…………うわあ)
奈津は洗面所で一人、赤面した。
リビングへ戻ると津山が嬉しそうに相好を崩す。
「永遠の憧れのシチュエーション。俺の部屋着を着る彼女だね」
「そ、そうなんだ」
津山の視線が熱い。彼女と呼ばれるのも慣れなくて恥ずかしい。
奈津は再び赤面した。
「照れてるの?」
「これは照れるでしょ。み、見すぎだと思うし」
「…………マジかぁ」
「なにが?」
「付き合ったらこんなに可愛くなるんだあ、っていうマジか」
津山は奈津の側まで来ると、しげしげと奈津を見つめてきた。
「あの、じっと見られるのはちょっと恥ずかしいんだけど」
「うん」
頷きながらも津山は熱っぽい目で見てくる。
「なのであんまり見ないでもらえると」
「うん」
頷くだけの津山。視線は変わらない。
落ち着かなくて自分の腕を体に沿わすと、ますます見られた。
「つ、津山くん?」
「うん」
「なんか、がつがつしてない?」
「うん、してる。自覚はある」
「…………」
一歩も引いてくれない津山に奈津は困り顔になった。
「困る渡辺さんが可愛い」
「いや、困ってるからね」
「うん」
「何もしないんだよね?」
「うん?」
「…………」
返事が疑問形だったように思うが、奈津は突っ込まないことにした。
「えーと、ほら、夕ご飯にしよう? お腹空いたし」
困り顔のまま提案すると津山は「あー、可愛い」と言ってからやっと奈津から視線を外してくれた。
「遠慮も我慢もしなくていいんだと思うと、止まらないんだよなあ。嫌な時はちゃんと言ってね、渡辺さん」
「頑張る」
「くっそ可愛い」
「へっ?」
「ごめん。今日は心の声が全部出ると思う。俺、かなり浮かれてるから」
「そ、そっか」
「うん、とりあえず飯にしよう。お湯沸かしてこたつも付けよう」
津山はそう言うと夕食の準備を始めた。
準備といっても本日のメニューは津山はカップラーメンとゆで卵で、奈津はカップ焼きそばとサラダだ。どれもコンビニで買ったもので、だから準備はお湯を沸かすだけである。
「サラダはお皿に取ったりする?」
「いいよ、パックのままで大丈夫」
「ビールならあるけど飲む?」
「じゃあ、もらおうかな」
そんなやり取りをしながらこたつの上に夕食を並べ、向かい合わせでこたつに入った。
「付き合った記念だね、渡辺さん」
ぷしっとビールを開けながら津山が言う。
「そうだね」
はにかみながら同意すると「可愛い」とまた言われた。
「梅酒じゃなくて、ビールになったんだね」
唯一二人で酒を飲んだたこ焼きの時、津山は梅酒を飲んでいた覚えがある。飲み物の違いについて何気なく言うと、津山は苦笑いになった。
「梅酒はあのたこ焼き以来飲んでないんだ。軽いトラウマ」
「えっ…………」
「渡辺さんを傷つけちゃったからね」
「私、津山くんには傷つけられてないよ」
「そう言われるとほっとするけど」
苦笑いのまま津山はビールを飲み、奈津はそれ以上突っ込まずに自分もビールを飲んだ。
カップ麺とゆで卵、焼きそばとサラダをそれぞれ食べ終わると、津山はチョコレートを出してきた。
「食べる?」
「うん」
「コーヒーとかいる?」
「ビールで大丈夫」
「じゃあ食べてて、この辺は捨てとくね」
津山は机の上の空き容器を集めるとキッチンに持っていった。
シンクで容器を洗っているのが見える。ちゃんと洗ってから捨てるようだ。
そして戻ってきた津山は奈津の向かいではなく、隣に座ってきた。
こたつは小さなサイズなので一辺はけっこう狭い。二人で並ぶと足や腰が触れた。
「ち、近くない?」
「んー、そうだね」
するりと腰に津山の手が回される。
「ひゃっ」
びっくりして身を引こうとしたが、ぐっと力を入れて阻まれてしまった。
「津山くん!?」
「いや? くすぐったい?」
「だ、大丈夫だけど、あれ? 何もしないんだよね?」
「渡辺さんの嫌がることは何もしないよ」
「…………」
それはつまり、嫌がらなければ何かするのでは?
(そういう話だったっけ?)
「渡辺さんてこんな感じになるのかあ、隙だらけじゃん。あ~、可愛い。ちゃんと嫌がるんだよ」
腰にある手とは別の手が肩に回り抱き寄せられる。距離が近い。
「チョコ、まだ食べる?」
「……食べる」
食べると言えば引いてくれるかもと思って奈津はそう答えてみた。
津山に触れられるのは嫌ではないが、とにかく恥ずかしい。
でも津山は全く引かないまま、チョコを一粒つまむと奈津の口に押し付けてきた。反射的に口をあけると甘い粒が津山の指とともに入ってくる。
奈津の体温で溶けたチョコが津山の指につき、津山はその指で奈津の唇をなぞった。
「甘い?」
「…………」
囁くように聞いてきたのは、チョコのことだろうか。それとも指のことだろうか。
(うわあ、なにこれ)
正直、奈津はもうチョコの味なんて分からなくなっていた。顔から火が出そうだ。
真っ赤な奈津に津山はちゅっとキスをしてきた。
「チョコ味の渡辺さん」
「…………」
「キスはいや?」
「いやじゃ、ないけど」
「本格的なのはまだ怖い?」
「う、うん」
「じゃあ、少しずつにしようか」
「え」
いつの間にか奈津の後頭部に津山の手が回っていて、頭が固定されると津山はもう一度キスをしてきた。
角度を変えてじわじわとキスが続き、奈津はとろんとしてきた。
「津山くん、なんか」
「ん、大丈夫だからね」
津山はそう言ってキスを続け、なし崩しで奈津を再び手に入れた。




