15.脈なしのはずだった
奈津の社会人一年目の冬、津山とのスキーは年末の12月30日だった。
ここ二年は年始に奈津が誘う流れだったのだが、この年は津山の方からお誘いがあったのだ。連絡があったのは11月のことで、今年は随分前もって誘ってきたなあと思いながら奈津は了承の返事をした。
行きの車で津山はいつもより無口だった。奈津は昨年と同じく仕事でいろいろあるのだろうと思いそっとしておいた。
スキー場につく頃にはいつもの津山に戻っていて、スキーとボードを楽しみ昼過ぎに帰路についた。
最近はすっかり定番となった温泉にも浸かり高速に乗った後、津山は最初のサービスエリアに寄った。
ここはたまに寄るサービスエリアで、パンや眠気覚ましのコーヒーを買うことも多い。
奈津は特に気にせず車を一旦降りて念のためトイレに行き、りんごジュースを買って戻った。
助手席に座ると、津山は運転席でブラックの缶コーヒーを飲んでいた。
しばらく無言でコーヒーをすすった後、津山が大きくため息を吐く。
「はああぁ……もういいや。潔く振られよ」
ぽつりと呟いてから津山はハンドルに腕を置き、そこに顔を埋めた。そして奈津の方は見ずにこう言った。
「渡辺さん、好き。俺と付き合って」
小さな声だったが静かな車内では聞き逃しようもない。
奈津はリンゴジュースを開けかけていた手を止めた。
「…………」
(…………好き? 好きって言われた…………うそ)
ものすごくびっくりして信じられなかったが、奈津はとにかくすぐに返事をした。
「いいよ」
「だよね、断るよね。ごめん、今のは忘れてくれていいから………………ん?」
ハンドルに突っ伏したまま、ぼそぼそ言い出した津山はそこでがばりと顔を上げて奈津を見る。
「今、いいよって言った!?」
「え? う、うん。言った」
「何で!?」
(何で? 何でって何で?)
状況に付いていけないが自分の気持ちは伝えるべきだろうと思い、ドキドキしながら奈津は答えた。
「私も津山くんが好きだし」
津山が目を見開く。
「うっそ……」
信じられない、という顔で津山は奈津から少し遠ざかった。
「渡辺さん、俺のことが好きなの?」
ひっくり返った声。
「う、うん。ダメだった?」
津山の様子が変なので奈津は不安になってきた。告白は冗談か何かだったのだろうか。
しまったと青ざめる。
「ごめん、真剣に返すとこじゃなかったみたいだね」
「違う、真剣に返すとこだから! 俺、ずっと好きだったんだよ!」
「へっ?」
今度は奈津の声が裏返る。
(ずっと好き?)
「好きだったんだよ、でもアプローチしても全然脈なしだから諦めてて」
「ええっ、アプローチ!? し、してなかったよ」
驚く奈津に津山は頭を抱えた。
「嘘だろ? してたじゃん」
そんな風に言われて思い返してみるが、心当たりは全くない。
「好きとか言われたことないよ?」
「全然脈ないのに好きなんて言えるかよ。男なんて、八割いけると思わないと言わないよ」
「そ、そうなの?」
「繊細でデリケートなの、少なくとも俺はそうだから」
はああ、と再び津山はため息を吐いて顔を上げた。
「ちょこちょこ口説いてたのに反応薄いし、風邪で弱って電話しちゃった時も、もしかして部屋に来てくれないかなぁ、なんて下心あったのに空振りだった」
「風邪の時、行ってもよかったの?」
奈津が聞くと津山は呆れた顔になった。
「弱ってる時に電話するのは好きな子だからだよ? 来てほしかったに決まってるじゃん」
「迷惑になると思った」
「マジか……え? じゃあたこ焼きの時は? 俺、勝手に盛り上がって押し倒して傷つけたとばっかり……いや、でもあれはなかったよね、本当にごめん。すぐに謝るべきだったのに、渡辺さんに体目当てだったと思われたのがショック過ぎて頭真っ白だった。渡辺さんは完全に割り切ってる感じだったからそこから好きなんてもう言えなくて……ごめん」
津山は一旦言葉を切ると項垂れる。
「しばらくしてから、とにかく謝ろうとメールしたら明らかに避けられて、それにも落ち込んで連絡できなくなった。俺のこと、警戒してたよね?」
聞かれた奈津は小さく頷いた。
「体目当てにされたらどうしようって。自覚なかったんだけど、あの時には津山くんが好きだったから、そうなったら惨めだなあ、と」
奈津の言葉に津山の瞳が潤む。
「ごめん。俺、もっと早くに謝るべきだった」
「でも一方的に部屋を出ていったのは私だし」
「いや俺が好きって伝えてから手を出せよって話だしね」
「それを言われると、私も流されてるからお互い様だよ。手を出されたこと自体は嫌じゃなかったの。津山くんは、なんて言うか、や、優しく? してくれたし」
その当時を思い出して奈津は恥ずかしくなった。どんどんと居た堪れなくなる。
「かなりがっついてたと思うけど」
「そうなの?」
「あー…………うん」
津山の耳が赤く染まる。どうやら自分はがっつかれたらしい。
「そ、そっか。あの、やっぱりこの話は気まずいからもう止めよう」
どうしたっていろいろ思い出してしまう。奈津が困り顔で提案すると津山は苦笑いで引いてくれた。
「そもそもさあ、高校二年の時、全然気にもしてない子にスキー場で声なんか掛けないからね、仲いいわけでもなかったし。その後も、いくらスキー教えて欲しいからって何とも思ってない子を家族旅行に誘わないよね。まあ、ちょっといいな、仲良くなってみたいな、くらいのものだったけどさ」
コーヒーを一口飲んでから津山は言った。
「そうだったんだ」
「そうだよ。でも渡辺さんて考えが読みにくいし、隙もないし、俺も女の子として好きっていうよりは一緒にいてすごく心地いいからこのままボード友達でもいいかって思ってた。だからすっぱり諦めて彼女も作ったけど、一緒にボードに行く度にじわじわ好きが貯まるんだよ。これはダメだと思ったのは大学二年の時。そこから完ぺきに片思い」
「知らなかった……」
「匂わせてたんだけどな」
「全く分からなかったよ。さっき好きって言われてものすごくびっくりした。今もまだ実感はない」
じわじわと嬉しさがこみ上げつつあるが“嬉しい!”というよりも“ほんとに? ほんとに?”みたいな感じだ。
「…………俺もない。ねえ、ぎゅっとしたい、いい?」
津山はそこで両手を広げると体ごと奈津の方へと向いてきた。
「じゃあ…………はい」
奈津がお尻をずらして運転席の方へと寄って津山と向き合うとぎゅっと抱きしめられる。
津山の腕が背中に回り、耳元でその吐息を感じて少し現実味が増す。胸が嬉しくて痛い。
(津山くんが私を好き)
今さらながら奈津はドキドキしてきた。
「はああぁ、嘘みたいだ」
津山の手が奈津の後頭部を撫でる。
「俺の腕の中に渡辺さんがいるなんて……好き」
「わ、私も」
すぐにそう返すと津山の腕に力がこもった。
「もう振られてすっきりしようと思って、告白したんだけどさ。しといてよかった。すげー幸せ。うわあ、マジかあ」
すりすりと津山が頬を擦り寄せてきて、奈津は顔を赤くした。
「好きだよ、渡辺さん。もう一回“私も”って言って」
切なく請われて奈津は赤くなりながら繰り返した。
「私も」
津山が大きく息を吐く。
「はあ……これ、あれだ、コンヤハカエシタクナイ」
「えっ」
奈津は津山の言葉を反芻してきちんと意味を把握した。
今夜は帰したくない。
「俺の部屋に来て泊まって。ダメ? 明日休みだよね」
津山が腕を緩めて身を離し、首を傾げながら聞いてくる。思わず頷きそうになってから、奈津は頭を横に振った。
「それは…………展開が早い気がする」
「渡辺さんの嫌がることは何もしないよ」
「でも着替えもないし、ウェアでいるのは……」
温泉で下着は変えたが、着ているのはスキーウェアだ。これで家の中はしんどいと思う。
「俺の部屋着を貸すよ」
「…………」
「ね、何もしないから。一緒にいたい」
再び津山の腕に力がこもった。
“一緒にいたい”には胸がキュンとしてしまう。
結局奈津は「何もしないなら」と言って津山の部屋に泊まることを了承した。




