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スキー場でクラスメイトの男の子に声をかけられた  作者: ユタニ


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13/20

13.渋い女


12月31日、朝5時。奈津が十分前に家の前に出ると見慣れた水色の軽自動車はもう停まっていた。


「おはよう」

後部座席に荷物を入れて、助手席に座り込む。

「おはよう、渡辺さん」

津山は変わらぬ笑顔だ。


一年半前のことがあったし気まずいかも心配していたのだが、いつもの二人の空気が流れる。奈津はほっとしてシートベルトを締めた。


この関係を壊したくないと思う。奈津は津山への恋は自覚したが、関係を進めたいわけではない。

進めることで友人としてもいられなくなったり、万が一にもまた体を求められたりするのはきっと辛い。奈津としては津山とは友人のままでいいのだ。

奈津は小さく息を吸って吐いた。


コンビニに寄ってそれぞれの朝ごはんを買い、何を買ったのか報告しあいながら真っ暗な町を進む。

そうして車が高速に入ってから津山は奈津の方は見ずにこう言った。


「この間は、ごめん」

津山の声色は真剣で静かだった。思わず津山の方を見ると真っ直ぐに道路の先だけを見ている。


この間とは昨年の夏のことだろう。奈津の背中がヒヤリとする。蒸し返されるとは思っていなかったのだ。あれは忘れてほしい出来事だ。


「俺の部屋で……ごめん」

「ううん」

「……勝手だったし、無理やりだったんじゃないかって」

「無理やりじゃなかったよ」

「いや、でも」

「同意はしてたと思う」

あの時、奈津は津山をもう好きで、だから別によかったのだ。


「えっ」

津山が驚いた顔をこちらに向けてきて、奈津は慌てて付け加える。

「あの、でも、またするとかは困るから」

きっと拒めないし、体目当てにされるのは絶対に嫌だ。惨めすぎる。


「それはしない! しないよ」

津山は慌てて食い気味に言ってきた。

「なら、いいよ。この話は終わりにしよう。ちょっと気まずいし」

「あ……うん。分かった」

拍子抜けしたような声で津山が答える。


少しの沈黙の後、津山は大きく息を吐いた。

「俺さあ、もう渡辺さんは誘っても来てくれないかもって思ってたんだ」

「そうなの?」

「クリスマスのメール、朝から何度も書いては消して、書いては消してで、やっと送れたのは夜だからね」

そういえば、メールがきたのは夜だった。


「クリスマス、朝から晩までずっと渡辺さんのことだけ考えてた」

「そ、そうだったんだ」

「俺にとって渡辺さんって特別だから」

それは得難いスキー友達としてなのだろう。


そういう風に言ってくれるのは嬉しかった。どうやらあの夏の日、重たくて面倒だとは思われなかったようだ。今の奈津にはそれで充分だ。奈津はふんわりと微笑む。


「私もそうだと思う。津山くんは特別な友人だよ」

奈津がそう言うと、津山は少し寂しそうにも見える顔でからりと笑った。


そんな風にしてその冬、奈津は津山と一緒に三回、日帰りスキーへ行った。

翌春、奈津は大学院へ進み、津山は社会人になった。



大学院に進んでからは、研究室主体の生活になった。培養中や計測中は拘束時間が長く不規則なので日々のバイトは続けるのが難しくなり、奈津はバイトは基本的には休みの土日にできるものに変えた。


大学院の生活は忙しいというよりは自由な時間が取りづらいという感じで、午前中だけ作業するような日が続く時もあるし、寝袋を持ち込んで一週間ほど泊まってしまうこともあった。

休みであるはずの土日に出て来なくてはいけなくなることも少なからずあったし、二時間に一回のちょっとした作業のために一日中研究室に詰めているような日もあった。


泊まり込みが続く時は晶が面白がって一緒に寝袋で泊まったりもした。晶は別の研究室に学部生として所属していたのだが、奈津の研究室にもよく遊びに来て入り浸っていたのだ。


最初は人見知りするが、一旦打ち解けるとしっかり懐く晶は奈津以外の先輩や教授からいろいろ可愛がられていたけれども、本人曰く「奈津ちゃんが一番だから」らしい。

そう言われると照れるが嬉しい。


研究室は居心地が良かったし、ワンダーフォーゲル部で培った体力で泊まり込みが続いても身体を壊したりはしなかった。

奈津は元々娯楽は少ない方なので、自由時間の少ない生活は苦ではなかったが津山とのスキーは別だ。


その年の12月、奈津は初めて自分から津山にスキーのお誘いのメールをした。年末年始は大学自体が閉まるため、完全に確実に休みなのだ。だから早めに予定を確保しておきたかった。



❋❋❋


「俺はいつも、一体いつになったら渡辺さんから誘ってくれるんだろうって思ってたんだよ」

1 月2日の朝5時、いつもの水色の軽自動車でやって来た津山は開口一番そう言った。


「えっ」

「いつもいつも俺からじゃん」

「でも車だしてもらってるし、私からは誘いにくいよ」

「そんなの気にしなくていいよ、いつでも誘って」

そう言って目を細める津山は少し大人びている。


「何か大人っぽくなったね」

「ほんと? 働きだしたからかな。でも、渡辺さんの方が大人っぽいけどね」

「全然変わってないと思うけど」

院でだらだら過ごさせてもらっている自分はいつまで経っても未熟だ。


「渡辺さんは、高校の時からずっと変わらず大人っぽいよ」

津山の言葉に奈津は驚いた。どちらかというと自分は幼稚というか、子供っぽいと思っていたのだ。


「地味なだけなんじゃ」

「いや地味って言うよりは控えめじゃないかな。渋いとかさ。あ、いい意味での渋いだからね」

「渋い……」

渋い女ってどうなんだ、とは思うが悪い気はしない。地味より格上な気もした。


それから津山は「大学院って何してるの?」と聞いてきた。

奈津は研究室の大まかな内容と自分の関わっている研究について簡単に説明する。


「ふーん、それで渡辺さんは具体的には日々何をしてるの? 何か全然想像つかないんだけど」

「具体的かあ……えーとね、菌のお世話をしてる」

「なにその簡単そうなの」

「それが、けっこう面倒なんだ」


奈津が今、力を入れているのはターゲットにしている菌を簡単に安く増やす方法の模索である。

研究室が五年前に見つけたその菌の好きな温度や餌を揃えて、安定して利用できるように増やすのだ。

お世話に必要な材料は手に入りやすいものがいいし、できれば安価な方がいい。

という訳で奈津は日々、手を変え品を変え、ターゲット菌のご機嫌を取り、せっせと世話をしている。


奈津は特に餌に注目をしていて、餌の組み合わせや配合の割合を少しずつ変えて何通りも試し、どの組み合わせと割合が一番適しているのかを探っている。


日々、スポイトでちょこちょこいろんな物を入れて餌を作り、その餌を増やして容器に入れてそこに菌を投入し、餌の種類ごとにラベルを貼る。

その後、菌を培養して増え方やその速度を記録する。


ちまちまちまちました作業だ。

料理の作り置きを延々と小皿で作っている気になったりする。


「そんな感じでひたすら細かいよ。ラベルが剥がれて何の餌だったか分からなくなってたりしたら地獄」

「あはは、地獄だ。俺はそれ無理だなあ」

「向き不向きはあると思う」

「俺は研究向いてないね。とにかく早く自分で稼ぎたかったし」

「どうして?」

「好きな物買って、好きなことできるじゃん。ある程度だけどさ」

そんなものだろうか、と奈津は思った。


奈津は小さい頃から好きな物や、やりたいことが少なかったのだ。自分から手を伸ばして取りに行ったのはスキーの技術くらいな気がした。

さぞかしぼんやりした子供だったんだろう。それに比べると、今の自分はもう少し自分のことを分かっている気はする。これが大人になったということだろうか。


「でも、学生の時みたいには時間がないんだよ。あの時はひたすら時間だけはあったからなあ。ボードもあんまり行けなくなっちゃったし」

津山は残念そうに付け加えた。


「そうなの?」

「土日しか行けないし、休みは土日だけだから他のこともしようと思うとどうしても行く頻度は減るよね。友達とも予定が合いづらくなるし」

そう言った津山は、全体の雰囲気が少ししっとりとしているように感じた。

やっぱり社会人になって大人っぽくなったなと奈津は思う。

結局、大学院一年目のスキーはこの一回だけになった。



❋❋❋


大学院二年目の春、晶が奈津の研究室に院生として入ってきた。

元々けっこう入り浸っていたので違和感はない。奈津は朝も昼も夜も晶と過ごすことが増えた。


その年の夏から秋にかけては、奈津は修士論文のためのデータがなかなか揃わず精神的にしんどい時期で、よく頭を抱えていた。


「奈津ちゃんでも焦ったりするんだね、卒論の時は全然大丈夫そうだったのに」

「まだ、こんなに焦らなくてもいいのは分かってるんだけど、早めにめどをつけておかないと不安になる。夏休みの宿題とかも7月中に終わらせるタイプだったから」

奈津の答えに晶が「7月中……うへぇ」と顔をしかめる。


「私とお兄ちゃんなんか、宿題はいつも最終日からだったよ。始業式の朝5時に起きて絵描いたこともあるもん。大丈夫、何とかなるよ」

晶はそう言ってチョコレートを一粒くれた。


それからも奈津が談話室でどんよりしている時、晶はお菓子やミルクティーをおごってくれた。

12月にはなんとかまとまりそうな兆しが見えてきて、その年も奈津は自分から津山を正月スキーに誘った。



正月スキーの日、津山は珍しく少し疲れているようだった。

「仕事でしんどいのが重なっちゃってさ。今年もきっと渡辺さんが正月に誘ってくれるはず、と思って、この正月のボードだけを頼りに何とか頑張ったんだよ」

弱々しい笑顔で津山が言う。


「仕事、辛いの?」

「うん、まあ、しょうがないことではあるんだけど」

「愚痴、聞こうか?」

「いいよ。仕事の愚痴って面白くないよー。解決策もないしね。それに渡辺さんに仕事の愚痴まで言うようになっちゃったら、俺、渡辺さんから離れられなくなりそうだからやめとく」

離れられなくなると言われて奈津はドキッとしてしまい、慌てて話題を変えた。


「晶が実家に連絡しろって怒ってたよ」

「晶は? 元気?」

「うん、研究室一緒になって、最近はずっと一緒に居るよ。晶だけにでも連絡してあげなよ」

「あいつ、連絡したら、何で連絡しないんだって怒るんだよ」

津山は、今年も渡辺さんとスキーに行けるのはこの一回だけなんだろうなあ、と言い、その通り、このシーズンも津山とのスキーはこの一回だけだった。



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