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スキー場でクラスメイトの男の子に声をかけられた  作者: ユタニ


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12/12

12.まさかの恋


鬱々とした大学三年の冬、奈津の癒しは圭吾(けいご)だった。

圭吾とは兄のところの甥っ子である。御年一歳半。「あー」とか「ううあー」とか言いながらとたとた歩く姿が堪らなく可愛い。

腕はちぎりパンみたいにムチムチで、ほっぺはぷるぷる。近くに来るだけで大人達の顔をだらしなく崩れさせる天使だ。


年末年始は兄と理子がゆっくりと奈津の実家に滞在したので、奈津は津山との出来事でじくじくしていた心を圭吾で埋めた。


年明けに大学が始まるとワンダーフォーゲル部でクロスカントリースキーもした。汗をかきながらパタパタとスキーで歩くのは爽快で、女子部員皆で入る温泉も格別だった。


晶は奈津が落ち込んでいることに気付いているようだったが、特に突っ込んでくることはなくそれはありがたかった。


そうやって奈津の気持ちは少しずつ前を向き、春、奈津は大学四年になった。

四年になった奈津は就職はせずに大学院に進むと決めていた。

研究室が自分に向いていると思ったのだ。自分の将来のイメージはまだぼんやりしたままで、この状態で働きだすのは違うとも思う。自分はいろいろと奥手らしい。


現在所属している研究室のままで院に進むつもりで、面接や試験等はあるが教授も推してくれている。真面目に取り組んでいれば落ちることは滅多にないらしい。奈津はのんびりと四年生を過ごしだしていた。


そんな四年の5月、ワンダーフォーゲル部の追い出しハイキングがあった。

就職活動が始まる大学三年の冬くらいから部活に顔を出す部員の割合は減っていき、四年になるとほとんどの者が来なくなるので、この時期にけじめの行事として毎年行っているものだ。


何となく、四年間の思い出を語り合ったりしながらのんびりと近場の山に登って下りてくるだけの行事だが今年は追い出される側だったので感慨深かった。


そのハイキングの帰り。奈津が晶と二人で帰ろうとしていると「渡辺さん、ちょっといいかな」と声をかけられた。


振り返ると同じ学年の中村という男が立っていた。しゃべらない仲ではないが特に親しくはない同級生。


中村の顔は緊張していて奈津は嫌な予感がした。

奈津だって男女の機微に全く疎いわけではないのだ。いつもはしゃべらない男が、がちがちな様子で声をかけてきたら何を言われるのかの予想くらいはできる。しかも今日は四年生最後の部活でもある。


晶はすぐに気配を察して、じゃあまたね、と言ってすたすたと行ってしまった。

できれば一緒に居て欲しかったが、そんな子供じみたことはできるわけもなく、奈津は中村と並んで駅まで歩きだした。


「僕、渡辺さんが好きです。付き合ってくれませんか?」

歩き出してすぐに中村は単刀直入に言ってきた。

もしかしたら、と思っていたので驚きはない。


奈津が最初に思ったのは、困ったなだった。

中村は一年の時から部活で一緒の男だ。学部は違うので顔を合わせるのは部活の時だけなのだが、部活中も気安く話したことはない。

泊まりで行く登山の時も親しくしたことはない。


会話らしい会話はしたことはないのに、なぜ中村が自分を好きになったのかが分からなかったのだ。


奈津としては中村のことは好きでも嫌いでもなかった。ある程度の好感はあるがそれだけだ。

だから好きと言われても戸惑ってしまう。


(悪い人じゃないのは知ってるけど……)

それだけで付き合うのは違うだろう。何となく付き合ってみるなんて、自分にできるとは思えないし、嫌だった。


「あんまりしゃべったこととかないし、ちょっと、その」

何とかして断りたい。しかし適当な理由は思い付かない。

困る奈津に中村は必死な様子でこう言ってきた。


「あの、とりあえず一度一緒に出かけませんか?」

「…………」

その誘い方はさっきの“付き合ってください”よりすんなりと奈津の中に入ってきた。


「それなら、はい」

そう答えると、中村は、良かった、と言ってすごく嬉しそうに笑う。

奈津はなぜか申し訳なくなった。


次の日曜日に出かける約束をして中村とは別れた。

夜、晶から心配している様子のメールがきて、奈津は大丈夫と返す。


そして日曜日、奈津は人生で初のデートに出掛けた。

津山とのスキーはデートにカウントしないので、これが人生初となる。


初デートは動物園だった。動物は嫌いではない。動物がいれば会話に困らないし、動物園には絶対に動物がいるという理由からのチョイスである。


「おはよう」

待ち合わせ場所には中村が奈津より早く着いていた。こうやって二人で外で会うのは変な感じだ。

去年の夏に津山と並んで歩いたことを思い出す。あれも変な感じだったけど、今より気持ちが弾んでいたな、なんて思ってから奈津は慌てた。


(待って、何を比べてるの。やめよう)

奈津はすぐに半袖短パンの津山を打ち消した。


お弁当と飲み物を買って、中村と二人で動物園に向かう。

園内では中村が気を遣っていろいろと話してくれる上に、困ったら動物について話せばいいので会話は何とかなった。


傍から見ると奈津と中村はそれなりにお似合いのカップルだろう。デートの雰囲気も和やかだ。だが楽しいかと聞かれるとあまり楽しくはない。

中村と過ごすのは不快ではないが、うきうきしないのだ。


(デートって、こんなものなのかな)

ぼんやりと猿を見ながら奈津は考える。これなら津山とのスキーの方がずっと楽しかった。もちろんスキーというのもあったけれど、津山とは行き帰りの車も楽しかったのだ。


(だから、津山くんは今、関係ないから)

奈津は今度はボードウェアの津山を追い払い、隣の中村をそっと見た。


中村はカッコいいタイプではないけれど、堅実そうで清潔感のある男だ。今はぎこちないけれどデートを積み重ねていけば好きになったりするんだろうか。


(私、恋した経験ないから分からないなあ……)

奈津は中村から視線を外し、再び猿の動きを追った。


お昼を食べてデートは順調に進み、最後にコアラを見て帰ろうとなる。

そしてコアラ舎に向かっている時、中村が手をつないできた。つなぎ方が唐突だったせいもあるが、手に触れられた瞬間、奈津はぞわっと背中が粟立ってしまう。


(あれ?)

自分の反応にびっくりした。

男と手をつなぐのは初めてだが、自分はキスもセックスも経験済みだ。手が触れるだけでこんなに拒否反応が出るなんて思ってもみなかった。

でも今、中村に肌に触れられていることがすごく嫌だ。


「ごめんなさい」

奈津はそう言ってそっと手をほどいた。中村もごめんと言ってそれ以降は接触してこなかった。

そこからはぎくしゃくしながらも無事に動物園デートは終了し、中村とは駅でさよならをした。


そうして帰りの電車の中、一人で座席に座りながら奈津は突然に、頭を叩かれたように、自分の中で津山が特別だったのだと気がついた。


中村に手を繋がれるのは我慢できなくて、津山に触られるのは平気だったのは、相手が津山だったからだ。

奈津の中で津山が特別だったから、あの夏の日も平気だったのだ。


(私、津山くんが好きだったんだ)

愕然とした。奈津は自分の気持ちに全く気付いてなかったのである。

嬉しそうだった中村に申し訳なく感じた理由が分かった。嬉しそうにされても応えることができなかったからだ。


続いてあの夏の日に、どうして津山を受け入れたも分かった。どうしてキスが気持ちよかったのかも。そしてその後、どうしてあんなに辛かったのかも。

津山が好きだったからだ。


(…………うそ)

まさか恋をしていたなんて。しかも今気づくなんて迂闊すぎる。


(どうしよう、今さら好きとか)

心臓をぎゅっと掴まれたような嫌な感じがした。

だって奈津はもう津山に愛想をつかされている。きっとこれから先、津山から連絡がくることはない。

恋を自覚したところだが、その恋はもう終わっているのだ。


(あ、泣くかも)

車内でじわじわと涙がこみ上げてきて、奈津は慌てて次の駅で降りた。

構内のトイレに駆け込んで座り込む。一人で泣ける場所まで来ると、涙は後から後から出てきた。


(失恋してたんだあ……)

あの夏の日、自分は失恋していたのだ。魔が差した津山に手を出されて、好きだからそれを許し、挙げ句に勝手に傷ついた。

トイレットペーパーをくり出して涙と鼻水を拭う。最終的に奈津はしゃくり上げて泣いた。


「…………はぁ」

ひとしきり泣いて気持ちが治まると奈津は立ち上がった。

大きくなってからこんな風に泣いたのは初めてだった。失恋ってこんな感じだったのかと感心して、これはしんどいなと思う。

たくさん泣いたせいか気分はないでいるが胸はじくじくと痛かった。


奈津は火照った顔を洗面で洗って冷やしてから家に帰った。

中村には結局、正式にお断りの返事をした。



その後、奈津は卒論の準備に加えて大学院のための論文やら面接対策やらで忙しくしていて、何やかやと夏と秋は過ぎた。

忙しかったせいもあるが、自分の気持ちをしっかり把握した分、去年よりも落ち込み具合はマシだった。わけも分からず傷ついていた去年と違い、好きだったからだと分かっていれば前向きになれたからだ。


(でも、冬は津山くんとのスキーを思い出すからちょっと辛いんだろうな)

徐々に気温が下がって冬が近づくと、胸はちくちくと痛んだ。


(失恋の一つくらいしといた方がいいし、これでよかったんだよ)

なんて無理やり前向きに考えだしていた冬、クリスマスの夜に津山からメールがきた。


〈久しぶり、大晦日にスキーに行きませんか? 5時に迎えに行く〉


簡潔なメール文。

最初の文は疑問形なのに、結びは宣言になっている。不思議な決意が感じられるお誘いだった。


でも奈津は津山の決意に気づく余裕はなく、すぐに〈いいよ〉と返事をした。

返事をする間、息を止めてしまっていたようで画面を閉じてから大きく息を吸う。


「……よかったぁ」

スマホを伏せてからぽつりとこぼす。奈津はへなへなとへたり込んだ。


「よかったぁ、まだ、友達だった」

津山とはまだスキー友達でいられるらしい。それがただ嬉しかった。




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