11.大学三年の夏の日(2)
やがて奈津の頭と背中に回されていた津山の手が動き、ブラウスのボタンにかかる。
奈津はぼんやりしながらもこれはセックスをする流れなのだと理解はしていた。
どうすればいいのか分からないが、津山の手は不快ではなかった。
流されるままになりながら、奈津ははっとする。
(そうだ、ボード!)
奈津の足にはボードがはまったままなのだ。
「つ、津山くん」
「ごめん、嫌?」
「ううん、違う。その、これ、ボードを取って」
足固定でするとか上級者すぎると思う。必死にそう訴えると津山の喉が大きくごくりと鳴った。
「津山くん?」
「取らなきゃダメ? これ、なんか燃えるんだけど」
その返事に奈津は涙目になった。
「やだ、取って」
津山はぐうと唸ると「わかった」と言い、ブーツと板を外してくれた。
後は流された。
衝撃に固まる奈津を津山はなだめるように撫でてくれた。
(…………いたしてしまった)
事後、奈津は呆然とする。
(セックスをしてしまった……津山くんと)
奈津はのろのろと服を身につけた。
(想像してたより、あっさりというか、簡単だったけど……えーと、でもこれ、付き合うとかではきっとないよね)
そう考えた奈津の背中がヒヤリとする。自分の気づきに胸が苦しくなるが、それは揺るがない事実だ。目を反らしてはいけない。
奈津はどくどくする心臓を抑えて結論づけた。
(津山くんは、魔が差したとかだよね。うん、絶対にそう)
導き出した答えに奈津の頭はざあっと冷えた。
ジーンズの肌触りがやけにごわごわした。さっきまで津山の温かな肌を感じていたから余計に。
(とにかく、何でもない風にしないと。間違っても彼女面とかしちゃダメだから)
自分に言い聞かせながら奈津は黄色いブラウスのボタンを止めた。
「渡辺さん、初めてだった?」
奈津から少し離れたところで短パンを履き終えた津山が聞いてくる。
奈津はびくっと肩を揺らした。
がっつり初めてである。キスも裸を見られたのも何から何までこれが初めてだ。
(ファーストキスに処女まであげたなんて、お、重たすぎない? 責任取ってみたいにならない?)
奈津は一度、小さく息を吸って吐いてからできるだけ何でもない顔を作って聞き返した。
「津山くんは処女としてみたかったの?」
聞いた途端に津山の顔が強張る。それは怒っているようにも見えた。
「…………えーと、いや」
津山の歯切れが悪い様子に奈津の胸には苦いものが広がった。
やっぱり魔が差しただけなのだ。
クーラーの風が頭を撫でる感覚がやけに気になる。
「…………ごめん、帰るね。今日のことは気にしないで。私もそうするから」
奈津は何とかそれだけ言うと、鞄を掴んでパタパタと玄関へ走った。背後から焦った津山の声が聞こえるがこれ以上ここにはいれなかった。
だって、彼女面しそうになる。
「初めてだったんだよ?」「私達って付き合うの?」って聞きそうになる。
流されるままに受け入れたけれど、キスもセックスも奈津にとっては途方もなく大きな体験で、そんなことをしたからには付き合うしかないように思う。
だけど、津山は違うだろう。
(きっと違うから。魔が差しただけだから!)
そうなると、奈津が迫れば迷惑に違いない。
奈津は適当に靴を履くと逃げるように津山の部屋を後にした。
❋❋❋
それから秋に一度、津山から他愛ないメールがきて奈津は用心深く返事をした。
また部屋に誘われたらどうしようと不安になったのだ。部屋に誘われて体を求められたら、上手くかわす自信はない。
そうなったら自分はひどく傷付くだろうと思った。
奈津の硬い返事に返信はなく、それきり津山からのメールは途絶えた。
そしてその冬、津山からのスキーの誘いはなかった。
お互いに大学三年だったし、就職活動で忙しくなってきていたからそのせいもあっただろう。
晶も「こないだ珍しく実家に来たお兄ちゃんがスーツ着ててびっくりした」なんて言っていた。
だからスキーやボードに行く余裕がないのだろう。
でも誘われないのには、この夏の出来事が主な原因なんだろうな、と奈津は思った。
事後の自分はできるだけ軽く振る舞ったが、どこかで間違っていたのかもしれない。
津山は奈津が面倒になったのだろう。その考えはけっこう奈津を苦しめた。
そして奈津はあの日、津山と関係を持ったことを深く後悔もした。
あの時、奈津がノーと言えば津山はきっと無理強いしなかっただろう。キスにうっとりせずにきちんと拒絶すべきだったのだ。
関係を持った結果、津山との交流が途絶えてしまったことは辛いことだった。




