1.スキー場で
新年早々の1月3日、奈津は大学生の兄とその彼女と一緒に朝5時に車で家を出て、7時半にスキー場に着いた。
奈津の自宅周辺に雪は積もらない。スキーをしたければ車で二時間半ほどかけて雪山までやって来る必要があるのだ。
「着いたなあ」
運転してくれていた兄が言い、各々車を降りて伸びをする。
「私、リフト券買ってくるね」
着いたからには早く滑らねば時間がもったいない。日帰りなので昼すぎには帰路につかなければならないのだ。
ウェアは車の中で既に着込んでいる。奈津は自前のスキー用ブーツと板を持ち、さっさとセンターコートへと歩き出した。
「おー、じゃあ俺と理子はボードレンタルしとくな」
「奈津ちゃん、ありがとー」
兄孝明と彼女の理子の声が背中からかかり、奈津はひらひらと手を振って応えた。
スキー場のセンターハウスでトイレを済まし靴を履き替えると、リフト券を三人分買ってレンタルコーナーに居るはずの兄達の元へと向かう。
リフトは8時から運行開始なので、センターハウスは早朝組のスキーヤーやボーダー達が続々と行きかっていた。奈津は一年ぶりのスキー場の雰囲気にわくわくしてくる。
「あれっ」
早足で歩いていると、すれ違ったカップルの男の方がすれ違いざまにそう言った気がした。
忘れ物でもしたのかな、と思いながら気にせずに進むと五、六歩歩いた所で後ろから声がかかった。
「渡辺さん?」
渡辺は奈津の苗字だ。驚いて振り返ると、おそらくさっきすれ違った男が戻ってきていた。
男は背が高く、上下とも白いステッチの入った黒いウェアを着ている。足元はレンタルではなく自前のボード用のブーツ。顔はからし色のニット帽とミラーのかかったゴーグルで覆われていて全く判別できない。
誰なのか分からなくて戸惑っているとそれに気付いて男はゴーグルを取った。
「ごめん、ごめん、びっくりしたよね。俺、同じクラスの津山。分かる?」
男は同級生の津山隼人だった。
(うそぉ)
奈津は呆気に取られて口を開けた。
津山は今年の春、高校二年になってから同じクラスになった男の子だ。授業や行事で必要にかられてしゃべったことはあったが、きちんと話をしたことはない。
そもそも、奈津は男子とはほとんどしゃべらないのだ。クラスではいつも決まった女子の友人二人とずっと一緒に過ごしている。クラス内での立ち位置はどちらかというと、というか、しっかり地味な方だ。
対する津山は誰とでもしゃべる明るい男の子で、クラスの中心的なグループに属している。そんな津山が奈津に気付いて声をかけてくるなんて驚きしかなかった。
しかもこんな場所で。
「…………」
奈津が言葉を失っていると、津山は首を傾げた。
「あれ? 渡辺奈津さんだよね?」
まさかのフルネームが出てきて、奈津はがくがくと頷く。
「俺のこと分かんない? 津山隼人だよ。席も一回隣になったんだけどなあ」
席が隣になったことがあるのも奈津はちゃんと覚えている。でもその時も特に話したりはしなかったので、津山が隣の席を覚えてくれていたのは衝撃だ。
(なんでこんな地味女子が隣だったのまで覚えてるの)
ますます驚いて反応のない奈津に、津山は困った顔になった。奈津はこれ以上失礼があってはならないと慌てて返事をした。
「すみません。分かります」
「よかったあ」
「びっくりしすぎて、固まってしまいました」
「ふふ、なんで敬語なの? スキーしに来たの? スキー靴だしボードじゃなさそうだよね」
津山は奈津が反応したのにほっとしたのか、屈託なく笑う。
「スキー」
「一人?」
「違う。兄とその彼女と一緒に」
奈津はぎこちなく敬語をとった。
「へー」
「つ、津山くんは、えーと、彼女と? あれ? 弟さん?」
少し離れた所で、津山と一緒に居た子がこちらを見ていた。
華奢な体付きのようなので女の子だと思われるが、津山と同じく上下とも黒いウェアを着て、ポンポン付きの帽子を深くかぶってゴーグルをしているので顔は見えない。その髪は短いようなのでひょっとしたら男の子かもしれない。
「あー……いや、あれはね、狙ってる女」
津山は少し迷ってからにやりとして、小声で言った。
「ね、狙って……」
「じゃあ、またもし会えたらね。スキー楽しんで」
“狙ってる女”にどうリアクションすべきなのか迷っていると、津山はそう言って狙っているらしい女の方へと戻っていった。
奈津がその子へと少し頭を下げると、相手の子も少し頭を下げて挨拶を返してくれた。帽子のポンポンが揺れて可愛い。
(きっと綺麗な子なんだろうな)
津山は背が高くて爽やかな外観で、女子の人気もまあまあ高い男の子だ。明るい性格で、でも子供っぽい所はない。
クラスで一番人気とかではないし、少し軟派な感じを嫌がる子もいるが、多くの女子から「津山くんってちょっとかっこいいよね」と言われているような男子である。
そんな津山が狙うからには、あのポンポン帽の子はきっと美人なのだろう。
別にショックはなかった。奈津は特に津山が好きとかではない。
でもクラスの爽やか男子に話しかけられて大分嬉しかったし、ドキドキはした。そもそもプライベートで同じ年代の男の子としゃべったのは小学生以来だったのだ。
奈津は学校内で男子と話す必要がある時は、あらかじめ言うことを決めてからでないと上手く話せないような女子である。
クラスで普通にふざけ合っている男女を見ては、皆、なんて大人っぽいんだろうといつも思っていたくらいなので、こうして何とか話せた自分が誇らしい。
(はあーっ、ちゃんと話せたあ)
足がフワフワして、兄達と合流しても買ったリフト券を渡すのを忘れるくらいに動揺していていた。
兄に言われてリフト券を渡し、フワフワしたまま機械的にゴーグルと帽子を被って板をはめて兄達と一旦別れてリフトへ乗った。
その後、山頂に向かうリフトでやっと落ち着きを取り戻したのだが、今度は津山にまた会ったらどうしよう、何て挨拶したらいいんだろう、とやきもきしてしまう。
気もそぞろなままゲレンデを滑り、お昼に兄達と昼食にした時もそわそわしたままだった。奈津は手早くカレーを食べてさっさと外へ出た。
結局この日、津山と再び遭遇することはなかったけれど、津山が滑っている所はリフトから二回見た。
そうだろうと思っていたけれど、津山はスノーボードが上手だった。
かっこいいな、とスキーしかできない奈津は思う。
二回目に津山を上から見かけた時は、ちょうど大きくクラッシュしたところで、少し後ろを滑っていたポンポン帽の女の子が笑いながら近付いて行って手を差し伸べていた。
(わあ、ドラマみたい)
奈津はそんな様子をドキドキしながらリフトから見ていた。
お読みいただきありがとうございます。
あらすじにも書いたのですが、こちらはムーンにてR18で投稿していた話の全年齢版になります。
完結済なので、毎日7時と18時に予約投稿にしてみました。20話完結。
R18版と内容は同じです。ちょこっと加筆もしてますが本当にちょこっとなので、読んだことのある方はご注意ください。




