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【短編小説】『おひっこし』

掲載日:2025/12/30

職員Mちゃん様主催の「ワンライ」ディスコードサーバで開催された第二回の作品です

 戦国時代に行っていた自衛隊が戻ってきたニュースのあと、異世界を漂流していた学校の破片が採取された記事を読もうとしたところで車が止まった。

 運転をしていた不動産屋の女に続いて降りる。

 目の前にあったのは、外観としてはどことなくソビエトモダニズム的な雰囲気のあるマンションで、わりとおれの気に入った。



 静かなエレベーターに乗って着いた五階にあるドアの先には薄暗い部屋が広がっていて、内見に同行した不動産屋の女は、低血圧気味のため息をつきながら壁のスイッチをまさぐっている。

 やたらタイトなスーツが煽情的だが、もう五軒目となる内見におれは疲れ果ててそれどころじゃなかった。



 もうここに決めよう。

 角部屋だし駅近だしスーパーも近い。バイク置き場もあるから、おれの大型バイクだって安心して停められる。

 飲み屋とか飲食店は駅の向こうだけど、逆に言えばゴキブリの心配も少ない。

 コンビニは駅に併設されているし、文句が無い。そうだ、文句が無い。なんの文句も無いぞ。ここがいい。ここにしよう。



 しかしなんでこんなに家賃が安いのか。

 ゴミ捨て場の感じを見ても周辺の治安は悪くなさそうだし、暴力団や宗教関係で何かあるわけでも無さそうだった。

 隣人は窓辺の飾りやドア周辺の荷物を見るに、少しヒッピー的な文化に憧れを持っているタイプかも知れない。

 それくらいなら構わない。



 よし、この部屋に住もう。

 おれはここでの生活をシミュレートしようとしたが、いかんせん眠い。

 脳内で家具を配置する前に、なんなら今から入居してこの床で眠りたいくらいだ。

 ほどよく静かな環境も良い。

 大通りも無いし、学校や病院も少し先だ。今すぐに眠れそうだが、それにしても──



「暗いですね、この部屋。たしか南窓だったと思うんですが。景色とかは……」

 おれがそう言うと、不動産屋の女は小首を傾げて

「ご覧になりたいですか?」と訊いた。

 そうだ、その景色を見たい。五階なら程よい高さだろう。

「はい、是非」

 と答えると、不動産屋の女は「少々お待ちください」と言って押し入れから強化プラスチックの盾や鉄ヘルメットを出しておれに装備を促した。



「これは何ですか?」

 だが不動産屋の女はそれに答えず「こちらの書類にサインをお願いします」と言って誓約書を渡してきた。

「死傷するような事があっても御社には一切の責任を問いません……?」

 おれは何も考えずにサインをすると、同じように鉄ヘルメットを装備した不動産屋の女が説明を始めた。

「それではいち、にの、さんで窓を開けますのでそれ以降はご自身の責任となります。よろしいですね?はい、それではいち、にの、さん」



 雨戸だと思っていたが、そこに嵌められていたのは鉄の戸であった。ガラスは無い。

 そしてそれが開いたと思った瞬間、ベランダの向こうから幾多もの矢が風切音と共に飛んできた。

 甲高い音で鉄戸に当たる矢、ベランダの手すりに当たって落ちる矢、そして正確におれの持つ強化プラスチック製の盾に刺さる矢。

 どれも弓道で見るような矢では無く、映画で見るような装飾のついた攻撃的かつ殺意のこもった矢だった。



「ちょっと、これ何なんですか」

 矢の衝撃に思わず声を大きくして不動産屋の女に訊くと、涼しい顔で「裏には先住民族の方達が住んで居られますので」と言った。

「先住民族?東京の23区に?」

「そう言うこともございますね」

 確かに自衛隊も戦国時代に行ったのだ。ソビエトモダニズム建築のマンション裏に、センチネル島的な生活をする先住民族がいてもおなしくない。



「しかしこれは瑕疵物件に該当するのでは?」

 家賃をまけさせてやろう、あわよくばワンチャンを狙って連絡先くらい訊きたいと言う下心でダメ元の質問をしたが、不動産屋の女は無表情のまま

「当社にもそう言った事にかんする規定は御座いませんし、法律的にも物件の裏に出現した先住民族の方達に対する制限などもありません」と答えた。タイトスカートの奥に矢先のような三角が見えた。



 おれは飛来し続ける矢の風切り音を聞きながら、自分の勃起が生命の危機による本能なのか不動産屋の女に対する春情なのかわからなくなってきたが、何故かこの部屋に住もうと決めたのだった。

 たぶん、矢の色と不動産屋の女のパンツの色が似ていたからだ。

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