第五話
村の東端、小さな井戸のそば。
ルシアは、胸元の光を手のひらで抱えながら歩く。
昨日と同じ家並み、同じ石畳。
けれど、人の気配はほとんどない。
声が聞こえた。
「……そこの子、何してるの?」
少し高く、けれど柔らかい声。
振り向くと、ミカが立っていた。
肩まで届く茶色の髪、明るく丸い瞳。
身なりは素朴で、でも、どこか目を引く。
ルシアは、言葉を探す。
胸元の光を少し隠しながら、首を少し傾ける。
「……ただ」
言葉は弱く、短い。
嘘でもなく、説明でもない、ただの答え。
ミカは小さく眉を寄せる。
首をかしげ、手を腰に当てる。
「ただ……何?」
間がある。
それでも問いかける声には、自然な優しさが混ざっている。
ルシアは答えない。
言葉が出る前に、胸の奥がぎゅっとなる。
小さな光が、手のひらで揺れる。
ミカは視線を下げ、石畳に落ちた葉を蹴る。
でも目は光に釘付けだ。
「……見せてもらっていい?」
自然なお願い。
嘘も遠慮もない。
ルシアは、一瞬ためらう。
握りしめる手が、光を守ろうとする。
けれど、ミカの視線は、脅すでもなく、求めるでもない。
小さくうなずく。
手を少し開くと、光が淡く揺れた。
ミカは息を詰める。
でも恐れてはいない。
不思議そうに、光を見つめるだけ。
「……きれい」
短い言葉。
力も、理由もない。
ただ、光に反応した心の声。
ルシアは、うなずかない。
でも、否定もしない。
胸の奥で、昨日の痛みが少しだけ和らぐ。
手放さずに、見せられた。
それだけで、世界が少し静かになった気がした。
遠くで、ヴァルの影が動く。
川沿いで、いつものように静かに観察している。
声はない。
でも、存在感だけで空気を揺らす。
ルシアは、光を胸に押し当てたまま立つ。
言葉はまだ、出ない。
だが、この瞬間、誰かの心に届いたことだけは確かだ。




