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第三話

 朝の光が、石畳を淡く照らす。

 ルシアは、広場の中央に立っていた。

 昨日の痕跡はそのまま。

 途中で止まった生活、動かない影。

 胸元の光は、小さく震えている。

 息を吸い、吐くたびに手のひらに伝わる暖かさ。

 突然、空気が変わった。

 振り返らなくても分かる。

 何かが、世界の端で動いた。

 ――観測。

 姿はない。

 けれど、世界を見定める何かが降りてきている。

 冷たく、理屈のない判断の気配。

 ルシアは、光を胸に押し当てた。

 手を緩めれば消える。

 握れば胸が焼ける。

「……どうして」

 声は消えた。

 問いかけではなく、空気に溶けるだけの声。

 背後に、影が動いた。

 ヴァルだ。川沿いに立ち、月明かりの中で顔を傾ける。

 声は出さない。視線だけで伝えてくる。

「……まだ迷ってるな」

 軽い笑い。

 安心させる笑いではない。逃げたくなる笑い。

 ルシアは、うなずかない。

 答える言葉も、まだない。

 視線は胸元の光に落ちたまま。

 光が、わずかに揺れる。

 ――たすけて。

 手を丸める。

 守るでも、閉じ込めるでもなく、そっと。

 空気が重くなる。

 視線が迷った。

 その瞬間、ルシアの胸がぎゅっとなる。

 決断の瞬間は予告なしに来る。

 言葉も理由も、理屈も必要ない。

 光を手放すか、抱え続けるか。

 それだけ。

 ルシアは手を固く握った。

 光を落とさない。

 押し込むでも、逃がすでもない。

 上空からの視線が、わずかに揺れた。

 迷いが、神界の評価を変える。

 ルシアは目を閉じない。

 閉じれば、逃げ道を作ることになるから。

 胸の奥で、痛みと熱が交錯する。

 けれど、手を離さない。

「……あとで、考える」

 小さな声。

 世界の端で、確かに届いた。

 ヴァルは、一歩前に出ず立ち続ける。

 腕を組まず、表情も変えない。

 ただ存在が、空気を震わせる。

 ルシアは、息を吐いた。

 決断の重さを全身で受け止めながら、光を守る。

 今日、この選択が何を生むのかは分からない。

 それでも、手を放すことはできなかった。

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