第二話
川沿いの夜風が、長い髪を揺らす。
ルシアは石に腰を下ろし、胸元の光を手のひらで抱えていた。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
昨日の嘘をついた痛みが、まだ残っている。
「……見なければ、考えなくていい」
独り言は、思考を止めるための言い訳だった。
水面を覗き込むと、光が揺れて反射する。
小さく、頼りない。それでも確かに、そこにある。
背後で、影が動いた。
「……まだやってるな」
振り向かないうちに、胸が少し強く跳ねる。
低く、滑らかな声。
川の向こう側、月明かりに長く影が伸びている。
「……ヴァル」
「その顔、人間助けたな?」
口元だけが微かに笑う。
腕は組まず、近づかない。
でも視線は、逃がさない。
「……たまたま」
短く答える。
角が少し揺れ、羽がそっと反応する。
「たまたまで三度目だ」
指を三本立てて軽く挑発する。
近寄らないのに、存在感は重い。
「やめとけよ。優しい顔してると、ろくな目に遭わない」
「……分かってる」
声は弱い。だが間の取り方が、決して弱さだけを示さない。
ヴァルは少し首を傾げる。
「見せろ」
「だめ」
即答。胸元の光を、丸めて守る。
「……二回目だな」
光は微かに揺れ、昨日より少し大きくなった。
「……勝手に出てきたの」
言葉は弱くても、指先の光が全てを語る。
確かに、ここに“祈り”がある。
ヴァルは眉を少しひそめた。
「……最悪だ」
短く、でも重みのある言葉。
光がわずかに強く揺れる。
――たすけて。
胸元の手を、そっと閉じる。
守るでも、閉じ込めるでもない。
空の奥で、何かが動いた。
視線が、ルシアに降りてくる。
ヴァルが低く呟く。
「……上が来るぞ」
ルシアは顔を上げない。
見れば、決めなければならない。
胸の奥で、覚悟と痛みが絡み合う。
今、この瞬間、世界の何かが変わる――
自然に分かってしまった。




