第十話
夜明け前の川沿いは、静寂そのものだった。
空にはまだ星が残り、微かな光が水面を揺らす。
ルシアは胸元の光を手のひらで抱え、ゆっくり歩いた。
心臓の鼓動が、世界の静けさを切り裂くように響く。
「……ルシア、気をつけて」
ミカが隣で声をかける。
肩までの髪が風に揺れ、瞳が真剣に光を追っている。
小さな手を少し前に出すが、触れようとはしない。
距離を保ちながら、守る覚悟を見せている。
ルシアはうなずく。
胸の奥で、昨日までの痛みと覚悟が絡み合う。
光は手の中で微かに震える。
触れれば温かい。守らねば消える。
重さと責任が、今の彼女のすべてだった。
川向こうで、ヴァルの影。
姿勢を崩さず、視線だけが二人を追う。
言葉はない。存在感だけで、空気を張りつめさせる。
突然、光が手の中で強く震えた。
――神界の圧だ。
冷たく、理屈のない力が世界の端から押し付けられる。
ルシアは呼吸を整え、手を閉じる。
痛みが走る。胸の奥が燃えるように熱くなる。
けれど、守る。手を離すわけにはいかない。
ミカは一歩近づく。
触れない。視線で光を見守るだけ。
その眼差しに恐怖はなく、ただ純粋な共感があった。
「……本当に、強いんだね」
短い声。
震えも力もない。
ただ事実として、光とルシアの強さを認めた言葉。
ルシアは答えない。
胸の奥の痛みが少し和らぐ気がする。
手を固く握り、光を抱え続ける。
川面に映る月光が、二人の影を長く引き伸ばす。
静かな夜の中で、初めて二人だけのリズムが生まれた。
歩幅を揃えて進むその一歩一歩が、世界に小さな波紋を広げる。
――今日、ここから、光と祈りの力が世界を少しずつ変えていく。
胸の奥で、痛みと覚悟が絡み合い、確かな手応えがあった。




