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偽善の聖域(サンクチュアリ)  作者: マイン


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9/10

勇者の最期と、正義の崩壊

秘術結界が砕け、シグムントの圧倒的な魔力が解き放たれた。彼はその力で全てを焼き尽くそうと剣を振り上げるが、魔王ガルフの言葉によって心が深く揺らいでいた。


「私は、正しい!正しいのだ!」


その迷いの瞬間に、アリアが躍り出た。彼女は魔族の精鋭部隊の盾を利用し、シグムントの背後から迫る。


「アリア!」シグムントは驚愕した。


アリアは、シグムントがかつて彼女を打ち倒した時と同じ、左肩の古傷を晒し、絶叫した。


「あんたの正義は、私たちを生かすことじゃなかった!あんたの正義は、あんた自身を英雄にすることだった!」


アリアは、シグムントの放つ魔力の光を遮るように、全身をぶつけた。

これは、攻撃ではなく、特攻だった。シグムントの剣がアリアの胴を掠め、鮮血が舞い上がる。


しかし、この決死の行動は、連合軍に決定的な時間を与えた。


「今です!勇者殿の能力が、我々の憎悪によって一瞬揺らいだ!」


セレスは、祭壇の石碑から湧き出す青白い光の残滓を、自らの体に集中させた。

神殿の秘術は一度破られたが、セレスは自らの命を削ってでも、その効果を再び発動させる決意を固めていた。


「神よ、許したまえ!この悪行をもって、世界を救う!」


セレスの身体から再び青白い光が放たれた。それは結界ではなく、シグムントの魔力回路を狙った、一点集中型の特異な波動だった。



波動は、アリアとシグムントが激突する瞬間に、シグムントの全身を貫いた。


ゴオォォォ……


シグムントの白い鎧から放たれていた、神々しい光が、まるで蝋燭の炎が吹き消されたかのように、一瞬で消え失せた。


「何……だ?」


シグムントの瞳から、力が、魔力が、**全てが消えた。**彼は、自分の手が、ただの人の手であることを初めて実感した。

彼は、自らの正義が、この力の裏付けによってのみ成立していたことを、突きつけられた。


「貴様の正義は、その力と共に消え失せた!」魔王ガルフが静かに宣言した。「貴様は、もはやただの人間だ!」


力が消えたシグムントは、一気に冷静になった。彼の脳裏に、彼が破壊した神殿の瓦礫、彼が討伐した野火団の仲間の遺体が蘇る。


(私は……私がしたことは……)


シグムントは、初めて自分の行いの結果を見た。


彼は、自分の正義を証明するために、世界を破壊し、人々の心を荒廃させた。彼の「善意」は、この世界に残酷な悪意の連鎖を生んだ。



シグムントは、力が消えたことで、彼の心を覆っていた「絶対的な正しさ」という自己暗示から解放された。しかし、その解放は、彼にとって耐え難い絶望だった。


「違う……私は、間違ってなどいない。私は……」


彼が混乱の中で口にした言葉は、もはや確信ではなく、自己への問いかけだった。


その時、アリアが立ち上がった。彼女の左肩からは血が流れ続けていたが、その表情は憎悪を超越し、冷たい決意に満ちていた。


「もういい、勇者様」


アリアは、手にした剣をシグムントの腹部に突きつけた。シグムントは、力がなければ、アリアの攻撃を避けることすらできなかった。


「あんたは、自分の正義を貫いた。そして、その結果、あんたこそが討伐されるべき悪になった」


アリアは、剣を深く突き刺した。


シグムントは、自らの血に染まったアリアの顔を見た。

その顔は、かつて彼が奴隷から解放した時の、感謝に満ちた顔とは似ても似つかなかった。それは、彼が生み出した憎悪の結晶だった。


シグムントの口から、最期の言葉が漏れた。


「なぜだ……私は、なぜ、間違ってしまったのだ……」


彼は、自分が「悪」である理由を理解できないまま、絶命した。



勇者シグムントの身体が、音もなく大地に崩れ落ちた。彼の白い鎧は、血と土にまみれ、もはや光を放っていなかった。


その瞬間、祭壇の広場は静寂に包まれた。


人魔連合の兵士たちは、歓声を上げることもなく、ただ茫然と立ち尽くしていた。

彼らは、人類にとって最大の脅威であり、同時に最大の希望でもあったはずの存在を、自らの手で葬ったという事実の重さを感じていた。


セレスは、秘術の反動で意識を失い、神官たちに抱えられた。

アリアは、剣を抜き、重い息を吐いた。彼女の憎しみは、目標を失い、虚無感へと変わっていた。


魔王ガルフは、静かに祭壇へと降りてきた。彼はシグムントの遺体を見下ろし、言った。


「見事だ。人間よ」


ガルフは、アリアとセレスが力を尽くしてくれたことに感謝したが、同時に、人類の可能性と、その破壊性に改めて深い関心を抱いた。


勇者シグムントの討伐は完了した。しかし、彼の破壊と独善が世界に残した傷跡は、あまりにも深かった。

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